第21話

[変身薬を使用しますか?]


とにかく写真を見ながらイメージを思い浮かべたから[変身薬]を使うことを決心し、ウインドウを読み込んだ。


[変身したい相手を頭の中に思い浮かべてください。]


写真を手に持っていたため何の問題もなかった。写真の中の顔を頭の中に思い浮かべた。服装までも細かく。


[適用する相手を思い浮かべてください。]


これも簡単。どうせ変身したい相手と適用する相手の顔は同じだ。


[変身が完了しました。]


最後に出てきたウインドウをタッチし、写真は再び日記帳に挟んで引き出しに戻した。準備が整い、部屋から出ようとする俺の目には数々の箱が入ってきた。前回ここへ来た時には箱まで開けてみる必要はないと思い素通りしたが、改めて気になる。


何を保管してあるだろうか。数多くの犯罪と関わってきた彼女の正体を知ってしまった今、考えてみると箱の中にも何かがありそうだった。どうせ変身薬に制限時間があるわけでもないから確認をしてみようと思い、俺は一番上にある箱から開けてみた。しかし特に変わったことはなかった。本が詰め込まれている。続けて他の箱も開ける。ここにはがらくたが整理されていた。本当にただの荷物なのか。


何故か根性が出て上にある箱から順に全て確認していった。根気強さが通じたのか真ん中くらいの箱を開けた時に金庫を発見した。机の後ろに積まれた箱の大きさは引っ越しで使うような特大サイズの段ボールほどだった。金庫はその大きさの4分の1程度。開けようとしたが堅く閉まっていた。どうみても何か重要なものが入っているように思えた。揺らしてみるとお金のようではなかった。


今は[変身薬]を使用中だから[万能キー]を使うことができない。後で持って帰り[万能キー]で開けることにして机の上においた。それから再び、寝室に向かおうとしたが、考えが変わった。いくら大胆な女とはいえ自分が死なせた女が幽霊になって現れたら驚かずにはいられないだろう。感情のないサイコパスだとしてもさすがに驚かざるを得ない状況だ。それに加えて幽霊が自分を殺そうとしたら? 当然それがより効果的だろう。


俺は台所へ行って凶器を探した。すぐに食器類のそばにいくつかの種類の包丁がささっているのを発見した。俺は一番大きい包丁を手に握る。勿論、本当に殺す気はなかった。殺人は強制力を発動させかねない。ただ、脅し用に使おうと思う。


目を開けた時にベッドの傍で包丁を持った幽霊が立っていたら、ぞっとしない人はおそらくいないだろう。


寝室のドアを開け、部屋の中にひっそりと入っていった。起こすために下着姿の彼女の頬を激しく叩いた。そして急いでベッドの傍で包丁を持ち、できるだけ不気味な表情を浮かべながらじっとしていた。


「ううん?」


頬を殴られた彼女の目が少し開いた。おそらく顔がひりついたのだろう。俺も思わず力が入ってしまい少し強めに叩いてしまった。案の定、朱峰は頬をさすりながら怪訝そうな顔でベッドから体を起こした。目を開かないのか強くこすっている。


「あ~け~み~ね」


こちらを向かせようと彼女の本当の名前をできるだけ伸ばして呼んだ。朱峰の顔がすぐに俺の方を向いた。


「だれ!」


朱峰はびっくりしてベッドから起き上がった。しかしまだ誰かがいるということしか把握できていないだろう。電気を付けていないために顔までは確認できないだろうから。


「あ~け~み~ね」


俺はもう一度名前を呼びながらさっとカーテンを開けた。月明かりが窓を通して入ってくる。ようやく朱峰の目には木元の顔がはっきりと確認できたであろう。


「あ、あ、あんたは死んだじゃない!」


「お~ま~え~も~こ~ろ~し~て~や~る…。」


引き続き伸ばしながら言いつつ、脅すために包丁をちらつかした。月明かりが反射した包丁は、俺が見てもぞっとした。


「わ…。わ、ふざけないで あ、あっち行って…!」


朱峰はしきりに腕を振り回しながらベッドから逃げ出した。そして、寝室から出ようとしたが敷居に足がひっかかって転んでしまった。


「あ~け~み~ね」


恐怖を与えるために名前を繰り返し呼んだ。朱峰はやっと体を起こして少しずつ後ずさりした。表情は驚愕そのものだった。信じられないといった表情。


「夢?」


彼女は震える手で自分の頬をつねる。しかし痛いだけだ。夢ではないから。朱峰は自らつねった頬で実感した苦痛に顔をしかめて叫んだ。


「あっち行けよ! 死んだやつがここをどこだと思って出てきたの!」


言葉はそう言っておきながらも、体を震わせながら後ずさりし続けた。俺は何も言わずに包丁を持った状態で彼女に向かって走り出した。


「こないでええええええ!」


朱峰はそのまま後ろを向いて走り始めた。玄関のドアを開けると下着姿で家から飛び出した。そのくらいにパニックっていた。俺は当然後を追いかけた。怖がらせておいて警察に引き渡すつもりだった。指紋だけを照会しても殺人罪で逃げ回っている女ということがわかるはずだから。


朱峰はエレベーターのボタンを絶えず押し続けた。しかしエレベーターが21階からゆっくり降りてきているのを見ると諦めて階段を駆け下りた。当然、俺も一緒に走ってやった。


「あ~け~み~ね」

長々と話すことなくひたすら名前だけを呼んだ。階段を下りながら朱峰は足を踏み外してそのまま階段から転げ落ちた。体を丸めてぶるぶると震える。


「これは悪夢だ! 多分そうだ…。」


そう言う彼女のパンツはびっしょりと濡れている。小便がちょろちょろと漏れていた。彼女が転んだ床は一面水浸しになっていた。汚い小便で。俺は階段の上からそのまま飛び降りた。朱峰はそれがもっと恐怖だったのかパンツのまま小便を垂れ流しながら再び階段を降り始めた。彼女は転んだ衝撃で足を引きずっていた。捕まえようとすればいくらでも捕まえるくらい遅かったが、まだもう少し怖がらせたくてゆっくりと後を追った。


エントランスまで降りてきた朱峰は駐車場へ走った。下着姿で走る姿は凄絶だ。誰がどう見てもキチガイ女だった。俺はそれがやや痛快だった。


自分が殺したも同然の人が、突然現れる恐怖は思ったよりも大きかったようだ。俺もすぐに駐車場に着いた。彼女が通った道には小便が垂れている。


「来ないで。私、私は薬もやってないのに…。どうして、どうして! 死んだやつが見えるの? 一体どうして!」


しかし予想外の思いがけない事態が発生した。俺から逃げるために周りを察せず前だけを見て走っていた彼女は駐車しようとした車に轢かれてしまったのだ。明け方というのもあり、運転手は前方を全く確認していないようだった。停まっていたわけではんく駐車場にはいってきていたため、ある程度のスピードが出ていた。車が急ブレーキを踏む音と同時に朱峰は前の方へと跳ね飛ばされた。そして駐車場をころころ転がって倒れてしまった。


俺はびっくりして彼女のもとへ駆けつけた。皮肉にも今の彼女の姿は俺がロードする前にやられた状況と似ていた。自業自得だとも思う。結局、悪い行いをすれば悪い報いがあるものだ。しかし、朱峰はそんな体を起こして、再びびっこをひきながら歩き出した。近づいてくる俺から逃げるために。


「あ、あっちへ行け! あっち行けって、来ないで! あんたみたいなやつにこの私が殺されるとでも思ってるわけ…? ゲホッゲホッ」


俺に向かってわめきながら叫ぶと再び後ろを振り向き足を引きずりながら逃げていた。驚異的な精神力だった。事故を起こした車の運転手が驚いて車から出てきたが、彼女には見えてもいないようだった。マンションの入り口を出て歩道まで逃げた彼女は車道を渡ろうとした。俺はそろそろ捕まえようと思い速度を上げ走り始めた。しかしそれがむしろ悪効果をもたらした。


彼女は独りで絶叫しながら車道を渡ろうとしたが、何の強制力が発動したのか今度は朝方の道路でスピードを出して疾走する大型トラックが現れてそのままはねてしまった。 とんでもない音と共に朱峰の身体は空中に打ち上げられ数メートルも吹き飛ばされていきそのまま地面に投げつけられた。


駆けつけて様子を確認した。体がぴくりと動いた。口からは血を流していた。朱峰はぶつぶつとずっと何かをつぶやく。


「た、助けてぇぇ、し、死にたく、、な、ない。」


「ふざけるな。あんたが殺した人はどうなるんだよ。」


「うぅ、うるさいぃ。い、いや、 私が悪かった・・・。だから助けてぇ、うぅぅう」


朱峰はそう言いながら俺に向かって手を伸ばした。しかしその腕はすぐに力がなくなりそのままだらりと垂れ下がった。それを最後に彼女の体はそれっきり動かなかった。息を確認すると死んだようだった。


彼女が犯した数多くの悪事に比べたらあまりにも簡単に死んでしまったような気もした。それに車に2回もひかれるなんて偶然にしてはかなりの強制力だった。


しかし、特に気の毒だとか俺のせいで死んだとかは不思議にも全く思わなかった。俺だけでなく、どれだけ邪魔する人を車でひき殺していたら、最後に自分も車にひかれて死ぬのだろうか。ただ、因果応報としか言いようがない。追いかける時はとても痛快だったが急に全てが虚しくなった。俺は彼女がもう少し自身が犯した悪事に苦痛を感じさせて、長い時間後悔させたかった。こんなふうに死んでしまったら全てが終わりではないか。


俺は面白くもない最期をしばらく見つめて首を横に振りながらそのままその場を離れた。サイレンの音が遠くから聞こえてきた。彼女の家に戻り、包丁を元に戻した。それから、机に置いてあった金庫を持って家に帰った。果たしてあのいかれた女が金庫に隠しておいたものは一体何だろうか、お金?


あの朱峯が徹底的に隠しておいた金庫。何かお金よりも重要なものが入っていそうだった。そこで[万能キー]で金庫の扉を開けた。中に見えるのは書類の束と封筒。書類の束をみると社交パーティーの加入者名簿だった。そしてヤクザが関わる資料と証拠をまとめた書類もあった。これはいわゆる爆弾だった。万が一、ヤクザとの関係がこじれた時のために準備していたようだった。


社交パーティーを主催するヤクザを検挙するには丁度良い材料だ。ただ、加入名簿は言葉通りパーティーに参加する人の名簿であるかのように、資金を出してコネとして利用していた権力者らの名前はそこにはなかった。当然俺が変身した政治家の名前も。


とにかく政治家たちはいつもうまく逃げると思いながら、書類の束とは別の封筒に入っていた書類を取出してみた。


そこには朱峰が自ら調合した薬の情報が入っていた。上層部までは無理でも彼女とヤクザは十分清算できるくらいの資料だった。


そうなるとこれ以上時間を稼いでも仕方がない。時間は朝8時になろうとしている。郵便局を利用して俺は放送局、警察署、新聞社、そしてもしたしたらと思い、有名な雑誌の出版社にまでコピーを作って送った。いちいちコピーするのが面倒だったがパソコンが使えないため別の方法はなかった。


こうなれば賄賂を受け取っていた政治家たちはもみ消すどころかトカゲの尻尾切り状態に陥るだろう。そんなジャンルのドラマを以前よく見ていたのを思い出しながら俺は家に帰っていった。


どうせ俺の存在がばれることはない。ゲームを攻略しようとする行為はゲームが庇護してくれる。そんな確信はある。殺人や強姦のように簡単に解決しようというある種、反則のような犯罪ではない以上は。


とにかくこれで九空がこれ以上彼女のいいなりにならずに済む。


にわかに喜びを感じながら金庫を外に捨てるために扉を閉めようとすると中にメモ用紙が1枚入っているのに気付いた。書類の束の下に置かれていて見えなかったのかと思いつつ金庫の中に手を入れて取り出すとメモ用紙には手書きで何かが書かれていた。


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