第60話
「あなたこそ、彼女と親しい間柄でしょう? どうして私を連れて逃げたのですか?」
「とりあえず命は助けようと思って。」
「放っておいてください! どうせ復讐をできなかったら死ぬつもりでした。 姉を殺した人が目の前にいたのに!」
そう叫ぶ彩の目は、既に生きる気力を失っているようにみえた。
「お姉ちゃん…お姉ちゃん…もうすぐ会いに行くからね。 復讐はできなくて、ごめんね。」
そう言って泣き始めた。 一体どんな事情があって、彼女をここまでさせたのだろう。 とにかく彼女を人の目につかない路地まで引っ張ってきた。 おそらく、九空は今頃病院へ移動して治療を受けている最中で、まともな指示も出せずにいるだろうと信じたかった。 もしそうだとすれば、後、10分くらい時間があるかもしれない。
「事情を話してください。 俺が手伝えることがあるかもしれないじゃないですか。」
「無理です。 あなたは九空を殺せますか? できないじゃないですか。」
彼女はそう言うと、俺を押しのけて路地の外へと走って行った。 急いで体を起こして追いかけたが、どこへ行ったのか見つけられなかった。 また車道でも飛び込んだのか、行方は五里霧中だった。 このままほっておくと、きっと自殺しそうな気がした。 どうやって生かしたと思ってるのだ。 当然それだけは阻止したかった。 一体、どこへ行ったのだろうか。
俺はとりあえず彼女の家へと走った。 そして、氷上さんに電話をした。
「ティリリリリ」
氷上さん、どうか出て。出てくれ。 俺は心の中で祈りに祈った。
切実な気持ちが通じたのか、しばらく鳴らした携帯電話越しに氷上さんの声が聞こえてきた。
「もしもし」
「氷上さん! どうかお願い。一つだけ調べてほしい。 警察にスパイいるよね?」
「どうしたの? 声が震えているみたいだけど…?」
「氷上さん、お願い!」
俺が切実に電話に叫ぶと、氷上さんはそれ以上は何も言わなかった。
「何を調べればいいの? すぐに調べてあげる。」
「ありがとう、氷上さん。 命がかかっているんだ。 名前は彩或美。 23歳。 地方から上京してきて現在の住所は…。」
俺は知っている情報を氷上さんに全て説明した。 そして調べたいことを聞いてみた。
「この女の家族関係を詳しく知りたいの。 家族について詳しく調査してほしいんだ。 早ければ早いほど助かる。」
「わかった。 調べてから連絡するわ。 少しだけ待っていて。 少し落ち着いてね。 切るよ。」
氷上さんは俺が深刻な状況にあることに気づいてくれたようで、すぐに電話を切った。 俺は走り続けて彩の家の前に到着した。 そして、迷う暇もなく万能キーを使用してドアを開けた。 やはり彩は家に戻ってこなかった。
部屋に入って電気をつけてみた。 部屋の隅に置かれた布団もそのままだった。 つまり、俺が調べに来た日以来、何も変化がないということだ。 途方に暮れた。 では、彼女は一体どこへ行ったのだろうか。 やはり死のうとしてどこかへ行ったのか? 悩みながらふと壁を見た時、俺はやっと変なことに気付いた。 壁の一面があまりにも新しかったのだ。 全く汚れていないというか。 何かをかけておいた跡のようだった。
突然階段脇にあったゴミが思い浮かんだ。 彼女は復習に失敗したら死ぬ気だった。 その後、家を調査される時に備えて、もしかして残しておきたくないものを全て処分しようとしたかもしれなかった。 俺はすぐに家の外へと走った。 幸いにも、回収日が今日ではなかったらしく、ゴミはそのまま放置されたままだった。 俺はそれを全て持って再び部屋へ戻ってきた。 そして、袋を開けてみた。 悪臭が鼻を突いた。 そして、そこからたくさんの紙がしわくちゃになっているゴミ袋を発見した。 その袋をひっくり返すと、何枚もの写真がするすると落ちてきた。 全て九空の写真だった。 主に繁華街を歩き回る時の姿で、俺が初めて会った時のようにパーカーにみすぼらしい格好で写っていた。
紙はぞんざいに切り裂かれていた。 しかし、急いで処分したのか、そんなに細かくはちぎることができず、パズルのようにすぐに切れ端を合わせることができた。 そこには、九空がよく出入りする場所と警護員らの動向が描かれていたが、ほとんど×が記されていた。 つまり、警護員のせいで接近不可能という意味のように見えた。
殺害は長い間、準備してきたようだった。 前後に潜伏されている警護員のせいで、飛びついても殺せないことに気付いた彼女が、俺と九空が親しいと見て、接近するチャンスを作るために頼んできたようだった。 結局、彼女の夢というのは、九空を殺すことだったのか?
一体どんな恨みがあるのかは分からない。 その時、電話が鳴った。 氷上さんがもう調査を終えたのだろうか? そう思いながら電話を取り出した。 しかし、発信者は氷上さんではなかった。 非通知表示、九空だった。
「もしもし」
俺はすぐに電話に出た。 刺された傷は大丈夫なのか、非常に気になった。
「おじちゃん」
「大丈夫? 深く刺されたみたいだけど、これから腕を使うのに支障はないのか?」
「どうしておじちゃんがそんな心配をするわけ?」
「え? 当然心配するだろ…刺されるのを目の前で見たのに。」
「おじちゃんが企てておいて心配しているわけ? これはまたどういうつもり?」
やはり彼女は誤解をしていた。 しかし、選択肢がなかった。 それに、彼女は刺された。 おそらく何を言っても無駄だろう。
「違うんだ。 俺は、彼女が君に頼みごとがあると、家族の行方を聞きたいと言われたから、その場を設けただけ。 まさかあんな恨みを持っているなんて、夢にも思わなかった。」
「今、それを私に信じろと言ってる? じゃあ、どうしてあの女を連れて逃げたの? おじちゃんの言う通りなら、ただ利用されただけなのに、一緒に逃げる理由なんてないじゃない。」
「あれは命を救うためだった。 どうかわかってくれ。 あのままにしておけば、死ぬのが明らかだから、あれは仕方がない選択だったんだ。」
「ふざけないで。 私、そんな言い訳を聞きたくて電話したわけじゃないわ。 昨日言った言葉を取り消したくて電話しただけ。 あの女は見つけ次第、射殺するように言っておいたわ。 そして、おじちゃんは私の目の前に生きたまま連れてくるようにと言ってある。 捕まえたら、会えるわね。 この世の地獄を全部見せて、殺してあげるから、ぜひ期待してね。」
「待って。 どうしても俺を信じない?」
「私はおじちゃんのこと信じていたわ。 どれほど信じていたのか、本当にわからないの? 私が呼び出されるからといって、あんな簡単に駆けつける人だとでも思う? それも急に起こされてご飯食べようという一言に、すぐ? 生まれて初めてなの。 それに、おじちゃんと密閉された空間にいる時は、警護員も同行しないで入って行ったのを覚えてないの? 何があっても、おじちゃんが私を危害を加えるはずはないと思ったのよ。 私、それほどおじちゃんのこと尊重したつもりなのに、おじちゃんが先に裏切ったじゃない。 言ったよね? 私、されたことは100倍にして返すって。」
「だから、これが事実なんだって。 俺は君に危害を加えるつもりはこれっぽちもない。 君を助けたこともあったじゃないか。 もうそれを忘れたの?」
俺はいつの間にか必死になって彼女に説明していた。 今は自分の命よりも、誤解されていることが我慢できなかった。 あれほど怖くて面倒な女だと思っていたのは事実だが、決して彼女が死ぬことを望んだことはないという俺の率直な気持ちを伝えたかった。
「………」
彼女はしばらく黙り込んだ。 何かを悩んでいるようだった。 その沈黙の後、再び話が続いた。 その沈黙の時間は、俺には長くて遠く感じだった。
「私、今OO病院にいる。 腕を縫ったわ。 でも、傷跡は残しておくつもりよ。 これを見ながら、おじちゃんを思い出そうと思って。 私が初めて信頼したけど、それを裏切られたから、私の手で始末した男をね。 フフフッ。何度もあの女を助けるためにどうしようもなかったと言っても、私の気持ちはそれとは別だよ。 おじちゃんがあの女の手を握って逃げた瞬間、既に私の信頼は終わったの。 血を流している私をおいて、他の女と逃げた瞬間にね。 でも、おじちゃんが本当にそこまで言うなら、一度だけチャンスをあげてもいいわ。 今すぐあの女を私の目の前に連れて来て。 生きたまま私の目の前に連れて来れば、まあ、おじちゃんも利用されたのかもしれないと納得できるから、処分は少し延期してあげる。 でも、そうは言っても、おじちゃんを殺さないという意味ではないわ。 延期するだけ。 とにかく、1パーセントも満たない希望かもしれないけど、生きられる最後のチャンスを与える。 もしかして私の気が少しは変わるかもしれないじゃない? そして、制限時間は私が病院を出るまでね。 もう早く動いた方がいいんじゃない?」
「ちょっと待って。 連れて行ったら、あの女はどうなる? すぐに殺すんだろ?」
「いや? なんで私が? おじちゃんが殺さなきゃ。それがまさにおじちゃんの潔白を証明できるチャンスだから。 早く来た方が良いと思う。 私、麻酔が取れたら、すぐここを出て行こうと思っているから。」
彼女はそう言うと、一方的に電話を切ってしまった。 彼女は本当に怒っているようだった。 それでも、電話をかけてきたのは、電話に出ないから訪ねて来て殺そうとした、あの時よりも好感度が高まったおかげではないだろうか。
しかし、彩を殺さなければならないというその条件については、受け入れられなかった。 それは俺も死ぬということだから。 一体、九空をどのように説得しろというのか。 到底方法はなさそうだった。
その時、メールの受信音が鳴った。
[通話中だったから、メールで送るね。 調査してほしいと言っていた彩についてなんだけど。 彼女には両親がいなかった。 記録によると、幼い頃に2人とも事故で死んだことになっているの。 お姉さんが1人いたけど、お姉さんもまた死んでいる、3年前に。 そして、もっと驚くべき事実があるから、これを確認したら、すぐ電話してね。]
メールを見るや否や、俺はすぐに電話をかけた。 氷上さんは通話音が鳴ると、待っていたかのようにすぐに俺の電話に出た。
「氷上さん、もっと驚くべき事実って?」
「昨日渡した封筒の中身は確認した?」
「うん、見たけど、死体の名前もどこでどのようになったのかも、全く書かれていなかったから。 何も突き止めることができなかったけど。」
「あ、ごめん、書類が少し抜けているかも。 忙しくてね。 それが重要ではなくて、実は、あの死体の中に女の人がいたでしょ?」
「うん」
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