第61話

「あれが彩のお姉さんよ」


「何?」


首を絞められて死んだあの死体が、彩のお姉さんだと? 呆れる事実だった。 それ以上に驚いたのは、彩のお姉さんに対する資料既に俺が持っていたということだ。


「もっと詳しい内容はない? その事件の。」


「うん。 でも、おそらくこの事件は、お嬢さま以外に詳しい内情はわからないんじゃない?」


「そっか。 ありがとう! 急用思い出したから、また後で連絡する。」


「ん? 待って?」


俺は氷上さんの電話を切って考えた。 結局は、その事件に何か手掛かりがあるようだった。 彩が誤った恨みを抱えているのかもしれない。 この事実を伝えることで、何か変わってくるのではないか?


[ロードしますか?]


どうせ彩は逃した。 再度始めるしかない状況。

再び状況は九空に椅子を引いてあげた時点へと戻ってきた。


「おじちゃん、何か考え事でもしてる? 急に黙り込んでどうした? 私を目の前にして、そうやって、違うことをされるのって、私、嫌だって言わなかったっけ?」


「あ、ごめん。 トイレに行こうかどうか考えていたから。 ちょっと行って来てもいいかな?」

「えっ? 私がトイレにも行かせない女ではないじゃない? 行って来たら?」


ここは、まだ俺が彩に知っているふりをする前だった。 従って、まだ九空の機嫌が良い時だった。 笑顔で承諾してくれたので、俺は席から立ちあがりトイレに行くふりをして、厨房に入って行った。 そして、彩を呼び出した。


トイレの前で彼女を立たせて俺は話を切り出した。


「彩さん、九空を殺す気でしょ?」


彼女は前回同様、大きく驚いた表情を見せた。 しかし、俺はといえば、前回と違って、興奮のあまりため口を吐くことも、彼女を強く引っ張り出したりもしなかった。 そして、彼女が再び逃げる前に優しく話しかけた。


「その恨みの対象間違えていたらどうしますか? 彼女はお姉さんを殺していないかもしれません。」


「長谷川さんがどうして私の恨みのことを、知っているのかはわかりませんが、それは違います。 彼女が殺したたに違いありません。 確かにそう聞きました。」


「誰からですか?」


「それは言えません。 あなたの知っていること、全部九空にも話したのですか?」


「いいえ。 話していたら、すぐ殺そうとしていたと思ったから…。」


彩は俺がその言葉を言い出した途端ん、すぐに厨房へと走って行き、包丁を持っては九空に突進した。 凶器を隠しもせず、そのように走って行ったところで、待っているのは死だけだった。 結局、俺は他のアプローチを考えるしかなかった。


2つとも選択肢が最悪だ。

他に答えがあるはずだと信じた俺は、何度も彩を説得しようとした。


しかし、その度に彼女は死んでしまった。

何をしても死んでしまった。


どう考えてもこれは強制力だ。

結局、再び2番を選択して、彩を死なないように捕まえて、どこかに潜伏でもしなければならないということなのか。


もしくは、まさか。


その時、ようやく思いついたのが、3番目の選択肢という、可能性だった。

臓器密売組織を相手していたあの日の夜も、路地で行き詰っている時に、隠されていた選択肢が現れた。


俺はとりあえずそこにかけてみることに決めた。


そして、今まで何度目なのかもわからない、九空に椅子を引いてあげた時点へ戻ってきた。 俺はここで下手なまねはしないことにした。 彩に目で合図して、そのせいで九空の機嫌を悪くするような行動はとらなかった。 そして、祈った。 どうか3番目の選択肢が現れますようにと。 しかし、それは、結局、また九空が刺されなければならないという話でもあった。


これを阻止したらどうなるだろうか。 それでも3番目の選択肢が現れるだろうか。 もしくは他の強制力が発動するだろうか。 俺はふとそれが気になった。 そして、刺された傷跡をわざと残して、一生俺のことを思い出すであろう彼女の姿を、二度と見たくなかった。 誤解されたくもなかった。 彼女の持つ俺への信頼というのをぶち壊したくもなかった。 できることは、全てやってみたかった。


[無形剣を使用しますか?]


俺は予め無形剣を発動させておいた。 彩が攻撃したら弾き出すつもりだった。 そして、間もなく彼女がお盆におかずをのせて現れた。


俺は無形剣で彩が振り下ろす包丁を弾き出した。 すると、警護員は九空を保護する行動をとる必要がなり、選択1の時よりも、より素早く彼女を撃ってしまった。 その銃弾に彩は再び俺の目の前で即死した。


これは、つまり包丁を弾き出しても、九空を殺そうとした結果はそのまま残るということだ。 当然、警護員がマニュアル通りにすぐに対応して彩は死ぬ。 選択肢は現れさえしない。


[ロードしますか?]


また再び戻ってきた。 もう、うんざりだった。 ロードに使ったお金と時間も、無駄な浪費となっていた。 選択肢が現れないと、どのみち強制力のせいで彩は死ぬ。 それは既に何度も確認した。 結局、選択肢を再び表示させるためには、九空が刺される状況は避けられないようだった。 同じ状況を作らなければ選択肢は出現しない。


選択肢を表示させて、前回のように隠れている選択肢が出現するのかどうかを確認するためには、結局、九空は包丁に刺されなければならなかった。


そして、また同じ時間が流れ、再びお盆を持って彩が現れた。 そして、また攻撃が始まった。 今回、俺は包丁を阻止しなかったため、九空の腕はすぐに包丁に刺されてしまった。


そして、ついに視野が白くなると選択肢が現れた。


[選択.1 九空の状態を窺う。]

[選択.2 彩と逃げる。]

[選択.3 九空を拉致する。]


そして隠れていた選択肢が現れた。 しかし、これは何を言っているんだ? この状況で九空を拉致すると? 本気なのか、このゲーム。 どう見てもあり得ない要求だった。


いきなり難易度はCを飛び越える。 何を選択しても、先が見えない状況だった。

その上、腕に包丁が刺さって血を流している彼女を病院にも連れて行かずに拉致だなんて。 理解できなかった。 しかし、他を選ぶわけにもいかなかった。 選択1はどうせ彩が即死する。 選択2は地獄への近道だった。 二つとも解決策にならなかった。


勿論、九空を警護員から離して拉致に成功し、そこに彩まで一緒に拉致できれば、2人が会話をしてみる状況は作られるだろう。


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