第20話 皇女をめちゃくちゃ強くした
サウナでととのった、翌日。
魔蟲の卵へ向かっている最中のことだった。
「おみゃーら! とまるにゃぁ!」
がささっ!
と樹上から何かが落ちてきて……途中で制止してきた。
にゃー?
猫かな……?
「ここを通すわけには、いかないのにゃー!」
「うげええ……クモだぁ……」
僕らの前にいるのは、でっかいクモ。
人間サイズの大きさ。
体は黄色で、毒々しい模様が体表に浮かんでいる。
お尻からは糸が伸びて、それで宙づりになっていた。
うわぁ……クモ……ぐろぉ……。
「にゃーは、魔蟲王四天王がひとり! 【操糸のマリオネット】だにゃー! 」
あー……経験値だ(※魔族です)。
意味がかぶってるから、わかやった。
てゆーか、魔族ってなんでみんな、頭痛が痛いみたいな名前つけるんだろうか。
バカなのかな……?
『ケースケよ、テンションが低いの』
僕の頭の上でスペさんが言う。
「うん……だってクモ、そんな好きじゃないし……かっこよくないし……デカい虫なんて気持ち悪いだけだしね」
『それ言うなら、今までの敵だいたいそうじゃないのかい……?』
ヒキニートさんが突っ込んだけど、僕は無視する。
「で、経験値さんが何のようですか?」
「にゃー! 経験値じゃないにゃぁ! にゃーはおみゃーらを、殺しにきたのにゃー!」
操糸の……えと……なんだけ?
ああ、クモがなんかほざいていた。
殺しに来たって言うことは、バトル、かぁ……。
「テンション上がらない……」
相手がちょっと……ねえ……。
『ケースケ、やる気が出ないのじゃな。しかたない、ここは高慢の魔王が久しぶりに……』
バッ……! と手を上げて、彼女が言う。
「ここは、私に任せてはくれないだろうか、お二人とも」
「ディートリヒさん……」
彼女は、今までに無いくらい、自信に満ちた顔をしてる。
経験値を前に(※魔族です)、怯えるようなことはもうない。
その凜然としたまなざしは、敵であるクモに向かれている。
「勇者殿に鍛えてもらったこの力、そして……いただいた【これ】を、試す良い機会だと思いまして」
ディートリヒさんの腰には、2本の剣が差してある。
僕が鎚の勇者さんの聖武具で作った剣だ。
彼女は新しい力を使ってみたいらしい。
「いいですよ。お任せします」
テンション上がらないので。
『ケースケよ。我の毛皮をかしてやろう。我をきゅーっと、抱っこするといいぞ?』
「じゃ、遠慮無く。きゅ~」
ふわふわすべすべのスペさんの毛皮を、ぎゅっと抱きしめる。
ふわ……♡ 少し、優しい気持ちになった。
晴れた日に、よく干した毛布みたいな、肌触り。それにイイ匂い。
思わず柔軟剤使ってる? って効きたくなるレベルだ。
「にゃぁ? なんだ、ダズルとギロチンをやった坊主は、戦わないのにゃー?」
「貴様なんぞ、私で十分だ! 勇者様が戦うまでもない!」
「にゃはは! 言うでにゃーか! 威勢の良い女は嫌いじゃないにゃぁ~……悲鳴を上げる姿が、今からたのしみでしょうがないにゃ」
僕とスペさんは、ちょこっと離れたところに、レジャーシートを敷いて座る。
取り寄せカバンからコーラと、スナック菓子を出す。
『うほぉお~! コーラぁ! ポテチぃいいいいいいいいい!』
ヘルメスさんから、ヒキニートさんにチェンジしたらしい。
ヒキニートさんは僕の隣に座って、ポテチをガサガサ漁り、食べる。
この人も戦わないみたい。
僕もスペさんと観戦だ。
「にゃあ……いくぞ、人間」
「こい……! 魔族!」
にぃ……とクモが笑う。
「と言っても、もうおまえはお仕舞いだにゃー?」
「なにっ?」
ガサガサガサ……!
「私の身体に、ボール大のクモの群れがっ?」
「にゃははは! それはにゃーの子供にゃ! 子グモたちよ! そいつを食い散らかしてやるにゃ~!」
おっとぉ。
子グモに囲まれたぞ、ディートリヒさん。
そして、体をクモだらけにしてしまう。
うわぁ~……キモいぃ……。戦わなくて良かったぁ。
『ばりばり……ううむ、あの子グモ、一匹が
『げ! マジか……ばりばり……むしゃむしゃ……じゃああの女、Bランクの
戦いをおつまみに、ポテチをむさぼるスペさん&ヒキニートさん。
よくあんなグロ映像みながら、もの食べられるなぁ~。
「にゃはは! 呆気ないにゃぁ~! 所詮人間は劣等種。魔族さまには勝てないのにゃぁ~~~~!」
ザンッ……!
ぼたっ!
「にゃ?」
ぼたっ、ぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼた!
「にゃにゃー!? 子グモどもが、全員バラバラになったのにゃー!?」
ディートリヒさんが、無傷で立っていた。
手には剣を持っている。刃の先端からは、青い血がぽたぽた……と垂れていた。
「一体何をしたんだにゃ!?」
「え、ディートリヒさんが剣で、クモを全部たたっ切っただけだよ? 見えてなかったの?」
「にゃにぃい!?」
どうやらあの魔族、目が悪いらしい。
ディートリヒはただ、そこそこの速さで、クモをたたっ切っていただけなのにね。
(※↑言うまでもなく、ディートリヒは凄い速度で動いていた。神眼を持つケースケだけが動きを目で追えていただけ)
「この程度で私を殺せると思うなよ、魔族……!」
「ち、ちくしょぉ! 行けぇ! クモ共ぉおおおおおおおお!」
先ほどよりも多くのクモが、ディートリヒさに押し寄せてくる。
「すぅ~……はぁああああああああああああああ!」
ダンッ……!
シュババババババババババッ!
『なにあれ、はやぁ……! 皇女のやつ、凄い速さで敵を切りつけながら、マリオネットに近づいてるじゃん』
『なかなかの速度じゃな。ま、我とケースケには劣るがな』
ぼりぼり……むしゃむしゃ……と、ポテチとコーラをむさぼる二人。
僕も一緒に観戦。
「ど、どうなってるにゃ!? おまえはパーティ最弱で! 足を引っ張ってるはずにゃ!?」
「強くなったのさ……カバンの勇者殿のおかげで!」
「にゃにぃいい!? 勇者に鍛えられたというのかぁ!?」
「そうだっ!」「違います」もしゃもしゃ。
「どっちにゃんだぁ……!?」
困惑する経験値(※魔族です)に向かって、ディートリヒさんがジャンプ。
「なんという跳躍力!」
「ぜやぁああああああああああああ!」
ザシュッ……!
「にゃあ……! くそ……なんてパワー! 人間のそれじゃにゃい! これが……勇者の修業の成果にゃのか!?」
「そうだ!」「違いますが?」
「だからどっち!?」
左手でスペさんのお腹をさすりながら、右手でポテチを食べつつ、言う。
「僕がやったのは、ディートリヒさんの体質を改善しただけですよ」
「体質改善……!?」
「はい。ディートリヒさんは魔力欠乏症でした。だから、いくら魔力を取り込もうとしても無駄だった。そこで……僕は魔神水に目をつけたのです」
魔神水は超高濃度の魔力が、凝縮して作られたものだ。
それを飲めば、高濃度魔力を取り込んだのと同じとなる。
そして……。
「サウナの暖炉にも、魔神水をかけました。体の内外から、高濃度魔力を摂取させ続けたんです」
魔神水は、ケガ、病気に効く。
そんな体に良い水をいっぱい飲んで、いっぱい汗かいて……。それを繰り返すうちに、体質が改善。
結果、取り込んだ大量の魔力を、外にもらすことなく、ああして全て力に変えられてるってわけ。
『テントサウナとかいきなりやり出して、頭おかしくなったのかと思ったけど、ちゃんと考えてたんだね』
とヒキニートさん。
『ケースケが頭オカシイときなんて一度も無かったのじゃ。かみ殺すぞ杖の勇者ぁ……!』
しゃー! とスペさんが牙を剥く。
僕はスペさんのお腹をなでて、なだめる。
『しかしどうしてサウナじゃったのだ? 魔神水をただ飲み続ければ良かったのでは?』
「うちの姉ちゃんも僕も、サウナ大好きでさ。サウナは健康にもいいらしいから、入ればなおるかなって」
『なるほどのぅ』
ディートリヒさんが追撃を仕掛けようとする。
「くらえ……!」
びんっ!
「なっ!? か、体が……動かない! だと!?」
「にゃはは! ひっかかったぁ~。自分の体をよく見るにゃ!」
あ、ディートリヒさんの体に、無数の糸が絡みついてる~。
「くそ! なんだ、何が起きてるんだ!?」
え、だから体に糸がまとわりついてるんだってば。
「にゃははは! 見えないかにゃー! それは残念だにゃー!」
えぇー……なにこれコント?
「あの経験値から、糸が伸びて、ディートリヒさんを動けなくしてるだけじゃないの?」
「「なっ!?」」
え、なんでディートリヒさんだけじゃなくて、経験値のクモさんまで驚いてるんだろう……?
「し、信じられないにゃ……にゃーの糸は顕微鏡を使ってようやく見えるかレベルの、超極細! しかし強靱、という糸にゃのに!」
「そうなんですね。まあでも見えてますので」
「くっ……! し、しかしにゃ! おまえがいくら見えてようと、糸で捕縛されてるそこの女が、動けないことには……」
ふぅう……はぁ……とディートリヒさんが呼吸をする。
「術式……解放!」
ボッ……!
「糸が燃えて……にゃぁああああああああああああああああ!」
突如として、魔族の体が燃えだしたのだ。
よく見ると、彼の体にまきついてる糸……その先に、ディートリヒさんがいる。
そして……ディートリヒさんの持つ剣の刀身が、燃えていた。
『へえ……火の魔道具なんて持ってたんだ、あの皇女様』
『昨日ケースケが、勇者の鎚を使って、炎の剣を作ってやってたのじゃ』
ディートリヒさんをサウナで強化したあと、彼女の使う剣までこさえたのだ。
鎚の勇者さんが持っていた、レア鉱石を使って、かつーん! ってね。
「勇者殿からもらった、炎の剣の威力を、とくとみよ! うぉおおおおおおおおおおおおお!」
ディートリヒさんが経験値さんに向かって走る。
経験値さんは焦って、糸を体中からだし、ディートリヒさんを攻撃。
けれど彼女は燃える剣を振り回し、糸を燃やしきる。
そして……。
タンッ……!
「聖剣技、【日車】ぁ!」
超速で横回転しながら、ディートリヒさんが、経験値さんの体をぶった切る。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
苦悶の表情を浮かべながら、クモが叫ぶ。
『聖剣技じゃん! あの皇女さま、大勇者の剣術使えたの?』
『これも、ケースケが教えたのじゃ』
『はえー……すごいね。啓介くんコーチの才能あるよ。それだけでメシ食えるかも』
いやいや。
「何言ってるの? 僕てきとーに思いついたこと、ちゃちゃっと試しただけだし。全然凄くないよ」
(※↑凡人レベルを、英雄レベルに一夜にして引き上げてる時点で異常です)
まあ、何はともあれ……。
ディートリヒさんが、魔族を撃破。
「はあ……はあ……か、かったぁ~……! 勝ちましたよ、勇者殿!」
その場に崩れ落ちるディートリヒさん。
どうやら結構力使ったみたいだね。
「おつかれぇ~……って、あ」
僕の目は、捕らえていた。
死んだはずのクモの魔族が、むくりと立ち上がったことに。
その手足に、糸が絡みついていた。
頭上には、なんか、凶悪そうなシルエットのモンスター? 悪魔? が出現してる。
悪魔から糸が伸びて、クモの魔族の体を動かしていた。
「あのぉ、危ないですよぉ?」
「え?」
ディートリヒさんは反応できてない。
死んだはずのクモの魔族が、ディートリヒさんに飛びかかる。
僕は彼女をとっさに、突き飛ばす。
ザシュッ……!
「勇者殿!?」『ケースケっ!』
僕の右腕が宙を舞う。
いってぇ……けど。
「
瞬間、僕のカバンの蓋があいて、そこから、エッチなかっこうの天使のお姉さんが出てくる。
お姉さんが僕に息を吹きかけると……。
にゅきっ!
「腕が生えた!?」
驚くディートリヒさん。え、これくらいできるでしょ?
(※↑できません)
「じゃ、ディートリヒさんの訓練もおわったし。おつかれ~!」
僕はカバンから聖武具の短剣を取り出して……。
「そぉい!」
ズッバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
僕の放った一撃が、クモの魔族の体をぶっ飛ばす。
残ったのは……
それを
『聖武具のレベルが上がりました』
『聖武具のレベルが上がりました』
『
よっしゃ~。
「……やはり、勇者殿は凄い。少し、強くなった気でいたが、まだまだあの岡谷はかなわなかった……!」
キラキラした目を、ディートリヒさんが僕に向けてくる。
「これからも、精進します。勇者殿!」
「あ、はい。がんば~」
そんなぼくらを見て、ヒキニートさんが一言。
『いや、君らそろってヤバすぎるだろ!?』
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