第8話 魔物の群を目立たぬように倒す



 僕は妖精郷アルフヘイムへと向かっている。

 馬車にはディートリヒさん、そして、侍女のヘルメスさん。


 ヘルメスさんは、仮面の下、すっごく美人であることが判明した。


「勇者様、喉渇いていませんか?」


 ヘルメスさんは僕の隣に座り、コップを差し出してきた。


「大丈夫だよ」

「そうですか。あ、汗を拭きますね♡」

「う、うん……」


 僕がうがい薬を上げてから、ヘルメスさん、なんだか積極的に僕にからんでくるようになった。


 別に喉が渇けば自分で飲むし、汗は自分で拭けるんだけども……。


「自分でできるんで、いいですよ」

「遠慮なさらずに♡」

「いや遠慮じゃなくて……」


 するとディートリヒさんが頬を赤らめながら、「うぉっほん!」と咳払い。


「ヘルメスよ。ちょっと、カバンの勇者殿と距離が近すぎるのではないか? ん?」


 と、部下を注意するディートリヒさん。

 ヘルメスさんは「そ、そうですね……すみません……」といって、僕から離れる。

 ちょびっと。


『ぬぅうう~……匂う……匂うぞぉ……』


 僕の膝の上に座っていたスペさんが、そんなことを突然言い出す。


「お風呂には入ってるよ?」

『そうじゃない! 匂いはこやつらからするのじゃ! 発情した……メスのにおいじゃぁ!』


 発情て。

 メスて。いやいや。


「何言ってるの、スペさん。この人達は大人のお姉さんだよ? 発情て、動物じゃないんだから」

『ケースケ、気をつけるのじゃ。女は狼じゃ! 好意を持った、強い雄を捕食しようと、こやつらは虎視眈々と目を光らせてるのじゃぁ!』


 まーた変なことを。

 やれやれ。


「スペさん、変なこと言わないの。不敬罪で引っ捕らえられるよ? だいいち、このお姉さん達と僕、ほぼ初対面じゃん。そんなあって直ぐ好意持つなんて……ありえないよ。マンガじゃあるまいし。ねえ?」


 僕はディートリヒさんたちを見て言う。

 彼女らは「う、ウムソウダナ……」「ソウデスネ……」と言った。

 ほらねえ? でもなんでカタコトなんだろうか。


『ケースケは鈍いのぅ……。そういうところも、可愛くて好きじゃがなぁ♡』


 スペさんは僕の膝上で、頬ずりしてくる。


「むぅ……いいな……」「うらやましいです……」と【僕】を見て、お姉さん達が言う。

 ははん。


「スペさんを触りたいんですね?」


 犬とたわむれたいからこそ、うらやましいって発言だったんだろう。


『我を触って良いのはケースケだけじゃっ』


 がるるるる、とスペさんがうなり声を上げる。

 顎下をくすぐると『おほ~♡』と甘い声を上げた。可愛い。


「ところで……妖精郷アルフヘイムって、どこにあるんです?」


『なんじゃケースケよ、オタクから、この世界のこと聞いてなかったのか?』


 う……。

 スペさんが痛いところを突いてきた……。


『たしかお主、昨日、オタクから個人レッスンを受けてなかったかの?』


 オタクさんは僕に、この世界で暮らしていくなら、最低限のマナーや常識を知っておいた方が良い。

 そう言って、僕に授業をしてくれることになった……んだけど。



「あはは……」

『まさか……サボったのか?』


 ぎくー。


「いや、サボってないよ。ただ……途中で寝ちゃって……」

『なんじゃ、勉強は苦手なのか? 勇者のくせに?』


「うう~……ラノベやマンガは好きだけど、勉強は苦手なんだよぅ」


 オタクさんの授業を聞いてる途中で、僕は寝落ちしてしまったのだ。

 起きたらベッドの上にいた。オタクさんが運んでくれたって、あとからシルフィーナさんに教えてもらった。いい人やぁ。


 そんなわけで、僕は絶賛、この世界において無知なわけです。


 ヘルメスさんが説明する。


妖精郷アルフヘイムは、帝都から北へ向かって馬車で数時間ほどいったばしょにある、巨大樹の森です」


 ヘルメスさんが懐から、地図を取り出して、僕に見せる。


 1個の大きな大陸が書いてあった。


「帝国はゲータ・ニィガ王国の西部に位置します」


 ゲータ・ニィガ……ああ、僕を召喚したワルージョ女王がいる王国か。

 王国から見れば、妖精郷アルフヘイムは北西にあるわけか。


妖精郷アルフヘイムって、帝都からも近いし、王国からも結構近いんですね」

「はい……ですが、王国民も帝国民も、滅多に妖精郷アルフヘイムには訪れません」


「それは何故?」

魔蟲まちゅう……と呼ばれる化け物が巣くっているからです」

「まちゅー……」


「巨大な昆虫です」


 巨大昆虫か……!

 か、かっこぃい!


 わぁ、僕カブトムシとか、クワガタムシとか、けっこー好き!

 だから、おっきー虫……たのしみだなぁ! わー! 早く会いたいなぁ!


妖精郷アルフヘイムは豊富な資源がとれる森ではあれど、魔蟲まちゅうの住む危険な場所」

「我々帝国の民にとっては、天国であると同時に、地獄でもある……って、聞いてます、勇者様?」


 ヘルメスさんが話を振ってきた。


「あ、はいっ。すごいおっきな虫がいるんですねっ。会うの……たのしみっ」

「あの恐ろしい魔蟲まちゅうと相対するというのに、この余裕。さすが、勇者様でございますっ」


 ヘルメスさんがなんかキラキラした目を向けてきた。

 なんでかな? まあいいや。


『む? ケースケよ』


 そのとき、スペさんの耳がぴくっ、と動いた。


『魔物じゃ。こちらに襲ってくる。結構な数じゃぞ。用心せよ』


 スペさんの魔力感知が発動したみたい。

 窓からひょっこり顔を覗かせる。


 ちょっと離れたところに、鹿が群れを成して、こっちにやってくる。


花鹿フラワーホーン・ディアじゃな』

「強いの?」

『ぜーんぜんじゃ』


 あ、なーんだ。

 強くないのかぁ(※大魔王基準)


「ど、どうするカバンの勇者殿……」

「どうって? 倒すでしょ」


 さぁて、どうやって倒そうかなぁ。


『我ビーム、撃っとく?』


 スペさんが頭の上に乗って言う。


「だめ。忘れたの、スペさん。目立つのはNG」


 オタクさんから、外ではあまり、強い力を使わない方が良いって、言われたばっかりだもんね。

 

 スペさんの我ビームは、ダンジョンの壁を破壊するほどの威力だもん。


「そんな凄い威力のビーム出したら、目立っちゃうでしょう?」

『むぅ……そうじゃな。ケースケの言うとおりじゃ』


「ということで、僕がそんなに強くない力で、蹴散らしてあげようと思う」


 すっ、と僕は窓から身を乗り出し、右手を前に突き出す。

 派手じゃない、控えめな力を使って……。


「【突風】!」


 箒の勇者さんから習得ラーニングしたスキル、突風を使用。

 風なら、あんまり派手じゃないよね?


 ビョオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 突風が発生し、花鹿フラワーホーン・ディアたちが、空高く舞う。

 高所から……一気に落下。


 ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃ!!!!!!


 ……うん。


「目立たず解決!」

「ゆ、勇者様……恐れながら申し上げます」


 ヘルメスさんが頭を下げながら言う。


「少々……派手すぎではないでしょうか?」

「え!? う、うそお! 僕の持ってる力の中で、一番地味な力を使ったつもりなんだけど」


「あのような凄まじい旋風を巻き起こし、敵を超高所からたたき落とすスキルでは、目立ちすぎてしまうかと」


 ぬぅ……。

 そうかなぁ……。我ビームや、聖剣技より全然地味だと思うんだけど……。


 まあ、第三者の意見って大切だもんね。

「すごいぞカバンの勇者殿! 花鹿フラワーホーン・ディアの大群を、一瞬で倒してしまうなんてっ!」


 一方でディートリヒさんは、興奮ぎみにそう言ってきた。

 ヘルメスさんと違って、あれを見ても、注意してくることはなかった。


『むむむ! ケースケよ、また魔物の大群じゃ』

「え、また……?」


 ひょっこりと顔を出す僕。

 次は……猪!


黒猪ブラック・ボアじゃな』

「強いの?」

『もうぜーんぜん、我の方が強いし!』


 やっぱり強くないみたい(※←強いです普通に)。


 黒猪ブラック・ボアが、こちらにたくさん押し寄せてくる。


 さっき突風で、派手だって言われちゃったもんねー。

 じゃあ……もうちょっと地味なやつで……!


「鋼糸!」


 僕は勇魔のカバンのふたを、かぱっ、と開ける。

 針の勇者さんからラーリングした、鋼糸スキルを発動!


 ずぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


 カバンからワイヤーが、まるで滝のように湧き出て、黒猪ブラック・ボアたちに向かって押し寄せる。

 黒猪ブラック・ボアたちは、糸の津波にのまれる。


 スパパパパパパパパパパパパパパパパ!


 黒猪ブラック・ボアたちのバラバラ死体が完成する。

 うん!


「今度こそ……地味だよね! ヘルメスさん!」


 高所からぐっしゃー! なってないしね!

 しかし……。


「お、恐れながら……」

「えー! これでもだめぇ? だいぶ地味な力だと思ったんだけどぉ」


 我ビームや絶対切断より、絶対に目立ってないって思うんだけどなぁ。

 目立たないよう、弱いスキル使ってるつもりなんだけども(※←鋼糸はS+スキル、全然弱くありません)


『ケースケよ、またまたじゃ』

「またまたぁ……! も~。なんだよぉさっきからぁ。次から次にくるじゃーん」


 猪、鹿……と来たから。

 まさか……チョウチョウ?


大鬼オーガじゃな』

「なんでやねんっ」


 そこはチョウチョウじゃないのっ。

 2メートルくらいの、大きな鬼さんが、こちらに走ってきた。


 てゆーか、また大量の魔物が、集団で動いてる。

 流行ってるのかなぁ?


「異常事態だ……」「ですね。これは、ひょっとして……」


 帝国組が深刻な顔をしてる。

 そんなに恐いかなぁ。


 あんなのより、フェンリル姿のときのスペさんの方が、迫力あるのにね。

 さて、大量の大鬼かぁ。


 目立たず、騒がれない、地味スキル……。

 ん? 


 待てよっ。

 スキルを使うから、目立っちゃう。


 ならスキルを使わなければいいじゃん!


 僕はカバンから、勇者の短剣を取り出す。


「皆さんはここにいてください。ちょっといってきまーす」

「「ええ!? どこへ!?」」


 ていっ。

 僕はぴょーん、と馬車から飛び降りる。

 勇者の靴の固有スキル:縮地発動!


 ばびゅんっ……!

 一瞬で大鬼オーガたちの元へ!


 僕は短剣を持ったまま、大鬼オーガにツッコむ!


「あぶない!」「殺されてしまいます!」


 問題ないもんね。

 僕の体には、神眼の大勇者ミサカ・アイさんの力と、剣士としての記憶が宿っている。


 僕の体が自動で動く。

 ミサカさんの剣士としての動きを、トレース。


 流れるような動きで、鬼の首を切断。

 1匹。


 そして次々、まるで踊るように、僕は鬼の首を斬っていった。

 ほどなくして。


 大鬼オーガ、全滅。

 ふぅ~。


「よし! スキル使わなかったし、これなら目立ってないよねっ」


 けれど……。

 馬車が僕の前に止まる。


「素晴らしい剣技だったぞ、カバンの勇者殿っ!」


 ディートリヒさんが目をキラキラさせながら、僕の手を掴む。


「見事な剣舞に、私は目を奪われてしまいました!」

「ええー……そう?」


 てゆーか、目を奪われるって!

 あわわ、注目されちゃうじゃーん!


 おっかしーなぁ……。

 注目されないように、最新の中を祓っていたのに~。


「……見ていますか、我が主。カバンの勇者様のお力を」

『うん、バッチリだよ。このまま監視を続けてね』


 ヘルメスさんがなんだかブツブツと言っていた。

 なんだろう? ま、いっか!


『ううむ、しかしなんじゃ、この魔物の群。まるで、何かから逃げてるようじゃったな……』

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