第59話
「ここ。 美味しいお店。 お客さんの数、見てもわかるだろ?」
彼女は古びた食堂をあちこち見渡すと、どうも関係ないというように言った。
「そう? こういう所ほど美味しいと聞いたことがある気もするわ。」
九空の特異な点、一つ。 それは、特に庶民の食堂に不快感は全くなさそう、しかも、店内が客でごった返していても、何ともないようだった。 むしろ、その中に飛び込むことに興味があるように見える。 不思議がっているというか、そんな感じだった。 そう、権力を行使して、うるさいから人を追い出したりすることもなかった。
今も何気なくつかつかと中へ入って行った。 俺もついて行き、急いで椅子を引いてあげた。 それを見ると席に座りながら話し出した。
「あら? 前回マナーがなってないと言ったら、成長したわね。 私の言葉をちゃんと覚えている人は嫌いじゃない。 ふふふっ。」
「そう。 俺も成長しないと。 いつまでも君にやられるわけにはいかないだろ。」
俺は座りながら彩を探した。 そして、ここで一旦セーブをした。 彩と九空の出会い。 何が起きるかわからないから、とりあえず保険をかけておかねば。 そんな中、警護員らがついてきて込み合う店内をさらに賑やかにした。 九空もそれを感じ取ったのか、警護員に向かって言った。
「こんな狭いとこで何が起きると、全員ついてくるわけ? 外で待ってても十分じゃない。」
「しかし、お嬢様。 ホテルのVIPルームや昨日のあのカラオケの部屋のように閉鎖された空間なら、警護しやすいですが、このような開放的なところだと、外で守るだけでは困ります。」
「何て? その言葉は、私の言うことを聞かないということ?」
「そ、そういうことではなくて…。 私たちはただお嬢様の身辺を守らなければならないので…。」
そう言えば、あの言い張っている警護員は、前回カルト教団事件の時にも見た気がした。 あの時も九空が警護員を追い出して、結局、俺が彼女を救った覚えがある。 明らかにあの場にいた警護員のようだった。 それならば、今のような強気な態度も理解できる。
「じゃあ、一人だけ残って、他のみんなは出て。 わかった? これは命令よ。 一人なら十分でしょ。 おじちゃんは危険人物ではないって何度言ったらわかる?」
「か、かしこまりました。」
だんだん九空が腹を立てると、警護員たちは仕方なく撤退した。 それも、全員食堂の外に追い出されそうな状況で、一人でも残ることができて幸いだと思っているようだった。 残った男は、先ほど彼女に命をかけて反論していた警護員だった。 彼は、彼女の椅子の後ろへ行き、まるで体を盾のようにして立ち、周辺を見回した。 典型的な軍人スタイルだった。
まあ、俺とは関係のない話だから、すぐに関心がなくなった。 だから、彩の姿を探した。 すると、厨房の方から間もなく彼女が出てきた。 そして彼女も俺を発見した。 彼女は何だか緊張した様子で、俺たちの前へと歩いて来た。
「いらっしゃったのですね!」
「はい、とりあえず、日替わりを2人前ください。」
そう言いながら、俺は目を細めて合図をした。 質問するなら今だという意味だった。 しかし、彩は周りだけ見回しただけで、再び厨房へと戻って行った。
「おじちゃん、その目は何? なんかムカつくわ。 あの女は、何なのよ?」
それを見たのか九空が俺に突き詰め始めた。 昨日見た女なのに、また何なのかと聞くのを見ると、記憶にないようだ。
「昨日、街で会ったことあるけど、覚えてないのかい?」
「ん?」
俺の言葉に彼女は厨房を一度見たが、彩は既に中に入って行ってしまった後で、姿が見えなかった。 すると、九空は、俺を見て答える。
「知らない。 あの女と、相当親しいみたいね。 あ、そうだ、昨日、おじちゃんが言ったこと思い出したわ。 常連がどうのこうの、言ってたよね?」
彼女はそっと唇を噛み、何だか刺々しい口調になっていた。 顔色が完全に変わった。 これはまずい。 こんなに機嫌が悪くなったタイミングに、彩の頼みごとを言えば、聞いてくれるはずはなさそうだ。 よりによって、またその時、彩がお盆におかずをのせて戻ってきた。 俺は、合図のつもりで、今ではないと首を横に振ったが、彼女はテーブルに料理を置くと、何か口籠った。
「あの…。」
九空は彩を見上げた。 ところが、その時だった。 お盆を投げ捨てると、下に隠して握っていた包丁をそのまま九空に向けて振り下したのだ。 あまりにも一瞬で起きたことだった。 幸いにも、すぐ後ろにいた警護員がプロらしく素早く九空の椅子を横に押し出した。 おかげで心臓に向かっていた包丁は、方向を変えて、九空の腕に刺さってしまった。
すると、突然、視界が白くなると選択肢が現れた。
[選択.1 九空の状態を窺う。]
[選択.2 彩を連れて逃げる。]
当然1番だった。 いや、選択肢は目に入らないほど、俺は慌てて九空の横へ駆けつけた。
「大丈夫?血が…。」
そんな俺を彼女は疑問に満ちた目で凝視した。 苦痛が大きくて口を開けられないのか、言葉を口にはしなかった。 すると、彩の方をちらっと見た。 驚くことに、彼女はすぐ隣のテーブルに置かれていたハサミを持って、再び九空に飛びかかった。 しかし、警護員がそのまま彩を銃で撃ってしまった。
-パアーッン
銃の音と同時に彩は頭に銃弾を受けて即死した。
九空は大量の血を流しながら俺に視線を送った。 それはまるで俺が企んだことなのかという質問のようだった。 すると、警護員が俺に向かって銃を向けた。 外からは、異変に気づいた警護員たちが遅れて飛び込んできた。
説明をすれば誤解を解くことはできるだろう。 しかし、彩は死んでしまった。 攻略が迷宮に陥れば、待っているのは死だ。 さらには、九空の目つきも今の俺には手に負えないレベルだった。
[ロードしますか?]
事態がさらに悪化する前に、俺はすぐロードウインドウをタッチした。
そして再び、彼女に椅子を引いてあげる時点に戻ってきた。 彩がどうして九空を殺そうとしているのかは分からないが、あの瞬間、表した殺意は、半端なものではなかった。 お姉さんを探すのではなかったのか。 急に頭が痛くなってきた。 彩が九空を狙っているということが分かった以上、この暗殺を止めるべく、九空を座らせておいた後、俺はトイレを口実に席を立った。 すぐに厨房にいる彩を見つけ、無理矢理に手を引いてトイレの前まで連れてきた。
「どうされました?」
「君、九空を殺そうとしているだろ? 一体どうして?」
俺の問いに彼女は非常に驚くと、体を震わせ始めた。
「それを一体どうやって?」
そう言うと、全てがばれたと思ったのか、外へと走り出した。 俺は当然彼女を追いかけた。 急に走って出ていく俺らを九空と警護員らは呆然と見つめていた。 彩は後ろを振り向きもせずに走ると、俺を避けて車道へ飛び込んだ。 そして、それが最後だった。
大型トラックが彩の体を轢いてしまったのだ。
とても目を開けて見られない惨状だった。
どうするべきだ? 正解は2番か。 あり得ないという考えが先立った。 あそこで九空を置いて、彩と逃げるなんて。 彼女の怒りをこれからどう耐えろっということなのか。 しかし、ああすることもこうすることもできない、まさに差し詰まった状況だった。 既に進行されている攻略は、ギブアップは不可能なのだ。
[ロードしますか?]
再び、彼女に椅子を引いて席に座った時点に戻ってきた。 仕方なく選択肢を発動させるためにロードする前のように行動した。 九空が刃物で刺される時は、既に知っていたから何とか食い止めたかったが、それでは、また彩が逃げて、同じことが繰り返されたり、もしくは銃に撃たれたりして死ぬと考えた。 どうもこうもできないまま悩んでいるうちに、九空の腕に刃物が刺さってしまった。
[選択.1 九空の状態を窺う。]
[選択.2 彩を連れて逃げる。]
彼女はロード前と同様、疑問に満ちた表情で俺を見上げた。 瞳が揺れているように見えた。 ここに連れてきたのも俺で、俺は包丁を振り下ろした彩とも知っている間柄なのだ。 九空が疑うのも当然だ。 前後の情況を知らなければ、裏切られたと思われても仕方なかった。 心が弱くなったが、1番は正解ではない。
それ以外のものも正解ではない。
結局2番に進めてみるしかなかった。
心が痛くなってきた。 何故なのかは分からないが、あのように九空を放っておく自体が、かなりの呵責が感じられた。 しかし、だからと言って、攻略を諦めて近づく死だけを待つことはできないだろう。 ゲームのシステムは絶対的だから。 クソッ。
[無形剣を使用しますか?]
選択肢2番を選んで無形剣を呼び出し、彩の前を遮って彼女の腕を掴んだ。
スキル[無形の剣刃]を使用しますか?
そして、スキル[無形の剣刃]を発動させた。 逃げるために妨げになる食堂のドアと、警護員、俺の目に見える全てを敵と認識した。 すると、風が巻き起こりながら食堂のドアが消滅し、警護員らは全員気絶してしまった。 この凄惨な騒動に食堂にいた人たちは悲鳴を上げて席を立ち逃げ回った。 俺は他の警護員たちが押し入る前に、彩の手を握りそこを逃げることにした。 外にいた警護員たちは九空の保護が優先なのか、食堂に入ってきても、逃げる俺と彩のことは無視だった。
そうやって、ある程度走ると、彩は俺の手を振り切る。
「どうして逃げさせたのですか? 復讐も成功できず、顔まで知られたわけだから、 どうせ死んだも同然なのに! 死んでしまう身なら、もう一度復習するチャンスがあったはず!!」
「いや、あそこに後1秒いたとしても、どうせ攻撃すらできずに死んでいたと思います。」
「それをどうしてわかるのですか!どうして!」
「とりあえず、ここは逃げましょう。 ここは危ないです。」
俺は再び彼女を連れて走り始めた。 しかし、このままではすぐに追いつかれそうだった。 彩は息が切れたのか、はあはあ言いながら建物に寄り掛かってしまった。
「一体彼女に恨みは何ですか?」
「………」
しかし、彼女は答えなかった。 むしろ俺に別の質問をしてきた。
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