第11話 杖の勇者から勧誘される


 杖の勇者さんが現れた!


『君とじっくり話をしたい……っと、その前に』


 ヘルメスさんがパチンッ、と指を鳴らす。

 

『これで内緒話できるね』

「は、え、っと……何したんですか?」


『ん? ああ、たいしたことしてないよ。ちょいと、時間を止めただけさ』

「え、じ、時間を……?」


 僕は周りを見渡す。

 視界が、薄暗くなっている。


 ディートリヒさん、暗黒竜さん、そして……スペさんまで。

 まるで氷漬けになってしまったかのように、固まって動かない……。


「す、凄い……! 本当に時止めザ・ワールドだ!」

『まあこの魔法、魔力量が尋常じゃ無く必要でね。そう何度も使えないんだけども』


「へえ! でも、かっこいいですねえ!」


 指パッチンで時間を止めるなんて、すごい!

 異能力マンガの、強キャラみたいだぞっ。


「ヘルメスさん」

『ぼくがしゃべってるときは、【セーバー】と呼びたまえ。ヘルメスは、この侍女の名でもあるからね』


 ふんふん……侍女さんがヘルメスさん。

 で、転生者のこの人はセーバーさんって……ん?


「セーバーさんとヘルメスさんってどういう関係なんです?」

『有り体に言えば使い魔だね。現在は、このヘルメスちゃんの体を借りて、洗馬ぼくが喋ってる感じさ』


 なるほどぉ~。


『君……ちょっとは疑いなよ。なんか素直すぎない?』

「そうです?」


『ああ。てゆーか、そもそもぼくを日本人だと、なんで頭っから信じてるのさ。もうちょっと疑いなって』


 むむ。たしかに……。


「じゃあ、日本人っていう、証拠を見せてくださいっ!」

『OK。じゃあ……』


 セーバーさんが、言う。


『【デジマス】で、好きなキャラは?』


 突然の質問。

 デジマス……だって……?


「そりゃもちろん、リョウだよ! かっこいいもんねー!」

『ぼくはレイさんだね。天空無限闘技場編のレイさんは格好良かった~』


「わかる~!」


 と、そのときである。


『ケースケ!』


 ぼんっ! と目の前に、フェンリル姿のスペさんが現れたのだ!


「スペさん!」

『おお、これは驚いた……君、時止めの魔法を、打ち破ってきたんだね。さすが、神狼フェンリル


 僕とセーバーさんの前に、スペさんが立ち塞がる。

 スペさん、ぶち切れていた。


 体からぶわあ! と魔力の嵐が発生してる。


『ケースケをどうするつもりじゃ!』

『まーまー、待てよ。ぼくは啓介くんと同郷、同じ地球人なかまさ』


『誰が信じるかそんなこと!』

「待ってスペさん。信じるよ、僕は」


『なにぃい!?』


 スペさんが目を剥いている。


『な、なぜじゃ?』

「だってこの人、デジマスのこと知ってたし」


『で、でじま……なんじゃそれは?』

「地球で今一番流行ってる、すごい漫画のこと。ラノベ原作で、アニメ化、映画化もされてる、凄い作品!」


『何を言ってるのかさっぱりじゃぞ……?』

「うーん、言うより見た方が速いかも」


 僕は取り寄せカバンスキルを使って、漫画本を取り出す。


「デジマス、コミカライズ1巻~」

『な、なんじゃこれは……書物か……?』


「漫画だよ。さ、読んでみて」


 僕はスペさんの前に、漫画を置く。

 って、あれ?


「吹き出しの文字が、日本語じゃない」

『どうやら君のスキルの影響らしいね。この世界の言語に変換されてるようだ』


 と、セーバーさん。 

 一方、スペさんは漫画本を恐る恐るめくる。


『なんじゃこれは……絵がついてる、本? 絵本か? いやしかし……こ、これは……!』


 5分後。


『うひょ~~~~~~~~~~~~~~~~~! 面白いのじゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!』


 スペさん、子犬姿になって、漫画にかぶりついてる。

 尻尾をぶんぶんと振りながら、漫画を読んでいた。


『デジマスおもしろいのぉ! 最高じゃあ! はよう次の巻を読ませておくれ! はよぉう!』

「はいはい。どうぞ」


 僕は漫画をまとめて取り寄せて、スペさんの前に置く。

 スペさんが漫画を読んで『しゅごぉおおい! おもしろーーーーーーい!』と叫んだ。


 うーん、さすがデジマス。

 フェンリルも夢中にしてしまうなんて。


『いやそれにしても凄いね』


 セーバーさんが目を丸くしながら言う


「ね、デジマスすごいですよね」

『いや、そっちじゃなくて。凄いのは君だよ、君?』


 ええ、僕ぅ?


『君は、お金さえあれば、地球のものを食べ物も、漫画さえも、取り寄せられるんだね』

「あ、はい。聖武具で取り寄せられます」


『やはり……。君は、最高だ。君は、ぼくの配下にふさわしい』


 配下?


『杖の勇者ヘルメス・セーバーよ』


 スペさんが漫画からちら、と頭を上げる。


『貴様が、ケースケと同じ世界の人間だということは理解した。この漫画のことを知っておったからな。では……質問じゃ』


 スペさんキリッとした表情だけど、漫画を決して離そうとしてないのが、可愛い。


『貴様は、なぜ今、直接……ケースケに接触してきた。杖の勇者よ』


 じろり、とスペさんがにらみつける。


『貴様はそこの侍女ヘルメスの目を通して、ケースケを監視しておったな』


『うん、ヘルメスちゃんが君と行動を共にしてから今まで、ずっとね』


 ってことは、オタクさんと別れたあたりから、ずっとセーバーさんは、僕を見ていたってことか……。


『ケースケ……他の勇者の動向を知るための監視が目的なら、貴様が表に出てくる必要はない。なぜ……今このタイミングで、ケースケと接触してきた。答えよ』


 確かに気になる。

 セーバーさんはこくとうなずく。


『君の質問に答えよう、高慢の魔王スペルヴィア。啓介くんに接触してきた理由ね。単純さ』


 すっ……とセーバーさんが、僕を指さしてきた。


『君を……スカウトするためさ』

「スカウト……」



 僕に手を伸ばしてくる。


『鞄の勇者、佐久平さくだいら 啓介君。ぼくの元に来ないかい? さすれば、君を、元の世界に、帰らせてあげよう』


 元の世界。

 つまり……地球。


「地球に……帰れるんですか?」

『ああ。帰れる』


 はっきりと、セーバーさんは言い切った。

 そこに嘘はないように思えた……けど。


『帰れるという根拠を示すのじゃ』

『ふむ、まあスペルヴィアの言うとおりだね。では……示そう』


 ぱちんっ、とセーバーさんが指を鳴らす。

 僕の目の前に……。


「なにこれ? ちっちゃい……扉」


 小指の先くらい、小さな扉が、僕の目の前に出現した。

 木製の、クラッシックな扉だ。


 小さな扉が、パカッと開く。


『啓介君。君、スマホ持ってる?』

「あ、はい」


 鞄の中にしまってあった、スマホを取り出す。


「でもこれ……アンテナが立たないから、つかえ……な……あ……ああ!」

『ど、どうしたのじゃ、ケースケよ?』


「アンテナが、立ってる! 電波が通じてる!?」


 オカシイ。こっちじゃ、電源は入っても、電話はもちろん、ネットも使えなかったはず!


 でも……!


『通話できるよ。ほら、電話してごらんよ』

「は、はい……」


 僕は……久しぶりにスマホを使った。

 電話を……かけてみる。


 PRRRRRRRRR♪


『どうしたのよ、けーすけ』

「!? ね、姉ちゃん……!」


 電話の向こうから、僕の姉の声が聞こえてきたのだっ。

 わ、わ、わー! 


 す、すごぉい……!


『元気? 久しぶりだけど。あんた今どこいるの?』

「え? 異世界……」


『はぁ!? ちょ、異世界って……何馬鹿なこと言ってんのよ!?』


 あ、しまった。

 ついほんとのこと言ってしまった。やっばい。


「うっそぴょーん。ばーい」

『ちょ!? あんた!? 今のなんなの!? マジであんた今どこに……』


 ぴっ。

 ふぅ~…………。


 うん、姉ちゃん……元気そうだったなぁ。

 

『これでわかっただろう? ぼくには、現実とこの世界を、つなぎ合わせる力があるんだ。君を元の世界へと戻すことができる』


 ……セーバーさんの言葉には、人を信じさせるだけの、力があった。

 さっき話した相手は、間違いなく、僕の姉ちゃんだ。


 地球と、この世界をつなぎ合わせる力……。

 ほんとうに、セーバーさんにはあるのかもしれない。


『ぼくはね、ケースケ君。帰りたいんだよ、地球に』

「帰りたい……って、あれ? 帰りたいなら、帰れば良いじゃないですか? さっきの力で」


『それが、現状無理なのだ』

「無理?」


『ああ。君も、見ただろう? 現実と異世界をつなげる扉は、小指の先くらいの大きさしか、ないのだ』


 あ、そう言えばそうだった。


『体を小さくする、あるいは物を大きくする魔法も存在はするけど、この扉に魔法は使えなくてね』


 アレをくぐって向こうの世界に帰るなら、もっと大きな扉にしないとね。


『ぼくの力でできるのは、小指の先が通れるだけの大きさの扉を作ること。でも、ぼくが目指すのは、その先。あの扉をくぐり、地球へ帰還する。その方法を、ぼくは探してる』


 なるほど……。

 セーバーさんは、地球に帰る方法を探してる。


 でもって、スカウトしてきた。

 

「地球に帰る方法を、一緒に探して欲しいってこと?」

『少し、違うね。ぼくの指示に従って、行動して欲しいんだ。ヘルメスちゃんみたいにね』


 ん? それって……。


『ふざけるなよ杖の勇者! それは……貴様の手下と同義ではないか!』


 あ、そうだよね。やっぱり。


『当然だろ? ぼくがいないと、元の世界に帰れないんだからね。ぼくの言うことを聞いてもらう。悪いが、これは譲れない』


 勝手はできない……ってことかぁ。

 なるほどなぁ。


『さぁ、啓介君。ぼくの手下なかまになるんだ。そうすれば、近い未来、君は元の世界に帰ることができる!』


 なるほどなぁ……。

 そっかぁー……。

 うん。


『もちろん、断らないよね。異世界に飛ばされた人間なら、誰だって元の世界に帰りたいはず。さぁ、ぼくの手下になろう』


「やだ!」


『そうか! やだ……って、んんっ? き、聞き間違いかな?』


 セーバーさんが困惑してる。

 聞こえなかったみたいだから、言う。


「嫌だ、って言ったんです。あなたの手下なかまにはなりませんっ」


 ぽっかーん……とセーバーさんが口を大きく開いてる。


『え、ち、地球に帰りたくないのかい……?』

「そりゃ最終的には帰りたいですけど、今すぐ帰りたいわけじゃないです」


『か、帰りたいのに、どうして……手下になってくれないんだい?』

「え、だって……自由に旅できなくなるじゃないですかぁ」


 僕は、約束したんだ。

 神眼の大勇者ミサカ・アイさんに。


 この世界を、気ままに旅して、聖武具のレベルをほどほどに頑張ってあげて……。

 そして、二人でおにぎりを食べようって。


「もし明日、帰る方法が見付かったら、あなたと一緒に帰らないといけないんですよね?」

『あ、ああ……ぼくがいないと扉は開かない。悪いが、帰還の手立てがついたら即座に、帰る』


 やっぱり帰るタイミングは、こちらで指示できない。

 つまり……そのタイミングで、ミサカさんの呪いが解けてなかったら、彼女は呪物に封印されたまま。


 永遠に、外に出ることができなくなってしまう。(モンスターのいない向こうの世界で聖武具のレベル上げができるとは思えないし)


「僕は、あなたとは帰れません。れよりも、果たすべき約束があるから」


 ミサカさんの封印を解く。

 そっちのほうが、地球に帰るよりも、僕にとっては重大なミッションなんだ。


『い、いいのかい! ぼくに従わないと、君はこの先一生帰れなくなるぞっ! お姉さんに会えなくてもいいのかいっ?』


「大丈夫ですよ。僕ら佐久平さくだいら一家、結構みんなサバサバしてますし。地球に帰れなくても、みんな元気でやってるでしょうし」


『いやしかしなぁ……!』


 するとスペさんが、にやり……と意地悪そうに笑った。


『杖の勇者よぉ……おぬし、やけにケースケを部下にすることに、こだわるじゃ無いか? え? なにか、理由があるんじゃあないか?』


 ぎくっ、と露骨にセーバーさんが体をこわばらせる。


『そもそも、変だなぁ。なーぜこのタイミングで、ケースケを勧誘? もっと早く誘うタイミングがあったじゃろうぉ?』

『そ、それは……』


 するとスペさんが僕の頭に乗っかる。


『謎は全て解けたぞケースケ!』

「謎?」


『うむ。なぜケースケを、今このタイミングで勧誘したのか。なぜ自分の部下にすることにこだわったのか。なぜ、ケースケをそこまでして欲しかったのか……』


 にぃ……とスペさんが笑う。


『その答えは一つ……』

『それ以上は言うなぁああああああああああ!』


『地球の料理が、恋しくなったからじゃぁあ……!』


 ……。

 …………。

 ………………はい?


『杖の勇者はさっき、しょうが焼きを食べた。久方ぶりの故郷の味に感動した。ゆえに! いつでも地球の品を取り寄せることができる、ケースケが欲しくなった! そうじゃろう!』


 え、そうなの……?

 するとセーバーさんは、『ぐぅ……』とお腹を鳴らしたのだった。

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