【KAC20248】オーダーメイドの眼鏡。

雪の香り。

第1話 これも大学デビューってやつなのかしらん。

幼いころから目が悪かったのだが、最近になって視力の左右差が広がった。

そこで、眼科の医師にコンタクトレンズを勧められた。


4月から大学生になるし、気持ちを新たにするのに良いアイテムかもしれない。

そう考えて眼科の処方箋を手にコンタクトレンズを購入しに行ったのだが……。


「このレンズでもダメみたいですね」


ぼろぼろと涙をこぼす私に、ハードからソフトまであらゆるコンタクトレンズの装着を試させてくれたお店の人が眉をハの字にする。


来店からもう2時間。

お店の人のお昼休憩の時間まで奪ってしまい申し訳ない。


「今日はもう帰ることにします」


私がそううなだれるとお店の人は「またのご来店をお待ちしております」とやわらかな声で自動ドアまでお見送りしてくれた。

やさしい。


帰宅すると顔を合わせた妹が「あれ? お姉ちゃん、コンタクトレンズ買いに行ったんじゃなかったの?」と変わらぬ眼鏡姿の私に問いかけてきた。


「それが……どのコンタクトレンズを入れても涙が出てきちゃって」


妹は「あー、そういう人たまにいるらしいね。ドンマイ」とおやつにしていたらしい板チョコをパキッと一列折って私に渡してくれた。

妹もやさしい。


「お姉ちゃんさ、子供のころから黒ぶちの色気もそっけもないメガネフレームじゃん? これを機に、オーダーメイドのフレームに変えてみるとかどうよ」


私はチョコレートを口の中に放り込んで舐め溶かしながら答える。


「私はファッションセンスないから、わざわざ大金かけてフレームをオーダーする意味がないよ」


悲しいが事実である。

すると妹が。


「あたしがデザインしてあげる!」


なんて言い出した。

妹はまだ高校一年生だが、芸大志望で絵が上手い。

さっそくとスケッチブックにフレームのデザインを描いていくのだが……。


「まるで仮面舞踏会じゃない。そんなの日常使いできないわ」


私は羽を広げた蝶のようなフレームに難色を示した。

妹は「しょーがないなー」とページをめくって新たに描いていく。


「これでどうよ」

「ザーマスって語尾につけてそうなマダムみたいじゃないの」


レンズをはめる部分が三角形になっているフレームにもダメ出しをした。


「お姉ちゃんわがまますぎ!」

「別に無理してオーダーメイドにする必要はないし、あなたが嫌ならもうデザインはしてくれなくていいわ」


私の言葉に妹は。


「オーダーメイドの眼鏡には色々利点があるの。まず、顔のサイズや顔のパーツの距離にあわせて心地よいフィット感のものが作れる。つぎに、視力が安定する。あと見た目の印象もよくなるの。つまり『より見えやすく、かっこよく』なるってことよ」


なんでこんなに力説してくるんだろうか。

妹よ、オーダーメイドの眼鏡屋さんの彼氏でもできたのか?


「あなたいつから眼鏡屋さんの回し者になったの?」


妹はまなじりを釣り上げ怒り顔になる。


「回し者なんかじゃないですー! あたしはね、お姉ちゃんの視力の左右差が広がっちゃったのは、顔に合ってないフレームを付けてたせいなんじゃないかって思ったのよ。しょっちゅうブリッジ部分を押し上げる仕草してたしさー」


妹なりに心配してくれてたってわけですか。

可愛い奴め。


「そんなことを言われちゃあ、オーダーメイドにするしかないわね。でも、デザインはやっぱり目立たない『さりげなく洒落っ気がある』感じにして」


妹は「任せといて!」と胸を張るけど、大丈夫かしら。


***


4月に入って入学式の日。

私はそわそわしていた。


妹がデザインしてくれたレンズの部分がちょっと大きめの丸っこい眼鏡。

蝶番からツルの半ばまでがレースのような透かし彫りっていうのかな?


そんな感じになっている。

私はお洒落だと気に入っているけれど、ダサくて浮いたりしていないだろうか。

だんだん不安になってきて俯きそうになっていると。


「あなたの眼鏡素敵ね。オーダーメイドかしら。センスが良いのね」


そう話しかけてくれた女性がいた。

視線を向けると、眼鏡仲間だった。


スクエア型の真っ赤なフレームだ。

口紅の色と合わせているのかもしれない。


「自分でデザインしたんじゃなくて、妹が……」


そうして話が弾んで、そうそうに友人を一人作ることができた。

妹よ、ありがとう。


高かったけど、オーダーメイドの眼鏡もいいものだ。

オシャレだけど我慢するどころかフィット感が心地良いしね。


これも大学デビューってやつなのかしらん。

なんて思うのだった。




おわり

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