第17話

「ごめんなさい。私はそろそろ失礼しなければ。」


「わかった。あ、そうだ。連絡先教えてもらえる? 聞きたいことがあったら連絡できるように。」


たとえゲームの世界といっても、俺は初めて女に連絡先を聞くという快挙を成し遂げた。断られると思い胸がドキドキする。勿論、連絡先を聞いた目的は交際を目的にしようとではないが、それでも新鮮な気もちだった。しかし、彼女は眉間にしわを寄せ悩んでいる様子だった。ふーん。親切なふりをして結局連絡先は教えられないとでもいうのか。


「私、実は携帯電話を持っていません…。」


俺は思わず噴き出した。携帯電話を持っていないって? あまりにも陳腐すぎる断り方だ。


「その代わりに家の電話番号を教えれてもいいですか?」


しかし、事態が急展開した。彼女はバッグからメモ帳を取り出して、番号を書くとそのページを破いて俺に渡してきた。断ったわけではなかったのか。まさか本当に携帯電話を持っていないのだろうか。家の電話番号を何の迷いもなく渡してくる彼女に俺は慌ててしまった。思わず紙を受け取った。すると、彼女は本当に急いでいるかのように再び頭をさげて挨拶をし、その場を離れようとした。


「もう帰ります。」


「わかった、気を付けて。何かあったらここに連絡してもいい?」


俺がメモを見せながら聞くと彼女はうなずいた。彼女はそうして停留所を去って行った。メモを見るときれいな字で九空揺愛という名前と電話番号が書かれていた。携帯番号ではなく家の番号を手に入れたという事実は相当嬉しかった。感激に浸っていると目の前に人の気配がしたので見上げる。すると、さっき帰ると言って去って行った彼女が息を切らしながら立っていた。途中で戻って来たのか。


「ん? 忘れ物でも?」


俺が尋ねると彼女は息を整えてなんとか口を開いた。


「帰る途中に一つ思い出しました。最近、会合を管理するヤクザの親分とよく意見がぶつかるのか、仲が良くないみたいです。喧嘩するのをよく見かけます。」


「それ本当? ありがとう…! かなり役に立つ情報だよ。」


「その…。危険なまねはしないでください。本当に恐ろしい人たちだから。とりあえず私は本当にこれで。」


そう言葉を残すと彼女は本当に急いでいるのか走り始めた。それを伝えに息をきらしてまで戻って来たのか。知れば知るほど優しさを感じる。剥げば剥ぐほど良くないことだけ出てくる朱峯とは正反対だった。


仲違いさせるか。それを利用して会合を潰してしまおうか。どこか隙ができればあんな組織はむしろ簡単に倒せるようになっている。仲違いさせて警察に密告できる証拠を手に入れることもできるし。政治家が関連していたらそれはまた大変だろうけど。


とにかく、いくら考えても攻略条件はこの社交パーティーをぶち壊す。それ以外には浮かばない。ヤクザが後ろについているため少し怖いのは事実だが、だからと言って後戻りはできない状況。そうしていたら俺が死ぬ。


前回は殺人事件。今回は怪しい社交パーティーの根絶。

相当正義感のあるゲームだ。


俺はとりあえず家へ帰ってきた。パーティーで倒れた時に少し眠ったせいか、むしろ疲れた気がした。そのままベッドに倒れ込んでしまい、気が付くと朝の陽ざしがふりそそいでいた。


朝になって眠ったのに朝だなんて。驚いて時計を見ると朝の9時だった。俺が眠った時間がそれくらいだったのに?日付を見るとなんと1日が過ぎていた。

はははっ。アラームでもセットして寝れば良かったのを、寝過ぎてしまったようだ。


とにかく、現在の目的は朱峯のその社交パーティーをぶち壊すことだ。昨日、九空揺愛(くそら ゆれあ)に聞いた情報によると、十分隙があるようにも思える。俺の持つ力はアイテムと[セーブ] [ロード]。こんな難しいミッションであるほど最大限に利用しなければ。


そのために、朱峰の財布から名刺を全て取り出した。そしてテレビなどで見かけたことのある有名な人を探した。名刺を見るとほとんどが企業家。その中に名前と連絡先だけがぽつんと印刷された名刺が目に留まった。その名前がとても見慣れている。


俺の考えているあの人で合っていたらインターネットによく登場する政治家だ。


まさにこういう人を探していた。勿論、この政治家に連絡をする気は全くない。ただ、顔だけ使わせてもらおうと思う。計画はこうだ。俺には[変身薬]がある。政治家に変身して朱峰に俺を推薦するのだ。そうすれば待遇が変わるだろう。 初めから俺も麻薬事業をしていることにしようか。


九空揺愛の情報によると背後にあるヤクザと仲がこじれているようだ。それが事実なら十分いける可能性がある。後ろ盾を変えようと俺に寄ってくるだろう。何にせよ有名な政治家の紹介だから。


名刺は朱峰が持って行ってしまったが、携帯電話には通話履歴が残っている。この番号に電話をすれば加入電話の担当者のような木元(きもと)という人物が電話に出るだろうが、まあ伝えてくれと言えばよい。


「はい、もしもし」


しばらく呼び出し音が続いた電話から女の声が聞こえてきた。


「昨日加入した長谷川です。昨日…のあの方ともう一度お会いできますか?」


俺は朱峰と言おうとしたが慌てて口を閉じた。彼女は俺に名前を明かしてはいなかった。教えてももらっていない名前を俺が知っているのはあまりにも怪しく思われるだろう。だからあの方と訂正した。


「ご用件は?」


「それが….薬をちょっと…。」


俺の名前を聞くと女は一層冷めた声だったが、薬の話を切り出した途端、急に声のトーンが明るくなった。


「そうですか。では面接でお会いしたカフェに11時にいらしてください。」


そう言うと電話を切ってしまった。ただの電話受付のくせになぜこんなに生意気な態度なのか。上の人間が生意気だから部下までもがみんなそうなのか。


本当に腹が立つ。しかしあまり時間がない。とりあえず今は、怒りを抑えて出かけなければ。

脱いでおいたスーツを再び着て家から出た。まだ時間には十分余裕があるので繁華街まで歩いた。頭が複雑すぎて、考えを整理しながら散歩がてら歩き続けているといつの間にか繁華街に着いた。


40分くらいかかったか?


そして地下鉄に乗ってカフェへと向かった。


俺は計画を実行するためにカフェの前で[所持アイテム]を読み込む。


[所持アイテム]

[Lv.2 スカウター]

[万能キー]

[睡眠スプレー]

[カメラ]

[変身薬]

[望遠鏡]


使用するアイテムは[変身薬]。俺はまず[セーブ]をした。失敗したときに備えてここで一度[セーブ]しておくのが良い。


俺はセーブを完了させ、[変身薬]を読み込んだ。


[変身薬を使用しますか?]


メッセージをタッチするとその上に別のウインドウが現れる。


[変身したい相手を頭の中で思い浮かべて下さい。]


こういう感じか。俺は名刺にあった政治家の顔を思い浮かべた。選挙の時期にだけ親切に見せかけている、ずるがしこい顔を鮮明に脳の中に描く。すると現れるまた別のウインドウ。


[適用する相手を思い浮かべてください。]


当然、朱峰だ。彼女の清純な顔を思い浮かべた。外見だけが清純な醜い女。顔がかなり鮮明に浮かぶ。


[変身が完了しました。]


現れたメッセージにお店のガラス窓に自分の姿を映してみたが、いつもの俺に変わりなかった。アイテムの説明通りなら朱峰にだけその政治家の姿に見えるはずだ。


[アイテム]の能力を疑う余地がない。だから俺は堂々と階段を上って行った。わざと傲慢な歩き方を演じながら。カフェには昨日と同じく一人しかいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る