閑話 高慢の魔王



《スペルヴィア視点》


 我の名前は高慢の魔王スペルヴィア。

 世界でただ一匹しかおらぬ、神狼フェンリル


 世間からはSSS級モンスターだの、天災級だの化け物だのと呼ばれておったわ。


 我の生まれは、蓬莱山ほうらいさんと呼ばれる、仙境じゃ。(仙人しか入れない不思議な空間)


 我を産んだのは、【魔法神ディアベール】。


 魔法神ディアベールは、この蓬莱山ほうらいさんで一人暮らし取ったらしい。

 やがて、彼は晩年になって、自分の神の力を7つに切り分けた。


 そこに自我が芽生え、我ら【七大魔王】が生まれたのじゃ。


 七大魔王。

 魔法神の力を受け継ぐ、七匹の化け物。


 色欲ルクスリア暴食グーラ嫉妬インヴィディア

 強欲アヴァリーチア怠惰ピグリティア憤怒イラ

 そして、高慢スペルヴィア


 我らは魔法神のもとで、生まれ、そして一緒に暮らした。

 魔王どもは全員、我の強いやつでな、毎日のように皆でケンカしとった。


 我?

 我はケンカなんてせぬかった。

 痛いのは、嫌じゃからな。


 まあそれはさておき。

 七大魔王たちは、不思議と誰も魔法神の側を離れようとせんかった。

 生みの親のことを好いておったのじゃろうな。


 しかし魔法神はある日、老衰で死んでしまう。

 魔法神の死亡とともに、蓬莱山ほうらいさんは消滅。


 残された我ら7匹の魔王たちは、それぞれ自分の道を歩むことにした。

 我が望むものは、穏やかで静かな暮らし。それだけじゃった。


 じゃが……。


 周りの連中は、我を放ってはおかなかった。

 この大きな体、鋭い爪と牙、そして魔力を常に放つこの白き毛皮。


 その全てが、人間達から見れば、恐怖の対象だったらしい。

 我はどこへ行っても、人間達から恐れられた。


 そして、人間達は我を敵と見なしたのか、戦いを仕掛けてくるようになった。

 我が必死になって逃げても、追いかけ回してくる。


 なぜ追い回す? 恐いなら逃げればいいのに。

 我は戦いたくないのに。


 ……後になってわかったことじゃが、どうやらこの魔力を放つ毛皮が、とても貴重なものらしい。


 我は……逃げ続けた。

 じゃが、逃げても逃げても人間どもは追いかけてくる。

 

 誰ひとりとして傷つけたこともないし、まともに戦ったことなんてないのに……。

 きづけば、我には【高慢の魔王】なんというあだ名がついておった。


『人間なんぞ、我が戦うに値しない、矮小なる存在だと見下してるんだ、あの魔王フェンリルは』


 ……風の噂で、我をそう評価してるのを聞いたことがある。

 なんじゃそれは、見下してなどおらんわ。


 普通にこっちは恐くて逃げてるだけじゃ……!

 我はずっと逃げ続けた。


 やがて、年貢の納め時が来る。

 我の前に、【彼女】が現れたのだ。


 黄金の瞳を持ち、白銀の剣を携えた……女剣士。

 神眼の大勇者【ミサカ・アイ】。


 あの女は、不思議な眼力を持っておった。

 我を外に出さぬ結界を張り、退路を塞いだ。


 そして……襲ってきた。

 とんでもない強さじゃった。


 我は、逃げたかった。でも結界に行く手を阻まれ逃げられなかった。


 降参じゃ、といっても、ミサカは襲ってきた。

 ……今にして思い返せば、ミサカは何か【事情】があるように思えた。


 どこか、思い詰めた顔をしておったからな。


 ともあれ、死にたくない我は、大勇者と死闘を繰り広げた。

 そして長い長い戦いのあと……。


 ミサカは、我をあと1歩で殺すところまできた。

 やつが、剣を振り上げる。


 ……我は、泣いた。

 ……悲しかったのじゃ。


 戦いなんて望んでないのに、誰にも迷惑をかけたくないのに、最強種として生まれたが故に……殺されてしまうなんて。


 涙がこぼれたそのとき。

 

『う……あ……』


 ミサカは、頭を抑え、うずくまった。

 何かに苦しんでおるようじゃった。


 ミサカは苦しみながら、我を殺すのではなく……絶対結界に閉じ込めた。


『なぜ殺さぬ……?』

『ごめん……なさい……』


 それだけを言い残し、ミサカは立ち去った。


     ☆


 それから、我は暗いダンジョンのそこで、ひとり過ごしていた。

 このダンジョンには誰も人が寄ってこなかった。


 理由はわからんが、まあ、好都合じゃった。

 これで、もう恐い思いをしなくていい。


 我はもう、ここでひとりで、朽ち果てていい。

 そう思った。


 ……そんなはずないのに。

 ほんとはさみしかった。


 誰かに、ぎゅっと抱きしめて欲しかった。

 誰かと一緒に美味しいご飯を食べたかった。


 でも……もうその望みは、敵わない。

 ここで、永遠の孤独を、味わい続ける……。


 そう思っていた。

 そんな絶望の中……あの子が、我の前に来たのじゃ。


「あ、あわ……あわわわ……」


 彼は子供じゃった。

 我を見て、恐怖するでもなく……


「お、狼ぃー!?」

 

 我は、驚いた。この恐ろしい姿を見て、その子は魔王フェンリルではなく、狼と言ってきたのだから。


『まあ、待て。人間よ』

「あ、はい」


「『え?』」


『え、おぬし? なぜ何もせぬのじゃ?』

「え、だって待ってって言うから……」


 ……おかしなやつじゃ、と思った。でも同時に、うれしかった。

 我を恐れず、普通に、接してきたから。


 ……その後、彼は我を救ってくれた。

 暗い地の底から、救い出してくれた。


 なあ、ケースケよ。

 おぬしは、知らないじゃろうな。おぬしと出会って、我の人生……いや、犬生が、180度変わったことに。


 おぬしにギュッとしてもらえたこと、温かいご飯を作ったこと。

 そして何より、普通に、友達と接してくれたこと。


 おぬしが我にしてくれたことが、どれだけ、我の救いとなったか。


 ケースケ、おぬしは我の命の恩人じゃ。

 そして、大好きな人じゃ。


 これからもずっと、我はおぬしのそばにおるぞ。

 何があっても、おぬしの味方でおるからな。

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