第20話
「そうか。ありがとう、今ちょっと急いでいてまた今度電話する。」
「お、おじさん?」
その言葉を最後に、電話を切った。今はもっぱら朱峰が先だ。とにかく彼女は他人に自分を木元と名乗っていた。名刺に書かれた番号に初めてかけた時に出た女も明らかに自分を木元莉里咲(きもと りりさ)と名乗っていた。礼儀を欠いた生意気な口調が似ていると思っていたがまさか本人だったなんて。
そうなると、加入電話自体も朱峰本人が受けていたということになる。まあその会合の特性上、加入がかなり重要なはずなのに部下に任せるわけがない。本人が出るのが当然だった。実際に面接の場所に来たのも本人だったし。
では一体何がどうなっているのだ。明らかにスカウターに出てきた名前は朱峯深雪だった。見間違えるはずがなかった。俺は記憶を呼び起こした。彼女の家にあった高校時代の日記帳に名前があったかどうかを。しかし自分の日記に名前が登場することはほとんどない。普通は1人称を使うものだ
しかし、アイテムは絶対的だ。アイテムはこの現実そっくりなゲームの世界を支配する神のような存在が作利上げたもの。だから名前を間違えるというミスを犯すことはありえない。従って、彼女の本当の名前は木元莉里咲ではなく朱峰深雪でなければならない。
俺は再び運転免許証を見つめた。
そういえば住所が東京ではない。発行日も彼女が丁度免許をとれる年齢になったくらいの頃だ。まだ田舎に暮らしていた時だろうか。日記帳によるとかなり酷いいじめにあっていたという、その田舎?
ならば、この住所に行けば名前に対する真実を知ることができるのでは。
木元だろうが朱峰だろうが名前に対する真実を知っている人はいるはずだ。田舎の特性上尚更。
俺は家から飛び出した。秘密を暴く情報はやはりこの住所にあるとみた。すぐに新幹線に乗り込み身を委ねた。駅でタクシーに乗り換え免許証に書かれた住所に行ってくれと頼んだ。相当な時間を消費せざるを得なかった。
突然こんなに遠くまでくるなんて。タクシーの運転手が何か話しかけてきていたが全く頭の中に入ってこず、生返事をしていた。タクシーは刻一刻と田舎道を走っていく。外には一面に田んぼが広がっていた。
タクシーの運転手が降ろしてくれたところは住所がくれるイメージ通りの完璧な田舎の町。住所を見て大体見当はついていたが、この程度だとは思わなかった。こんな閑寂な町でどうやってあの女のような化け物が生まれたのだろう。まあでもその時はむしろいじめを受ける側だったから化け物ではなかったか。
しばらく歩いて免許証にある住所に行ってみた。小さな庭のある田舎の家、蜘蛛の巣がひどい。物寂しさが誰も住んでいないような廃家の雰囲気をかもしだしている。
「どうしてそこを覗き込んでいるのだい? この辺では見かけない人だね?」
「はい?」
声に振り向いてみるとおばさんが1人立っていた。長靴を履いている様子から田んぼで働いてきた帰り道のようだ。
「その家には今は誰も住んでいないけど、ここはどうして?」
「あ、すみません。実は木元莉里咲(きもとりりさ)という人を訪ねてきたのですが。ここに住んでいると聞きまして。」
「莉里咲(りりさ)? 莉里咲は死んでから結構経つけど?」
「はい? 亡くなりました?」
俺は驚きのあまり心臓が止まりそうになった。死んだなんて、では俺が相手した人は一体? 幽霊だったのか?
「ああ、莉里咲(りりさ)が死ぬと木元(きもと)夫妻も後を追うかのようになくなってしまったよ…。気の毒な人らだ。」
両親まで? 俺は驚愕し、ぞっとした気分をかき消すことができなかった。家族揃って死んだなんて。では東京にいる木元は一体誰なのだろう。狐につままれた気分だった。そして俺はふと頭に思い浮かんだ。もしかしたらと思いそのおばさんに別の名前を聞いてみた。呪わしいあの名前を。
「それでは朱峰深雪(あけみね みゆき)という人を知っていますか?」
「朱峰(あけみね)? そいつの名は口にしてはならない!」
おばさんはとても不快そうに見えた。俺は何かわかるような気がした。木元を知る人が朱峰も知っているということは、その瞬間俺の推測が合っているかも知れない。
「少しお話を聞かせてもらえませんか? その朱峰という人について調査していまして。実は新聞社の者ですが。」
勿論、嘘だったがおばさんは俺を一通り見渡すと、特に隠すことでもないというふうに口を開いた。
「どうして今更莉里咲の名前を掘り返すのかはわからないが、あいつが未だに捕まっていないから役に立つなら話してやる。莉里咲と朱峰は幼い頃からこの町で暮らしてきたが、朱峰がかなりのワルで、大人の知らないところで莉里咲をひどく虐めていたみたい。それがさらにひどくなって、高校で不良グループと一緒になって莉里咲からお金を巻き上げていたそうだ。そうして、その連中と一緒に莉里咲を、あの、あれだよ。」
「強姦ですか?」
何となくそんな気がしたので、どうしても口に出せずにいるおばさんにこの言葉を発するとうなずいた。
「そう、それだ…! でも、莉里咲はその後もひたむきに生きようとした。でも、決定的にあれだ。どうにか耐えて高校卒業までしたから、朱峰から離れようと東京で就職しようとした。いろいろ資格も取ったと聞いたよ。しかしそれを聞いた朱峰がまたあの連中と一緒になって彼女をひどく苦しめたみたいだ。たくさんの男に…。言葉にするだけでも恐ろしいね。私たちはそれを後から知った。莉里咲はそんな素振りは見せなかったから。」
おばさんは木元と親しかったのか相当悲痛な表情で顔をしかめた。そして再び語り始める。
「そうして彼女は町の溜め池に飛び込んで死んでしまった。それから警察が言うには莉里咲が死んだ時にお腹に赤ちゃんがいたそうだ。おそらくそれで精神を病んでしまったのだろう。」
衝撃的な真実だった。さらにおばさんの話はここで終わらなかった。まだ続きがあるらしく、話は続いた。
「とにかく人が死んだから警察が来て一時騒がしかったが、朱峰あの女は特に決定的な証拠がないということで釈放されてしまった。馬鹿げた世の中だよ。実は朱峰は両親を早く亡くしておばあさんに育てられていたが、そのおばあさんを殺したのも彼女ではないかという話もある。とにかく莉里咲が死んだ後に、その性格はどこに行くと? 他の町の女の子をもてあそんで死なせておいて、それっきりどこかに逃げてしまったのよ。今度こそは証拠が確実だから殺人罪を逃れられないと言ってたけど、可笑しいことに、未だに捕まったという知らせを耳にしていない。あの女を捕まえられるようにどうか頼むよ。」
「あ…。そんなことが…。ありがとうございます。早く捕まることを願います。」
「あらやだ! もうこんな時間。私はもう急がないと。」
おばさんはそう言いながら用事を思い出したのか早足で去って行った。俺は一度廃家を見つめると、絡まった糸がほぐれた気がした。東京にいるあの女はここから逃げた朱峰だったのだ。
俺は完全に読み間違えていた。幼い頃に虐めにあって性格が歪んでしまったのではなく、元から人を虐め苦しめるのが趣味だったようだ。それも死に至らしめるほどに。今と全く同じ姿だった。
そうなると、双子でもないのに顔が同じなのは?
おそらく整形で似せたのだろう。警察の捜査を避けるために。未だに捕まっていないというのもこれによる可能性が非常に高い。
おそらく一家がみな死んだのをきっかけに、木元莉里咲の運転免許証を持って上京して今に至るのではないだろうか。木元は取れる資格は全部取ったとのことだから運転免許証も例外ではない。就職に困っていただろうから。
とにかくそれでスカウターには本来の名前である朱峰と表示されたのだ。整形をしたからとスカウターは騙せない。
死亡申告がなされたけど、どうせ現金だけを扱って表には出ない商売をしている彼女だから、木元として生きていくのには何の問題もなかったのだろう。
「くそっ…。」
俺は廃家の前でしばらくの間笑った。するとふと頭の中で朱峰をどう料理するかが浮かんできた。ここからは本気で反撃開始だ。これ以上の失敗は許されない。
再び東京へ戻ってきた俺は復讐計画を改めた。
勿論、今回もその中心には変身薬。
しかし政治家に変身する気はなかった。
[Lv.2 スカウター 15万円]
[睡眠スプレー 25万円]
[万能キー 60万円]
[カメラ 10万円]
[変身薬 100万円]
[望遠鏡 70万円]
[ストップウォッチ 3千万円]
[外車 5千万円]
[国産車 8百万円]
前にアイテムの説明を見たとき[変身薬]には、特に回数制限はなかった。ただ、百万円で一粒だった。事実上は回数制限があるのと同じだ。でもこれだけは外せない。俺は迷わず再購入を選んだ。
[変身薬を購入しますか?]
ウインドウをタッチした。そして、前に一度行ったことのある朱峰のアパートに到着した。時刻はもう明け方。俺はアパートのエントランスので万能キーを使用し、エレベーターに乗って上がっていき、彼女の家の前で再度万能キーを使用した。
そして密かに家の中に入っていった。明け方だから寝ているだろう。中に入ってみるとリビングには誰もいない。慎重に寝室のドアを開ける。そこには朱峰が眠っていた。そんなことより、朝から人を殺そうとしておいてよく眠っていらっしゃる。勿論、ロードする前のことだが。
とにかく再び寝室のドアを閉めてリビングに出てきた。机がある部屋に行って木元の日記を持ち出す。挟まっている写真を見るために。写真には怯えた表情で立っている木元がいた。
最初朱峰本人だと思ったこの女は、朱峰ではなく既に死んでしまった木元だった。朱峰の整形前の顔はおそらく一緒に写っている女のうちの1人であろう。
確かではないが、推測するに木元の肩に手を回して笑っている女が朱峰ではないか。笑っている姿がカフェで作り笑いをした時と同じように感じる。もし俺の思うこの女が朱峰で合っているのなら、木元とは骨格が似ていた。整形はさほど難しくなかっただろう。
写真を再び取り出したのは木元の顔をより詳しく表現するためだ。勿論、朱峰のイメージを浮かべればそれがまさに木元の顔でもあるが、それはあまりにも鮮明ではなかった。彼女が死んだ頃のように幼く見える必要があった。死んだ当時と同じ顔でなければならない。
この家に写真が全くないということはすでに確認済みだった。おそらく意図的に朱峰が写真を撮るのを嫌がったためだろう。そして過去に撮った写真も全て処分してしまったはずだ。だから唯一残ったこの一枚の写真が非常に大きな役割を果たしてくれる瞬間だ。どうしてこの写真は処分しなかったのだろうか。
おそらくそれは木元をよりリアルに演じるため日記帳を盗んできたのだが、開きもしなかったゆえに、挟まっていた写真に気づいていかったと見るのが正解だろう。
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