不思議なメガネ
よし ひろし
不思議なメガネ
不思議なメガネを拾った。
そのメガネを掛けると、人の考えが漫画の吹き出しのように文字になって見えるのだ。
ほら、そこを歩いている女の人――
『次はあの女を三分以内にやらないと……』
ん? 三分以内に何をするんだろう?
ボクシングの試合でもするのかしら?
あ、右から来たお姉さん、
『あの女、なんでわたしに新居の内見なんか……』
何か難しい顔をしながら歩いていく。
新居の内見? 何だろう、楽しそうだけど、あの人にとっては違うのかしら?
ん、何か妙に肉感的な女の子が――
『箱のトリックを利用して、先生を――』
トリック? 箱? マジシャンなのかしら、あのメリハリのある体の女の子。ラメ入りの水着みたい衣装がすごく似合いそう。
『あ、もう、またささくれ。やんなっちゃう、もう、次から次に……』
生活に疲れたような顔をしたお姉さんがため息をつきながら進んでいく。
ささくれかぁ…、確かに嫌よね、あれ。
はぁ、色々な人がいるわね。
でも、面白い。ええっと、次は――
『はなさないでって言ったのに、もう……』
はなさない? 話す? 離す? ひらがなだとわからないわね…
ええと、何か変わった吹き出しは――
『鳥、あの鳥をとりあえず、何とかしないと――』
鳥をとりあえず――おやじギャグ? でも、おじさんではなく綺麗なお姉さんだわ。
鳥をどうするのかしら? それに、なんの鳥かなぁ?
あ、凄い綺麗な人――
黒いサラサラのロングで、肌が真っ白……
『わたしの色を取り戻さないと……。秋葉原で必要なものを揃えましょう』
色? 秋葉原で何を買うのかしら?
あの街にはあまり縁がなさそうな美人だけど――見かけだけでは、わからないか。
「ふぅ~」
ちょっと目が疲れた。
メガネを外し、目を軽く揉む。
心の深いところまでは文字にならないから、状況が今ひとつわからないわね。
でも、皆の秘密を覗き見しているようで、なんだかやめられない。
再びメガネを掛け、周囲を見る。
色々な吹き出しが、重なるように表示されていく。と、その中に――
『殺す!』
紅い文字で浮かぶ強烈なメッセージ。
「えっ、なに?」
吹き出しの主を探す。が、わからない。ちょうど人ごみの中だ。
どうしよう……
気になる、すごく気になる。
「あっ!」
吹き出しが動いていく。
「よし――」
吹き出しの後を追う。
人ごみをかき分け、進んでいく。
あと少しでその主が見える――そう思った時、路地の奥に吹き出しが消えていった。
「……どうしよう、危ないかしら。でも――」
好奇心が勝った。
吹き出しが消えた路地をそっと覗き込む。誰もいない。
ここまで来たら後に引けない。
ビルとビルの合間の狭い通りをゆっくりと進んでいく。
すると、
「何か、用かしら?」
路地の真ん中あたりで横合いから声を掛けられた。
見ると、人が一人通れるか通れないかのようなビルの隙間に女性が一人隠れていた。
「あっ――」
メガネのレンズ上に大きく描かれる『殺』の字。
「ふふ、ま、ちょうどよかったわ。あなたの方からこんな場所に来てくれて」
吹き出しの向こうで微笑む女。その顔に見覚えがあった。
「あなたは――」
最近付き合い始めた彼の元カノ――
「この泥棒ネコ。あんたなんかに、あの人は渡さない!」
女の右手にやけに大きなサバイバルナイフ。綺麗な銀色の輝きをきらめかせ、その切っ先が私の胸元に吸い込まれる。
「あぐっ!」
『殺す!』――真紅の文字が浮かぶメガネがずり落ちていく。
もっと心の奥まで表示してくれれば――
地面に落ちるメガネを恨みがましく見ながら、私の意識は遠のいていった……
不思議なメガネ よし ひろし @dai_dai_kichi
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