第22話

何かの組織図のようなものが書かれていた。


『裏を擁護するやつら// 資金上納..




蝦原増司 / 怡土頼穏 / 澤辺樹秀


立矢会 – そして 私 』


俺には丸が書かれていた。それは朱峰が直接作成したメモのようだった。そして上には何人かの政治家の名前があった。加入名簿にはなかった名前。その中には俺が変身した議員の名前もあった。


どんなに天下の朱峰でも、この人らについての証拠資料は集められなかったのだろう。細かいところまで目を通していると政治家の上に何かを書いて消したような痕跡をみつけた。考えてみると少し不自然だった。鉛筆で書いて消したような跡だった。見えそうで見えないため、机にあった鉛筆を持ってきて上から軽く塗ってみた。すると消えていた文字が現れた。それを見るや否や俺はそのままメモ用紙を落としてしまった。衝撃が押し寄せてきた。


大物政治家の上に書いて消した名前。

その名前は。


九空揺愛(くそら ゆれあ)だったのだ。


**


- 数日前


長谷川が社交パーティーに加入した当日

社交パーティー開始1時間前


ビルの最上階に警護を同行した一人の女が現れた。それに気づいた朱峰はあたふたと駆けつけた。


「こんなところまでどうされたのですか?」


「退屈でね。理性を失った男たちの狂気じみた顔でも見物しようと思って。」


「そうでございますか。勿論、お好きなだけどうぞ。」


朱峰はたじたじしながら女をVIPルームに案内しようとした。しかし女は手を振り払った。


「そこは嫌。部屋の外で遊ぶわ。」


「はい? それは…?」


きょとんとした朱峰に女は苦笑いして見せた。


「男を相手する女のように装ってくれない? 適当に歩き回って楽しむから。」


「そうはいきません。誤解されて男たちの襲われたりでもしたらどうするおつもり…。」


その言葉に後ろに立っていた警護の人が銃を取出して見せた。そんな心配はいらないと、そう言っているかのように。


「よくしゃべるわね、あなた。最近ちょっと生意気なんじゃない。」


「申し訳ございません!」


朱峰は顔色を変えて頭を下げた。


「木元さん、私とても退屈なの。ここでは少し退屈をしのげるかしら?」


女が朱峰に顔をあげろと手振りをしながら尋ねた。


「そ、それは私もちょっと…。」


朱峰峯は答えることができなかった。この女が何を考えているのか全くわからなかったからだ。


「服でも貸して。あんたの着ているそのドレスみたいな。」


女はそう言いながら着ていたくたびれたパーカーを脱ぎ捨てた。帽子の跡がついた頭はぼさぼさで、誰が見てもみすぼらしい姿だった。そうは言っても美貌は隠せなかったが。


「髪もセットしてくれる? こんな格好じゃ、この場所にふさわしくない気がする。」


「あ、はい! こちらへどうぞ。」


朱峰は彼女を慎重にこれから男を相手する女たちが集まっている場所へと案内した。それから1時間後にパーティーが始まった。ドレスアップした彼女は最上階を思う存分歩き回りながら獣のような男たちの顔を見物した。


しかし、すぐに女の表情からは興味が失せていた。


「つまらない…。」


口癖のようにそうつぶやいていた彼女の目に突然興味が湧いた。朱峰に案内を受ける一人の男の顔が目に入ってきたのだ。知っている顔だった。彼女はすぐに朱峰の後ろをついて行った。そして男の上に馬乗りになっている朱峰に言った。


「代表! VIPルームで探しています。ここは私に任せてください。」


その言葉に慌てた朱峰は彼女の腕をつかんで部屋の外に出てきた。朱峰は部屋から出てくると彼女をつかんでいた腕をそっと放しながら言った。


「ど、どうされたのですか? あんな男を相手されるだなんて。」


「うん? なんか興味があって、だめ?」


「い、いいえ。ところでも、もしかしてお知り合いですか…?」


「いや、別に。」


女はそう言いながら手を差し出した。朱峰はいぶかしげな表情。すると女はもどかしそうな顔で言った。


「薬は? どうせ飲ませる気だったじゃない。私が飲ませるわ。」


「え? 本当ですか? では本当にお知り合いではないようで…?」


「そうだってば。」


朱峰は疑問に満ちた顔を少し落ち着かせ、女の手に薬をのせた。


「約10分後に戻ってきて。」


「わかりました。」


「そうだ、戻ってきたら、私、服を脱いでいると思うから、傷跡を言い訳に服を着させて。」


「はい?」


「いいからそうして。」


「わかりました。」


何をしようとしているのかはわからないが逆らうのは不可能だった。朱峰は頭を下げてあいさつをし、その部屋から出た。


「つまらない女…。」


女はそんな朱峰に向かって首を横に振りながら再び男の待つ部屋へと戻った。


**

**


初めて俺のことを心配してくれる優しい女だと思っていた。彼女が社交パーティーに連れて行かれなくても良いということが嬉しかった。だから違うことを祈った。しかし、いくらメモをじっと見つめても一番上に現れた名前はやはり九空揺愛だった。


ミスか? あの邪悪な何事にも徹底して証拠資料まで集めておいた朱峰が? そんなはずはない。


彼女との出来事を振り返ってみよう。落ち着いて振り返ってみると2つほど思い当たる節があった。


1つ目は、スカウターが表示した彼女のランク。それはなんとAだった。

正直、これだけでも彼女を疑いに疑うべきだった。しかしある瞬間から疑問を完全に消してしまった。


2つ目は、彼女は俺にヒントをくれるかのように言った。朱峰とヤクザの仲がこじれていると。最近よく喧嘩すると言っっていたが、しかし実際はそうではなかった。仲違いをしているという九空の言葉を信じて2人の仲をこじらせようとしたが、むしろ逆攻撃を受けて死ぬところだった。


結局、確実にする方法はこれだけだった。本人に直接聞くしかない。俺はすぐに携帯電話を取り、彼女の家に電話をかけた。しばらく呼び出し音だけが鳴り響いた。しかし、前にもしばらくしてから電話に出たことを思い出して、 忍耐を持ってもう少し待った。うんざりするほど時間が経つとようやく受話器の向こうから声が聞こえてきた。


「もしもし。」


もう聞きなれた声だった。


「もしもし。」


とりあえずいつものように返事をした。しかし実際に聞こうとすると言葉をうまく言い出せない。


「あの…。」


まともに言葉も出せずにいると彼女はそんな俺に気づいたようだった。


「おじさん?」


「そう。」


「どうしたのですか?」


「少しだけ会えないかな?」


電話では一向に話を切り出せなかった。

だからどうせならメモを直接みせて答えを聞こうと思った。


「え? 急ぎですか?」


「うん…。 いつもの停留所の前で待ってる。すぐ来てくれる。」


「え? もしもし? おじさん?」


俺は返事も聞かないまま電話を切ってしまった。そしてすぐさま彼女に初めて会った停留所へと向かった。受話器の向こうから聞こえていた彼女の声は変わらなかった。こんな俺でも差別しない暖かい声。そんな彼女が朱峰の後ろ盾だなんて。何かの間違いだ。


停留所に着きベンチに座って30分くらい待っていると彼女が現れた。いつもと同じパーカーにジーンズだった。彼女は社交パーティーが終わって2人で会っていたその日の朝のように俺の隣に近寄ってきてベンチに座った。


「いきなり会おうだなんて。どうかされました?」


彼女に何の変わった様子はなかった。俺はドキドキしながらそれとなく彼女にメモを渡した。彼女は疑問を抱いたか表情でそれを受取り、そして見た。すると急に肩を上下させながら大きく笑い始めた。


「こんなのを書いておいたの? つまらない女だとは思ったけど、思ったよりもつまらない女ね。」


するとメモ用を手から放した。メモ用はそのままひらりと停留所の床に落ちた。反応を見ると既に答えは出ていた。俺は震えた声で尋ねた。


「...君は一体?」


「おじさん!そんなくだらないことを聞かれると、めちゃくちゃ腹立つ。」


「え?」


今までの敬語が急にタメ口に変わっている。態度に急激な変化が現れた。優しい声でおじさんと呼び掛けてはいるものの、表情はどうもそうではない。非常に生意気だった。俺は心の中から憤りが込み上がってきた。ぶるぶると手が震え始めた。高校の時のトラウマがよみがえる。


「そんな顔しないで。つまらないから。」


「な、何。君の正体は一体?!」


「私はただの私。木元の背後にいたのは事実だけど、それはただの遊び? 本当に退屈だった。あまりにもつまらないから早いうちに手を打ってしまおうとしたけど、おじさんがやってくれた。あ、そういや木元ではなく朱峰だっけ?」


「何だって!?」


「それが正直私も知らなかった。その女の本名なんて興味すらなかったから。まあ、流れで? おじさんが突然名前を聞くから調査させたの。」


九空は笑いながらそう言った。そしたら、いきなり俺の目の前に顔を近づけてそっと目をつりあげる。


「ところでおじさんこそ正体は何?」


その瞬間、彼女の表情はとても恐ろしかった。笑ったり、真剣な顔になったり、して表情の変化がかなり激しかった。しかし、俺は彼女が何を聞きたがっているのかが理解しようがなかった。


「またその顔。まあいいわ。おじさんは私を少し楽しませてくれたから、特別に少しだけ説明してあげる。私そんな親切な人じゃないから、幸運だと思って。この国の裏で暗躍する人がいるの。それは誰だと思う?」


「何…? 裏で?」


意外な質問に俺はうっかり聞き返した。すると彼女の表情は厳しくなった。


「そんなつまらない返事あともいう一回でもしたら、おじさん死ぬかもしれないよ。」


「え?」


俺が聞き返した瞬間、急に停留所の窓ガラスがバリバリに割れてしまった。俺はびっくりして割れた窓ガラスを見つめた。彼女を見ると指で銃の形を作って俺の心臓に軽く当てた。

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