第26話

この短い時間で[ロード]は既に2回目。


「ふうぅ…。」


背中を切りつけられた苦しい記憶、俺は深呼吸をしながら落ち着こうとした。痛みはなかった。しかし、脳には鮮明に苦痛が残っているようだ。


これは一体何だ?

選択肢が2つとも不正解だなんてて。


[ロード]の後、俺が痛みに耐えている間、彼女は消えてしまった。再度路地に行ってみるべきなのか。路地の方へ足を動かせてみるが。既に彼女の行方を見失ってしまった。何が何だか全く理解できない。


しかし、その時

再び背中に痛みが走っる。先よりももって酷い激痛。

包丁。これは明らかに包丁だった。家庭用の包丁よりも少し長い包丁のようなものが俺の腹を切り裂いていた。


痛い、想像を絶する酷い激痛。そのまま気絶してしまいそうだ。全ての感覚が死を語っていた。


震える手で何とか[ロード]を読み込んだ。意識が遠のく前に生きようとする意思で[ロード]をタッチした。今回もまた、俺を刺した人を見ることはできなかった。そんなことをしたら腕が力を失いロードすることもできず、永遠に動けなくなりそうだ。


そして、再び屋台の前のスタート地点。

もう、うんざりだ。何だ、この無限ループは。終わりのない死の迷宮に陥ったようだ。

終わりのない迷宮の迷路の中へ入り込んでしまったのだろうか。

これはまさに、夜の街の迷路だ。


とにかく再び走った。そして前回とは違い、ひたすら周囲を見渡した。

路地のすぐ目の前。

先はまさにこの場所でぼんやりと立ち止まっていて刃物で切り裂かれてしまった。その時は周りを気にしていなかった。だから、今回は四方を見渡した。[眼鏡]まで再度着用して。


ところが、他の人の存在は見当たらない。


整理してみよう。初めの選択肢が現れた時は、彼女をすぐに追跡していた時だった。

そして[ロード]

その後はすぐに彼女の後をつけたが、選択肢を選び間違えて背中を切られてしまった。

そしてまた[ロード]

この時はロード前に切られた苦痛のせいで気を失いかけて、彼女を追いかけるのがかなり遅くなっていた。何も考えず路地まで行き、色々と悩んでいたところを包丁のようなものに腹を切り裂かれた。


この時間差には何かがあるだろうか。


初めの死は路地。

2番目は路地の目の前。


疑問が冷や汗と共に背筋を伝わり落ちてくる。どこでどんなフラグを踏んでしまったのだろうか。端無くも四方は死で満ちている。即死でないのが幸いだ。首でも切断されたら、そのままバッドエンディングだった。いや、デッドエンディングか。


2回とも非常に痛かった。二度と経験したくない。その瞬間の感覚は、到底言葉では表現することすらできない。特に刃物で切り裂かれた痛みは想像を絶した。未だに頭もずきずきする。これはひどい。しかし、とりあえず再び歩き始めた。じっとしていたらまた何かが起こりそうだったから。


すると再び路地へと流れ込んで来た。背中を切られた路地であり、選択肢が現れた路地へ。とにかくその女が消えたのはこの路地だ。秘密はここにあるのでは。しかし、現れた選択肢は全てハズレだったが。


まさにその時だった。路地の中に少し足を踏み入れると再び選択肢が現れる。見慣れた選択肢の中に異様な選択肢が追加されていた。


[選択.1 路地の中をもう少し探ってみる。]

[選択.2 路地の外にでる。]

[選択.3 上を見上げる。]


不思議にも3番目の選択肢が出来ていた。


死の危機を乗り越えたことによってついに正解が現れたのだろうか。しかしこれも罠だとしたら?どうせ正解などない。だからと言って、選んで失敗した選択肢をまた選ぶのはあり得ない。そうすると、また無限ループに陥ることとなる。だから、俺は3番を選んだ。


選択肢の通りに上を見上げた。満月の月明かりが夜の街を照らしている。雲に覆われた月明かりが出てきたのだ。まさにその時、俺は塀の上に立って俺を睨みつける女を目の当たりにした。先はいなかったのに。確かに上を見上げてみたはずだ。俺はそれほど馬鹿ではない。


今頃になって突然、塀の上に姿を現したのだ。

これが選択肢3の力か。


彼女は何も言わずに杖を引っ張った。すると大きな剣が姿を現す。包丁のようなものではない。武士たちが使っていそうな大きな真剣だった。何の飾りもない味気ない剣だが、とても鋭そうに見えた。そうなると、選択肢1で背中を切りつけて来たのは明らかにあの剣だ。場所もここだった。


「ちょ…. ちょっと!」


彼女は突然俺に向かって剣を振り回した。何だろう、このいかれた殺人狂は。逃げてもどこまでも追いかけて来そうだった。


結局は生きる手段はアイテムだ。

また切られたくはなかった。あんな苦痛はもう二度とごめんだ。


睡眠スプレー? あれを使うには距離があまりにも遠かった。選択に迷っていると、所持アイテムの目録の一番下にある[無形剣]が目に入ってきた。これだ。一度も使用したことがない[無形剣]。


今がまさに使い時だ。

俺はメッセージをタッチした。


[無形剣を使用しますか?]


九空を相手した時に、体を防御するために使用したアイテムだが、こんな所で使うことになるとは。ともあれ、奇襲には通用しないとアイテムの説明に出ていたから、使ったところで死を避けることは出来なかったはず。しかし、今はちょうどいい状況。発動された[無形剣]は彼女の鋭い真剣をことごとく弾き返した。しかし俺の手には何も見えない。言葉通り無形だ。形のない剣。


思いがけない刀の打ち合い。

それもかなり高難度の。

しばらく攻防が続いた。すると彼女が動きを止め、俺に剣を向けながら口を開いた。


「あなた…。一体何者ですか?」


信じられないという顔だった。そのくらい剣の実力に絶対的な自信があったようだ。確かに実力はアマチュアではなかった。テレビや映画で見る、あの鋭い攻撃だった。やみくもにめった切りにするような刀使いではない。厳然たる剣道の技術。どこかの有名な流派の…?


21世紀に真剣で剣術だなんて。ここは剣道場ではない。笑えない殺人鬼じゃないか。


「殺人鬼にそんなこと答える必要ないと思いますが。」


彼女の言葉に言いがかりをつけた。すると女は眉をひそめながら答えた。


「誰が殺人鬼ですって?」


しらじらしい。今も殺そうと攻撃しておいて。俺は堂々と答えてやった。無形剣があるから、少し自信があった。


「突然剣を振い始めるあなたが殺人鬼でなければ、俺が殺人鬼だというのか?」


「あなた、私を狙って後をつけてきたのでは?」


「え?」


彼女は呆れ果てる俺の表情に杖のような鞘に剣を挿し込む。幸いにも、何か誤解があったと思ってくれたようだ。


「では、どうしてここをうろついているのかな?」


「それは…。えーっと、ナンパしようかと…。」


変な誤解をされるより、むしろ正直に話した方がよさそうだった。だから本当のことを正直に言った。するとついに彼女の顔に表情が現れた。空ろな表情だった。


「..................。」


「..................。」


しばらく沈黙の中でお互いを見つめ合う。


「あなた、今私をからかっているのですか?」


彼女は腹が立ったのか再び剣を抜いて攻撃し始めた。俺は仕方なくまだ使用解除をしていない無形剣で攻撃を防ぎ続けた。つまらない攻防戦が続いた。そろそろ疲れ始めていた。彼女も同じく。


「どうして攻撃をしてこないのですか? 一体どういうつもり?」


攻撃はできないからしないだけ。これは、防御しかできないアイテムだから。そう言えば、彼女は見えない剣を変に思わないようだった。まさか、他の人の目には見えているのか。俺にだけ見えないのか。それを聞こうとしたが、なんだか間抜けな質問になりそうだったからやめた。


「だから、本当にナンパしたいと思ってただけ。」


「.......。」


「あなたが、あまりにもきれいだから…。」


「...........。」


俺の言葉に彼女は少し動揺したようだった。まるでそんな言葉は初めて聞いたような表情だった。


「今のその言葉…。」


「え?」


「その言葉、本心ですか?」


「ナンパが目的だということ?当たり前です。」


「いや、その、そうではなくて…!」


彼女は急にしおらしくなって言葉を詰まらせた。どうした?


「え?」


「その、だから、私が本当にきれ...いですか?」


ああ、そこか。普段鏡は見ていないのか?


「はい。きれいと思いますが?」


すると彼女は剣を鞘にしまい込んだ。機嫌がいいようにみえるのは目の錯覚だろうか。


「そ…、そうですか?」


しばらく無言で俺を見つめていたが、再び話し始めた。

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