第3章 迷宮の夜の街
第25話
夜の街の暗闇は深まっていく。俺はその暗闇の中を歩いた。夜空の月明りが雲に覆われる。そして、さらに深まっていく暗闇。
目を覚ますと既に真夜中だった。深い眠りについていたようだ。それほど心身共に疲れが溜まっていたのだろう。
そして夜が明ける。パソコンの起動しない狭い部屋の中は孤独でしかない。耐えられず外へ出た。夜中の2時。普通の人たちは夢の中にいる時間。おかげで夜の街は静かだ。
果たして攻略対象を見つけ出せるだろうか。大きな期待はしない。暗い夜道を歩いている女はそう多くないからだ。歩いて、またさらに歩くと暗闇の中に明かりが見えてきた。なんと屋台があった。こんな静かな夜の街に屋台だなんて。商売になるのだろうか。そう言えばお腹が空いていた。こんな夜中に開いている店は非常に珍しい。
迷わず近寄って行くと声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ」
店主に少し頭を下げ、空いている席に座った。いや、客は俺一人だった。屋台は比較的小さくて移動がしやすそうだった。取締りを避けて回ろうと、こういった造りにしたのだろうか。ゆらゆらと湯気の立ち上るおでんの匂いが食欲を刺激してくる。
「ラーメン一杯ください。」
メニューはラーメンと焼き鳥、そしておでんと実にシンプルだ。
そこで俺は一番好きなラーメンを注文した。
「少々お持ちくださいませ。」
店主のおばさんは笑顔で返事をする。そして間もなくラーメンが目の前に置かれた。
「お待たせ致しました。」
おばさんの穏やかな表情と美味しそうなラーメンに俺は自然と気分が良くなった。魅力値を上げたおかげだろうか。今まではどこへ行っても、あんなふうに爽やかな顔で接してくれた人はほとんどいなかった。コンビニでも食堂でも、おばさんも若い女もみんな同じだった。
考えてみると、外見ではなく俺の内面を見てくれた女は皮肉にも九空が初めてだった。母親を除いては。
初めて出会った時から九空揺愛は人を顔で判断しなかった。偽りで売春婦を演じていた九空はもちろん、本当の彼女もまた、俺を外見で判断することはなかった。彼女の場合、人間の評価の判断基準は、その人がいかに面白いか、面白くないだから、仕方ないだろうが。
普通の人とは考え方が違う。
彼女が手に入れようとすれば、彫刻のような男前だろうが、モデルのような筋肉マッチョだろうが、いくらでも手に入れられる。だからこそ、そんな彼女には人の外見は何の意味もなさないだろう。
何故また俺は九空のことを? 浮かんで来るあらゆる考えを否定しようと、首を思いっきり振った拍子に、ラーメンに肘が当たってしまい、そのまま床にこぼしてしまった。なんてことだ。九空のせいだ。本当に役立たず。すると、すぐにおばさんが駆けつけてきた。先までの穏やかさはどこへ行ったのか、表情はとても険しかった。ラーメン一杯こぼしたくらいであんまりではないか。
片づけるのを手伝おうとすると、おばさんは俺の手を払い除け、拒否した。
「あ、すみません。もう一杯ください。もちろん、こぼした分はきちんと払います。」
先まで穏やかな笑顔をみせていたのが、急に無愛想になり首だけうなずかせると、ちりとりに麺を掃き集めて戻って行く。あまりの変化に俺は首をかしげていたその時、他の客が入ってきた。
長い杖を持った女だった。漆黒のような黒髪が肩の下まで流れている。服装も漆黒だ。若干、暗めのスキニ―ジーンズに黒いTシャツ。一見、黒色で塗り固められたような感じだ。
これだと、夜の街では保護色の役割を果たして、暗闇ではあまり見えなさそうだ。履いているスニーカーまでも黒色。どれほど黒が好きなら、ここまで黒色で塗り固めてしまうのだろうか。
顔は美人だった。最近になって美人に会うことが多くなった。実にオリエンタル美人だ。急に興味が湧いてきたので、スカウターを読み込んだ。
[Lv.3 スカウターを使用しますか?]
出てきた画面をタッチして隣の美人を見つめる。すると情報が現れた。
氷上美憂奈(ひがみ みゆな)
年齢 : 27歳
彼氏 : なし
職業 : 解決師
攻略難易度 : C
居住地 : 東京 OO OO
電話番号 : 現レベルでは不可
攻略情報 : 気安く接近すると命が危険。しかし意外と簡単な女? 夜の街を徘徊するのは仕事のためでもあり趣味でもある。自分より1~2歳年下の男に対する幻想がある。接近するなら彼女より年下であることをアピールせよ。
好感度 : 0
攻略情報が出てくる彼女。こんな簡単に、一発で攻略対象を見つけ出せるなんて運が良いのか。それもこんな真夜中に。ただ、攻略情報の意味が全く理解不能。ちょうど俺も年下だから条件には合っているということか。
それよりも、彼女が入ってきた途端、おばさんは再び顔をしかめた。そして、作り直したラーメンを運んでくる。テーブルにぶっきらぼうに置くものだから、スープが少し飛び散った。俺がラーメンをこぼす前に笑顔で接してくれていた態度とは180度変わっていた。こぼしたくらいで本当にあんまりだ。おばさんを理解することはできなかったが、ラーメンは美味しかった。空腹を優しく満たしてくれるスープ、逸品だった。
必死にラーメンを食べていると、後ろのテーブルに座っていた彼女が焼き鳥を注文する声が聞こえる。それからはしばらく続く沈黙。静かな屋台の中では俺がラーメンをすする音だけが響いていた。すると、彼女もすぐに焼き鳥を食べ始める。こっそり横目で様子を窺うと、瞬く間に焼き鳥が消えていく。
急に彼女は席を立った。食べ終わったようだ。麺をとっくに平らげてスープを少しずつすすぎながらチャンスを狙っていた俺は、すぐに彼女の後を追った。そしてこの辺で[セーブ]。
しかし、彼女は視野から消えていた。姿が見えない。黒色で統一された服のせいだろう。保護色の威力を今更実感した。いや、感嘆している場合ではない。俺は[所持アイテム]を読み込み、[眼鏡]を着用した。
[眼鏡]は夜間でも昼間のように視野を明るくしてくれる[アイテム]だ。尾行に使うことになるとは思いもしなかったが、今の状況にぴったりな[アイテム]であることは確かだ。連続で瞬きをすると効果が発揮する。そしてもう一度長く目を閉じると、再び本来の真っ暗な夜の街に戻った。
使用方法を熟知してからは、すぐに追跡を始めた。追跡ではないか。尾行という言葉がより似合っている。
[アイテム]を使用すると遠くを歩いている彼女が鮮明に映し出された。俺は慎重に後を追い始めた。すると、しばらく真っ直ぐ歩いていた彼女が急に路地へと消えてしまった。俺は慌てて彼女を追って路地に足を踏み入れる。しかしそこには誰もいなかった。塀が立ちはだかっており、行き止まりだった。そのまま、急に体が不自由になる。
[選択.1 路地の奥をもう少し探ってみる。]
[選択.2 路地の外へ出る。]
今はこのような状況にも慣れてきた。とりあえず俺は選択2を選ぶ。この路地ではないような気もする。暗かったせいで、見間違えていたかも知れない。いや、俺は[眼鏡]を使用していたのだ、何故なのか。いずれにせよ、この路地にはいなそうだから路地の外に出てみよう。選択肢をタッチして自由になった体で、他の路地を探ってみたが、どこにも彼女の行方は見当たらなかった。
妙な気分だ。やはり見間違えではない。彼女が消えたのは明らかに選択肢が現れたあの路地だった。選択肢が訳もなく現れるはずがない。そこで再び最初に入った路地に戻ってみる。しかし、やはり誰もいない。月明りだけが俺を照らし続けている。
選択肢が再び現れることもなかった。ならば出てくるようにしなければ。仕方がない。そこで俺は[ロード]を選んだ。それから再び急いで彼女に続いて路地へと入った。
[選択.1 路地の奥をもう少し探ってみる。]
[選択.2 路地の外へ出る。]
ふはは、くっそー。無駄に5万円も浪費させるなんて。文句を言いながら今度は1番を選んだ。そして選択肢にある言葉に従い、さらに奥の方へと入って行った。しかし、目に見える物は何もなかった。路地に立ちはだかる大きな塀があるのみだ。いらいらして、後ろを振り返りそこをと出ようとした時、突然背中に酷い激痛が走った。
思わず悲鳴を上げ、そのまま倒れて込んだ。死の感覚が襲ってくる。車に轢かれた時と同じく。背中が燃えるような気分。意識を失いそうだ。後ろを振り向きたかったが、そんな余裕はない。全力を振り絞って[ロード]を読み込み、すぐに画面をタッチした。すると、いつもの白い世界に変わった。
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