第175話 音を奏でしモンスター
オリヴィアが葵美夏萌の作戦を読み切り、上手く対応したかに思えたが、実際は掌の上で踊らされていただけ。結果、アルマはクレアにダメージを与えることなく、倒された。
「君臨せよ、カーラ!」
「クレア、アイスレイン!」
「カーラ、悪魔の祝福、悪魔の囁き、ナイトメア!」
召喚されると同時に自身の頭上から氷の礫が無数に降り注ぐ。
そんなのお構いなしにデバフ・状態異常の付与、クレアの防御力を半減からナイトメアの必殺コンボを決める。
『クレア DOWN』
決してクレアの魔法防御力が低いわけじゃない。
誰でもいきなり防御のステータスが半分になった状態でナイトメアを受ければ、こうなる。
こうなるのはわかりきっていた。ウィリアムのタロス戦でこのコンボを使わなかったのは、タロスの防御力が高すぎて一撃で倒すのは無理と判断し、ここぞという時まで温存していたから。
特別な理由がない限り、開幕ぶっぱが無難。
だが、これで悪魔の囁きとナイトメアがクールタイムに入った状態で葵美夏萌のエースモンスターと戦うことになる。悪魔の祝福は召喚直後にバトル中一度しか使えないから当然、もう使えない。
「音楽を奏でよう、ティア!」
葵美夏萌の2体目のモンスターは人類種のモンスター。弦楽器のハープのようなものを装備している。
楽器系の武器なら音を使った攻撃をしてくるのか。
全く情報がない相手だけにオリヴィアは迂闊に動けない。
下手に動くとアルマの二の舞になりかねない。
「ティア、清流のメロディ!」
その手に持つハープから穏やかで心が落ち着くような音が奏でられる。
すると猛吹雪のフィールドは一転して太陽の光が差し込み、雪が溶け始める。
このままのフィールドで戦うのはティアにとっても不利に働くから一度リセットしている。
しかし、オリヴィアとカーラがそれを黙って見ているだけの筈ない。
「カーラ、ダークウェーブ、メガダーク!」
ダークウェーブとメガダークがティアに迫るが、何一つ動きを見せない。
それどころか余裕気に受け止めようとしている。
このバトルを見ている誰もが無謀と思った。だが、違った。受け止める気など毛頭なかった。
ダークウェーブとメガダークはティアの目前で急激に失速・減衰し、消えた。
これにはオリヴィアとカーラも驚きを隠せない。
何が起きたのかはなんとなく理解できるが、どうやってそれを成し遂げたのかが理解できなかった。
それは無理もない。
今、ティアが何をどうしてあの結果になったのかを正確に理解できているのは極々一部の高ランクプレイヤーだけ。
「ティア、激流のメロディ!」
今度は清流のメロディとは打って変わって激しい音を奏でる。
フィールドの至る所から水が吹き荒れる。
それが意思を持っているかのようにカーラへと襲いかかる。
「カーラ、霞連槍!」
この時、オリヴィアは勘違いをしていた。
激流のメロディは魔法攻撃ではなく、音を使った水属性の物理攻撃。
つまり、闇属性が付与された霞連槍では魔法斬りはできない。
良くて相殺が関の山だ。
「ッ!」
あまりの物量の前にカーラの槍が弾き飛ばされ、霞連槍の連撃が途絶え、激流によって地面に叩きつけられる。
弾き飛ばされた槍が偶然、近くに落ちていたからすぐに拾って体勢を立て直そうとするが、それを黙って許すわけない。
「ティア、灼熱のメロディ、轟雷のメロディ!」
これはカーラが最も苦手としている圧倒的物量による物理攻撃。
魔法なら魔法斬りで対処可能だが、物理だと何かしらのスキルで相殺するか躱すしかない。
しかもこの対処にスキルを使うとクールタイムに入って攻撃に回すスキルが無くなってしまう。
こういう時に最も頼りになるナイトメアはデバフ・状態異常が付与された相手にしか効かない。
ティアにはまだ付与できていないからなんとしてでも一撃当てて、付与しないと使えない。
「カーラ、ダークボール、メガダーク!」
「ティア、鎮火のメロディ!」
激しい音から再び穏やかだが、どこか熱さを感じる音へと変わる。
すると炎と雷による攻撃が突如として消え去った。
何故消えたのかを考える前に今がチャンスという考えが頭を占めていた。
「カーラ、闇刺突、深淵への誘い!」
使える魔法は全て使ったので、近接戦を仕掛ける。
だが、全てはまたも無に帰すことになる。
物理攻撃も闇刺突が消え、クールタイムに入る。
深淵への誘いだけは発動前だったからクールタイムには入っていないが、魔法だけじゃなく物理攻撃すらも届かない現実を目の当たりにしてしまった。
しかし、カーラは無謀だとわかっていてもそのまま槍を構えてティアに突っ込む。
「!!」
「!?」
ただの通常攻撃でしかない。
それでも確実にティアに当たった。
何かしらの特大の衝撃を受けたティアと攻撃が当たったことが意外で驚いているカーラ。
両モンスターの反応は似ているが、全然違う。
「!カーラ、ナイトメア!!」
「あっ、」
ここで初めてティアにまともなダメージが入った。
そしてオリヴィアの考えが根底から覆ると同時に葵美夏萌が事前に用意した作戦が音を立てて崩れ去る。
ティアが穏やかな音を奏でている時は物理、魔法共に攻撃が届かない。
だから激しい音を奏でている時に隙を見つけて攻撃するしかないと考えていた。
それがカーラの諦めない心が活路を開くと共にティアのスキルが再び謎に包まれる。
だが、一つだけはっきりしていることがある。穏やかな音を奏でていてもナイトメアは通る。
この事実は大きい。最悪、時間を稼いでナイトメアでコツコツとダメージを与え続ければ、倒せる。
それに悪魔の囁きがクールタイムからもうすぐ明ける。
次に悪魔の囁き、ナイトメアコンボを使えば、かなりの大ダメージになり、ティアのHPも削り切れる可能性が充分にある。
ここからは完全なアドリブで戦う必要がある。
作戦通りに進んでいた筈なのに何故…。
その考えが頭を
「ティア、激震のレクイエム!」
今までとは一味違った荒々しさを感じさせる激しい音を奏でる。
それに呼応するかのように大地は崩れたり、隆起したりとフィールドはデコボコになる。
それだけでなく、激しい揺れにも襲われる為、地上で立つことがカーラにはできず、早々に空中へと避難した。
「ティア、烈風のレクイエム!」
今度は大地だけでなく、空も荒れ始める。
空中にいると暴風によって大地に叩きつけられる。
そのまま暴風によって大地に押し付けられていると、カーラの周辺の大地が隆起して、生き物のように意思があるのか、カーラ目掛けて途中で歪曲して落ちてくる。
その間もティアは涼しい顔をしながら音を奏でている。
これだけの暴風と揺れに動じていない。いや、そもそもティアの髪や衣服が揺れていない。
つまり、激しい大地の揺れや暴風を感じているのはカーラだけとなる。
「ティア、逆鱗のレクイエム!」
「うっ!」
あまりにも酷い音に思わず耳を塞ぐオリヴィア。
葵美夏萌もこの音だけは聞きたくないのか指示を出す前から耳を塞いでいた。
身動きが取れないカーラのHPがじわじわと削れる。
このままでは結果は見えている。
そこでオリヴィアは
「カーラ、ダークウェーブ!」
攻撃を指示。
今ならナイトメア以外の攻撃が通る筈。
逆鱗のレクイエムで攻撃を続けるか防御に切り替えるか選択が迫られ、葵美夏萌は攻撃を続けることを選択。
これだけじゃ足りない。
ナイトメアのクールタイムが明けるにはまだ時間が掛かる。
それに悪魔の囁きを使っても現状のティアのHPは一回のナイトメアでは削り切れない。
オリヴィアがこれまでに培った経験からまだ足りないと導き出される。
「カーラ、メガダーク!」
これで今、放てる魔法は何かしら起死回生の一手が思い浮かんだ時用に残しているダークボールを残すのみ。
他に使える攻撃スキルは全て物理攻撃のみ。
激震のレクイエムと烈風のレクイエムで囚われているが、僅かに体は動く。
それでも物理攻撃をティアに届かせることはできない。
せめて激震のレクイエムと烈風のレクイエムのどちらかをどうにかできたら。
ティアを観察し続け、一つの可能性に気づく。
常に弦楽器のハープのようなものを使って音を奏でている。その奏でた音がスキルと密接に関係していると思われる。
なら、さっきカーラが持つ槍が弾き飛ばさた時みたいにあれを弾き飛ばせば、或いは。
可能性がそこにあるなら実践するだけ。
「カーラ、楽器を狙ってダークボール!」
「!?」
「ティア、避けて!」
この感じからしてオリヴィアの考えは間違っていない。でも、ダークボール単体では圧が足りない。
容易に回避ができる。
ティアもそう考えたのだろう。
性格が悪いのか敢えてギリギリまで引き付けて当たりそうな雰囲気を出している。
最後はしっかりと回避するが、己の慢心がこのバトル最初で最後となる最大のピンチを招く。
ゴッ!!
ティアの持つハープはなんと、カーラの投げた槍によって弾き飛ばされる。
その瞬間、激震のレクイエム、烈風のレクイエム、逆鱗のレクイエムは解除されて、カーラは自由の身になり、HPの減少も止まる。
ティアはスキルを使う上で必要となる媒体を失ったことになるので、弾き飛ばされたハープを拾うまでまともにスキルが使えない。
もちろん、カーラも槍を手放しているから物理攻撃スキルが使えないが、予めこうなることに賭けて槍を投じているので、動き出しが早い。
先に武器を拾ったのはカーラ。
それを見たオリヴィアはここで勝負に出る。
「カーラ、悪魔の囁き、深淵への誘い!」
「ヤバッ!」
ティアの育成を遠距離特化だと割り切り、物理防御や素早さといったステータスに振っていないのがここで響いている。
あまりにも素早さが低い為、弾き飛ばされたハープを拾う前にカーラの攻撃が決まる。
そしてただでさえ低い物理防御力が悪魔の囁きで半分に。案の定と言うべきか、ティアは深淵への誘いを耐えることはできなかった。
『ティア DOWN』
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