第7話 地球のお薬でメイドさんを治療する



 僕は馬車(前に僕が強化したやつ)に乗って、妖精郷アルフヘイムってところに、行くことになった。


「うぷ……カバンの勇者殿……すみません……休憩を取ってもらえませんか……おぇ……」


 正面に座る軍服美女、ディートリヒさんが、気持ち悪そうにしていた。

 仮面侍女のヘルメスさんは、主人の背中をさすっている。


「どうしたんですか? まさか……車酔い?」

「面目次第もございません……うぷ……」


 あらまぁ。

 そう言えば、この強化した馬車、結構な速度で走ってる。


 この世界の馬車って、結構ガッタンガッタン揺れることもあって、酔っちゃうんだろうね。


 吐かれても嫌だから、僕はうなずく。

 がったん、と馬車が停止すると同時に、ディートリヒさんが馬車から急いで下りる。


『人間はやはり軟弱じゃのぅ。この程度で車酔いなんぞなりよって』

「あれ? スペさん。僕も人間だけど、車酔いしてないよ?」


『おぬしは勇魔ゆうまじゃからな』

「勇魔ねえ~……」


 ネット小説じゃ、あんまり聞かない単語だ。

 魔王の力を持つ、勇者って意味らしい(スペさん曰く)。


「すまない……カバンの勇者殿。馬車を止めてしまって」

「いえいえ」


 まあ正直、早く、妖精郷アルフヘイムへ行きたい気持ちの方が大きい(=聖武具のレベルを上げてミサカさんを早く自由にしたい)。


 でも、相手は帝国の皇女さまだ。

 僕が無礼なことしちゃったら、帝国にいるオタクさんに迷惑かけちゃうからね。

 だから、この人には優しくしてあげよう。


「車酔い、治してあげましょうか?」

「! よ、よろしいのか……?」

「うん、救急ファーストエイド……あー……」


 僕は、どんなケガ病気もなおしちゃう、救急ファーストエイドボックスを使おうとして……辞める。


『どうしたのじゃ、ケースケよ。救急ファーストエイドボックスで、車酔いなんぞ、一発で治せるじゃろう?』


「うん、そうなんだけどさ、オタクさんが……目立つことするなって」


 話は、昨日の夜。

 僕はオタクさんから、これから旅する際に、注意することを、教えてもらった。


【啓介殿、これから先の旅では、今までのような、目立つマネはしないほうがよいでござるよ】

【? 今ままでも別に目立つようなことしてるつもりなかったんだけど……?】


【そ、そうでござるか……で、では、今まで以上に気をつけるほうがよいでござるよ】

【どうして?】


【ケースケ殿を狙う、悪い大人がたくさんいるからでござる。特に……ワルージョ女王、そしてその腹心である、四大勇者には、気をつけるでござるよ~】


 回想終了。


『ふむ……ワルージョか。おぬしを召喚しておいて、捨てたクソ女じゃな。たしかに、ケースケが生きておると知ったら、あの女にとっては不都合じゃうな』


 あの女がやったの、普通に殺人だからね。

 僕が生きてて、告発なんてされたら、大変だ。


 だからワルージョに見付からないように、立ち回らないといけない。


『四大勇者とはなんじゃの?』

「今の代の勇者なんだって。剣と槍、鞭と杖、の四人いるんだって」


『む? 剣槍弓カバンではなかったか?』

「なんか、居ないことにされるらしい、僕とオタクさん……」


 僕らの代わりに入ったのが、鞭と杖の勇者なんだって。


『あまり関わりたくないのぅ、ワルージョと四大勇者とやらには』

「ね、関わりたくない。絶対」


 旅の邪魔になるのは目に見えてるし。

 だから、四大勇者には近づかない。触らぬ神に祟りなしだね。

(※↑剣の勇者を既にぶっ飛ばしてます)


 話は戻って。


救急ファーストエイドボックスだと目立っちゃうから」


 馬車は街道の路肩に止まっている。

 見渡したところ、人陰はないけど、屋外だし、誰が見てるかわからないしね。


「ゴホ……がばん゛の゛ゆ゛う゛じゃざま゛」


 うぉ! な、なにこの……変な声?

 ディートリヒさん……じゃない。


「えと、ヘルメスさん……?」


 さっきの、がらがら越えは、仮面侍女のヘルメスさんのものだったらしい。


「我゛が主゛に゛……どう゛か゛、お゛恵゛み゛を゛……」


 お恵み……治して欲しいってことみたい。

 この人、さっき酔ってダウンしているディートリヒさんの背中さすっていたし。

 主である彼女のこと、大事に思ってるんだな。

 いい人。


 うん。


救急ファーストエイドボックスは使えないけど、良いモノあるよ」

『良いモノ~? なんじゃ~!』


 スペさんが頭の上で、わくわくしてる。

 僕はカバンを漁り、そして、取り出す。

「じゃーん! 酔い止め薬~!」


 地球で売られてる、普通の市販品だ。

 スペさんは鼻をスンスンさせ一言。


『食い物じゃない……しょぼん』


 期待させちゃって申し訳ない。


「薬……? カバンの勇者殿、それは……薬なのか? そんな箱が?」

「いえいえ、この中に入ってるこの、錠剤がですよ」


『水で飲める! 一錠!』と書かれた、酔い止めタブレットを、外に出して、ディートリヒさんに渡す。


「こんな薬……みたことないぞ。薬と言えば、粉薬か、ポーション薬だからな」


 へえ、こっちはそうなんだ。

 錠剤って珍しいのかな?(※←珍しいです)


「口にぽいっと含んで、ごっくんしてください。そうすれば、楽になります」

「わ、わかった……」


 ディートリヒさんは言われたとおり、酔い止めをごくんと飲む。

 すると……。


「う、うおぉ! なんだこれは! すごい……! さっきまで気持ち悪かったのが、治ったぞ!」


 真っ青だった顔色が一転して、明るい色になる。

 おお、さすが。


 酔った異世界の人を【一発】で、快復させちゃうなんて!



 地球のカガクは世界一ぃ……!

 なんちゃって。


『しかしケースケの世界の薬は凄いの。あんなに体調悪そうにしていたやつを、一発で元気にしてしまうのじゃからな』


 スペさんが僕の頭の上で、感心したように言う。


「ねー、凄いでしょ? 地球のお薬」

『うむ……食べ物もそうじゃったが、薬まで質が高いのじゃな。凄いな地球』


 自分のことじゃないけど、鼻が高いな。

「あ゛り゛が゛と゛う゛ご゛ざい゛ま ゛す゛」


 ヘルメスさんが、僕にペコッと頭を下げてきた。

 そういや、ディートリヒさんをなおしてって、言ってきたの彼女だったっけ。


「いえいえ。あ、そうだ、ヘルメスさん。はい、これ上げます」


 僕はカバンから、またも取り寄せする。

 取り出したるは……。


「じゃーん、うがい薬~」


 くまさんマークの、うがい薬だ。

 

「う゛がい゛薬゛……?」

「はい。ヘルメスさん、喉ガラガラじゃないですか。これ使うといいですよぉ」


 僕はコップと、ペットボトルのお水を取り寄せして、そこに水とうがい薬を入れる。


 ヘルメスさんにコップを渡す。

 彼女はどうすればいいのか、首をかしげていた。


「それを口に含んで、ガラガラ……ってうがいするんです。うがいわかります?」

「は゛、は゛い゛……。で、です゛が……あ゛た゛じの゛喉゛は゛……」


「?」


 ヘルメスさんは何かを言いかけて、でも、言わなかった。

 彼女は仮面の口元だけを、ずらす。


 そして僕のうがい薬を口に含んで、ガラガラ……。


 パァ……!


『おお、光るのか、地球の薬は』

「ほえ……? 光る……?」


 一瞬だったので、よく見えなかった。


「見間違いじゃない?」

『う、む……そうかなぁ。今あの侍女の喉が光ったような……』


「見間違いじゃない? 光らないよぅ」


(※↑見間違いじゃないし、光ってました)


 さて……。

 うがい薬を使った、ヘルメスさんはというと……。


「【喉】が……治ってる! 声がちゃんとでる……!」


 うがい薬の効果で、ガラガラ声が治ったようだ。

 ヘルメスさんは僕の手を掴んで、何度も頭を下げてきた。


「ありがとうございます! 勇者さま!」

「いえいえ。綺麗な顔にぴったりの、綺麗な声してますね」

「へ……? 顔……?」


 そう……。

 今、ヘルメスさん、頭を勢いよく下げたとき……。


 仮面が、ぽろっと取れたのだ。

 目の前には……びっくりするくらい、綺麗な女の子がいた。


 翡翠の瞳は、本物のエメラルドのようだ。

 真っ白な肌にはシミ一つ無い。


 もうアイドル顔負けの、凄い美人が、そこにいたのだ。


 ディートリヒさんも綺麗だけど、ヘルメスさんも負けず劣らずの美少女である。

 ディートリヒさんがキレイ系美人なら、ヘルメスさんは薄幸の美少女だろうか。


「かお……きれい……あたしが……?」

「え、はい。ほら」


 僕はカバンから、勇者の鏡を取り出し、ヘルメスさんにむける。


「!?!?!?!?!?!?」


 ヘルメスさん……なんだか、衝撃を受けてるようだ。 

 え、どうしたんだろ……?


「へ、ヘルメス……! あなた……顔が……」

「は、はい……ディートリヒ様……」


「! 顔だけでなく……声も……!」


 二人そろって目を剥いてる。

 あれれ? どうしたんだろう……?


「ありがとうございます、ありがとうございます、勇者様! このご恩は……一生忘れません」

「そ、そう……ですか?」


 ええー……ただ、うがい薬あげただけなのに。

(※↑取り寄せカバンのスキルが、レベル上がって、新たなるスキル【取り寄せカバンEX】に進化してることに気づいてない)


・取り寄せカバンEX

→異世界から取り寄せたモノに、転生特典ボーナスを付与。モノの性能を極限まで高める。


~~~~~~

《ヘルメスSide》


 あたしの名前はヘルメス。

 ううん、これは本名じゃない。


 あたしはとある平凡な村娘として生まれた。

 決して裕福とは言えない生活。


 でも、あたしには村で育った幼馴染みがいて、彼と結婚することが決まっていた。


 これから、貧しいながらも、幸せな家庭を築いていこう。

 そう思った、矢先。


 ……村を、魔族に襲撃されたのだ。

 魔族は滅びたはずだった。


 でも、魔族はあたしの村に来て、理不尽に村を焼いた。

 ……あたしは幼馴染み、そして家族を一夜にして失った。


 そして……。

 あたしは火事で顔に大やけどを負い、喉を潰してしまい、まともにしゃべれなくなった。


 あたしは生きる希望を失った。

 そして、あたしは……出会った。


【杖の勇者ヘルメス・セーバー】様と。


『ねえ君、ぼくの使い魔になってよ』


 生きる気力を失っていたあたしは、杖の勇者様から、そんな提案をされた。


『ぼくの使い魔になったら、君の望みを一つ叶えてあげるよ。どうだい?』


 望み。

 あたしの望みは……死んだ幼馴染みを、生き返らせて欲しい。


『いいよ。お安いご用だ』


 杖の勇者ヘルメス様はそう言うと、杖を取り出し、呪文を唱える。

 幼馴染みの墓から、ぼこり……と手が生えた。


 地面から這い出てきたのは、白骨死体となった、彼。

 ヘルメス様は死霊術ネクロマンシーで、幼馴染みを復活させたのだ。


 生き返った彼は、あたしを見て一言。


『ひぃっ、ば、化け物ぉ! こっちくるなぁ!』


 ……復活した幼馴染みは、この醜い顔と声のあたしを、拒絶した。

 そして……気づいたら、あたしはまた独りぼっちになっていた。


『あー……その、お気の毒に』


 杖の勇者ヘルメス様は、あたしに同情してくれた。


『使い魔の件は、うん、忘れていいよ。こうなることを予測できなかった、ぼくにも落ち度があるし』


 杖の勇者様は、いい人だ。

 あたしの願いを、かなえてくれた。恩には報いるべきだと、思った。


『いえ、どうか……あなた様の、使い魔にしてください』

『ほ、本当にいいのかい……?』


『ええ……もう、生きてても、やりたいこと……ありませんので……』


 そしてあたしは、顔と名前を捨て、【ヘルメス・セーバー】の使い魔、【ヘルメス】として、生きることになった。


 その後色々あって、帝国の皇女の侍女にまでなったあたし。


 そこで、あたしは出会ったのだ。

 カバンの勇者様と。


 カバンの勇者様は、あたしに魔法の薬をくださった。

 醜く焼けただれた全身の皮膚、そして、潰れた喉。


 それらを、一瞬で治してしまわれたのだ……!

 まさに……奇跡としか言いようがなかった。


 しかも、勇者さまは、そんな高価な薬を恵んでくださったというのに、ぜんぜん、恩を着せがましくなかった。


 あたしは、思った。

 真の勇者とは、この人のことを言うのだと。


 強く、優しいこの勇者様に……あたしは、自分の使命を忘れて、恋をしてしまったのだった。


 ありがとう、勇者様。

 あたしに、生きる希望を、取り戻してくれて。

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