第54話
「俺は長谷川です。 失礼ですがお名前を聞いてもいいですか?」
「私は彩です。 ところでこれって、もしかしてナンパですか?」
俺は驚きで、持っていたコーヒーカップをこぼすところだった。 一気に見破られるなんて。 俺はやはり初心者だ。 畜生。
「あ、その、実はあまりに俺のタイップだったから、つい…。 すみません。」
こうなった以上、潔く認めるしかない。 既に失敗しているのに、これ以上の失敗もないだろう。 やはり信じられるのは[ロード]だけだ。 はあ。
あまりに正直に認めたためか、俺の言葉に彼女はむしろ驚いたようで、まるでウサギの目のように、目を丸くして口を開いた。
「多分…。そうなのではと思いました。 たまに連絡先聞いたり、誘ってくる方はいたけど、レシピを教えてほしいと喫茶店に連れて来た人は、あなたが初めてです。」
特に不快そうな口調ではなかった。 淡々と話している最中だった。
「でしたら、先、渡したレシピも、特に必要はなかったのでは?」
彩がズバリと的を射てきた。 ここで必要ないと言ったら本当にバッドエンドだろう。 それくらい、恋愛下手な俺にも把握することができた。 だから、言い訳を開始した。
「いや。 一人暮らしも事実だし、レシピが必要なのも本当です。 だから、有難く使わせてもらうつもりです。」
「そうですか。 それは、お姉ちゃんから教えてもらった料理です。 間違いなく美味しいはずです。 それを意味なく他人に教えたとなると、正直不愉快だったと思いますが、そうじゃなくて、よかったです。」
「無駄にはしません。 何なら料理を作って写真でも撮って送りますか? その、連絡先を頂けますか?」
俺も思わず出した言葉だったが、気付いたら、あまりにも自然に連絡先を聞いていた。 意図したわけではない。 でも自然な流れだったような気がする。 彩の顔色をさり気なく窺うと、彼女は少し微笑を浮かべていた。笑みは肯定的なサインだろうか。
「ホホッ、その必要はありません。 そんなふうに連絡先を尋ねてくるなんて。 ナンパは慣れているようですね?」
「いいえ、誤解です。 初めてです。 本当です。」
以前氷上さんと初めて会った時、何か一緒に食べようと言ったことはあったが、あの時と今は状況が全く違う。
「そうは見えませんが。 フフッ。 斬新なアプローチなので、できれば連絡先くらいは教えてあげたいのですが…。」
なんだ? 成功したのか? なら、どうして言葉尻を濁して、じっと見つめてくるのか。 人を不安にさせて。
「私は今、男性の方と会っている場合ではありません。 本当にごめんなさい。 私には必ずやらなければならないことがあるので、どうか、理解してください。」
その不安はすぐに現実となって返ってきた。 彩は申し訳なさそうな顔で頭を下げる。 必ずすべきこととは何だろうか。 確かに攻略情報も夢がどうこうと出ていた。 しかし、俺は、目の前の女を誘わねばならない。 勿論、必ずしも恋愛に発展するわけではないかもしれない。 その過程の中で、きっと攻略の手掛かりが見えてくるはず。
そのため、完全に接点を遮断されると困る。 すると、失敗なのか。 [ロード]をすべきか? 様々な悩みが頭をよぎった。 俺は、一旦、好感度を見てから見込みがないようなら、状況を取り戻すことにして、システムを読み込んだ。
彩或美(さやかあるみ)
年齢:23歳
彼氏:なし
職業:フリーター
攻略難易度:C
居住地:00区00町
電話番号:現レベルでは不可
攻略情報:地方から上京して、夢を実現するためにバイトをしながら暮らしている。 基本的に誠実だ。 攻略に向けてはとりあえず誘うべし。
好感度:50
確かに初期好感度は30だった。 断られた今、好感度はむしろ+20。 何が何だか分からない奇妙な状況。
建前で断わったものの、本音は連絡先を教える気があったということなのか? 本当に、その彼女の夢というものが邪魔をしているのなら、彼女の家を探るなり、何としてでも情報を得て、再び接近する方法で行けば良いだろう。 その夢を叶えるのを手伝いながら、接近することも有りだから。
確実なのは、意外と俺に対するイメージは悪くなさそうということだ。 そういえば、興味のない男に見せる特有の不快そうな様子が全く感じられない。
だから、あえて[ロード]をする必要はなさそうだ。 断られたのは事実だが、希望は見える。 好感度が上がったから。 とにかく女の気持ちなんて分からないものだ。 好感度は上がったのにも拒絶するなんて。
こころの読めない代表格と言えば、やはり九空だが。
「残念ですが、わかりました。 先のメモをちょっと貸して頂けますか? できれば、ペンも…。」
「え? はい。」
彼女は俺が簡単に引き下がると少し安心した様子で、鞄に戻したメモとペンを俺に渡してくれた。 それを受け取って、俺の名前と携帯番号、メールアドレスを書いた。 そして、彼女に返しながら言った。
「教えて頂けない事情があるようなので、これ以上は聞きません。 ですが、俺の番号は受け取ってください。気が進まないようでしたら、後で捨てても構いませんが、今、ここでは捨てないでもらえませんか。」
彩は困惑していたが、それくらい、構わないと思ったのか、返してもらったメモを鞄にしまいつつ答えた。
「わかりました。 持っておきます。 でも、連絡することは決してないと思います。 だから、あまり期待しないでください。」
「はい、わかりました。」
俺はさっぱりと答えて、残りのコーヒーを全て飲み干した。 彩もコーヒーを飲み終わったのか、席を立ち上がりながら言った。
「では、私はこれで。 今日はありがとうございました。 そして、ごめんなさい。」
彼女はそう別れを告げ、喫茶店を出た。 好感度は上がったのに断られた。 不思議な状況だが、全ての答えは、彼女の叶えたい夢にあるという、確信を得た。
その夢を調査すれば、攻略の件も簡単に解決できるだろう。 どうせ今は遅い時間だったため、明日から調査することにして、俺も喫茶店を後にして、一旦家に帰ることにした。
少しうろうろしてから家に帰ると、もう夜中の3時だった。 師匠という人に呼ばれて出て行った氷上さんは、その後、連絡がなかった。 何か依頼を受けた模様だった。
やることもなくなり、再び眠りにでもつくことにした。 昼間の睡眠では足りていなかったのか、それとなく眠くなってきた。 だから、そのままベッドに横になり、布団を抱いて眠りについた。
起きると時刻は午後の6時。 一体何時間を眠っていたのだろう。 麻酔薬にやられ瀕死状態で縛られていたのが、思ったより体に無理がかかったようだった。 とりあえずセーブをして気を取り直した。
携帯電話を確認してみたが、氷上さんからも彩からも連絡はなかった。 氷上さんは今もなお忙しいようで、番号を渡した彩は、当然期待もしなかった。 ところで、九空はなぜこれほど静かなのだろうか。 いや、静かなのは良いことではないか。
九空のことを考えると、度々彼女の顔が浮かんできたので、気を取り直す目的で、俺は浴室へ行き顔を洗った後、家を出た。 今日の目的は彩の調査だ。
しかし、調査を妨げることが一つあった。 それは、またお腹が空いているという事実。 あまりにも長い時間眠っていたからだろう。 彩の家を調査する前に、もう一度あの食堂へ行き、ご飯を食べながら反応を見たらどうだろうか。 断ったのにまた来たと面倒そうな態度を取られても困るが、それでも、トライしてみるか。
夕飯時だから、お店は相当混んでいた。 彩は一生懸命に働いていた。 ちょうど席が空いたため、座って彼女に話しかけた。 明るく笑顔で。
「日替わり定食、1人前で。」
「かしこまりました。 あれ? またいらっしゃいましたね…?」
彩は俺に気づいて驚いた様子だった。 ストーカーだと思わせてはならなかったため、予め言い訳をしておくことにした。
「えっと、今日はただご飯を食べに来ただけです。 この店が美味しいのは事実ですから。 だから、誤解しないでください。」
「誤解だなんて。 そんなことありません。 ぜひこれからもいらしてくださいね。 ここの料理、本当に美味しいでじょう?」
幸い彼女は全く面倒がる様子もなく、答えてくれた。
彩或美(さやかあるみ)
年齢:23歳
彼氏:なし
職業:フリーター
攻略難易度:C
居住地:00区00町
電話番号:現レベルでは不可
攻略情報:地方から上京して、夢を実現するためにバイトをしながら暮らしている。 基本的に誠実である。 攻略のためにはとにかく誘うこと。
好感度:50
好感度を確認すると変わりはなかった。 やはり昨日の数値は、誤って測定されたわけではなかった。 しかし、この状況はやはり理解できなかった。 だから、大人しくご飯を食べることにした。 かなり忙しい時間だから、どうせ話かけることもできなかった。 絶えず人が詰めかけていたので、俺はさっさと食べ終えて、支払いを済ませて店を出た。
そして、スカウター情報に出ていた彼女の家へと、足を運ぼうとした。 しかし、まさにその時、突然電話が鳴った。
[非通知番号]
現れた番号は九空だ。 今までよくも静かだなと思っていた。 文句があっても、電話に出ないのは不可能だ。この世で一番逆ってはならない女だから。
「もしもし。」
「今すぐ来て、おじちゃん。」
「え? 俺、今やることがある…。」
「プーップーッ…」
いつもと同じく一方的な通告の後、電話は切れた。 ヘリでキスをした後、一言も交わさず拗ねていたくせに、今更一方的に呼び出すとは。
それでも拒否は最初から不可能だ。 彩の家は、一旦九空を相手してからにしよう。 俺はとぼとぼと停留所へと移動した。 行ってみると、まだ彼女の姿はなかった。 いつもはシックな表情でベンチに座って俺を待っていたが、今日は俺があまりにも早く到着したようだ。 まあ、停留場から2分の所にいたわけだから。
俺は周りを見渡しながらベンチに座って、九空を待った。 しかし、なかなか現れる気配がなかった。 10分、20分と時間は過ぎていき、もう1時間が過ぎようとしていた。 時間はいつの間にか、7時を過ぎていた。 腹が立って電話をかけようとした正にその時、以前乗ったことのある中型セダンが、停留所に向かって来るのが見えた。 怒るべきかどうかを悩んでいると、停留所の前に止まった車の後部座席のドアが開いた。
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