第16話

「うーん、どうかな。調査をすることがあってここに来たわけだから。勿論、助けてくれたのはありがたいし、ここからは一度脱け出さなくてはならないから君が教えてくれた方法を使ってみるよ。それはそうと、今度2人で会えないかな。ここについてもう少し話を聞きたい。」


「え? 私の今の話、聞いていました? ここは危険なのです。」


女は本気で心配している表情で言った。しかし、彼女の情報が必要だった。ここについて知っている事実を聞きたかった。そして、助けてもらった恩返しもしたかった。


「わかったよ。でも俺、そこまで力ないやつじゃないよ。」


真剣に言うと彼女は俺をじっと見つめた。勿論、アイテム以外は大して力はない。しかし、なんとなくほらをふいてみた。すると、ふと彼女の火傷の痕が目に入ってきた。それを見つめられていることに気が付いたのか腕を隠しながら彼女は口を開いた。


「それでは、このあと朝7時に私たちが初めて出会った場所で会いましょう。覚えていますか?」


「覚えているよ。1日しか経ってないのに。」


そう返事をしていると、朱峯が用事を済ませたのか部屋に戻って来た。俺たちはすぐにお互いに抱き合い、はあはあとあえぐふりをして演じ始めた。するとやり終えたかのように九空揺愛(くそら ゆれあ)がベッドから起き上がって平然と言った。


「薬は飲ませました。おそらく今精神がまともじゃないでしょう。」


「あら、そう。よくやったわ。ところで、服はなぜ脱いだの? あんた服を脱いだら価値が下がるのに。」


「どうせ精神がまともじゃないから、関係なさそうだったので。」


「いいから、はやく服着て。」


「はい…。」


九空揺愛(くそら ゆれあ)は横目で俺にさりげなく首を軽く下げながら部屋を出て行った。気をつけてという意味のようだった。そこで、俺は薬に酔ったようにへろへろな表情をしてみせた。


「あら、長谷川さん。快楽の世界へようこそ。外へ出て、気に入った女と楽しいことしてみます?」


その言葉に俺は適当にうなずいた。それから本当に薬に酔ったように見せようと部屋を出ようとする彼女に飛びついてみた。そして、力が抜けたふりをして床にダイビング。そのまま気絶したかのようにぐったりしてみせた。


「なに、また? とにかく弱いやつが多いわね。次は始末しないと。」


朱峯は九空揺愛(くそら ゆれあ)が言った通りに面倒そうにそう言うと、とことこと歩いて部屋から出て行ってしまった。そして、どれくらい経ったか忍耐強く倒れていた体を起こし用心深く外へと移動すると、黒いスーツを着たヤクザのように見える男が口を開いた。すでに会合は終わってしまったのか、閑散としていた。


「帰って頂いて結構です。次回の会合についての案内は電話でお知らせするので楽しみにしてください。」


俺はその言葉に一旦うなずき、ビルから出てきた。

これは一体なんなのだろうか。


前回は桜井の秘密を暴くのが攻略条件だった。

そうなると、今回の攻略は朱峯の秘密か。

つまり、麻薬に関連したこの事実を世間に暴くことだろうか。

もしくは、会合を踏みにじることか。


[ゲームsystem]を開いてみても、特に変わったことはない。

社交パーティーの本質について調べるのが攻略条件ではないということだけは確実だ。

難易度に比べてそんなに簡単なはずはない。


むしろ、あまりに難しいミッションに挑んだとでも言おうか。

九空揺愛を思い通りに利用する彼女。

さらには、俺に薬を飲ませて中毒させようとする彼女に対して怒りが込み上げてくるのも事実だった。


どうせ、一度足を踏み入れたミッションは後戻りできないというのがこのゲームのルール。

そうならば、見せしめてやらなければならないということだが。

そうなると証拠が必要だ。

ヤクザまで絡んでいるから軽率な行動は禁物である。

[アイテム]の力を利用して確実な証拠を掘り出すことができればいいけど。


とりあえず九空揺愛がもっと何か情報をもっていることを願うしかなかった。会う約束の7時まではもうすぐだった。俺はバスの始発を待って彼女に初めて会った停留所へと向かった。


着いて時計を確認すると7時だった。停留所の椅子に腰かけて、体と心を落ち着かせた。そうしていると、後ろの方から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「おじさん?」


彼女の化粧と髪型はそのままで、服だけ着替えた状態だった。昨日来ていたパーカー。俺が後ろを振り向くと、彼女は俺の横に来て座った。


「とりあえず来てはみたけど、特に詳しいことは知りません。」


「大丈夫。でも、何も知らない俺よりかはいろいろ知っているだろう?」


「ふーん、私が正直に話すとでも?」


「それなら仕方ないか…。やっぱり、あの女の味方なの? さっきは違うって。」


いかにも深刻なふりをして尋ねると、彼女は俺をじっと見つめながら口を開いた。


「やっぱりおじさんは変です。」


「その言葉何回目だよ。」


「変だから仕方ないじゃないですか。ふふっ。」


「そう。まあ変なのはわかったから、どこかお店に入って話そうか?」


「あ、その、ごめんなさい。私あまり時間がなくて。これから用事があるので、ここで話します」


彼女は時計をみるとそう答えた。そうというなら仕方なく、俺はそのまま気になることを質問し始めた。まずは薬に関することから。


「あの薬は正確には何? 麻薬と言っていたね?」


「私も詳しくはわかりません。1度くらいは大丈夫だけど、何回か継続して飲むようになるとそれを飲まずには夜をまともに過ごせなくなるくらいに変わってしまうということくらいかな? ちらっと聞いたのは男性ホルモンに作用する麻薬だと聞いた気がします。血液検査をしても薬物投与の可否を知ることのできない麻薬です。」


さっきも大体は聞いたけど、やはりくだらない薬だ。飲んでいないのが本当に幸いだった。1度くらいは大丈夫とは言っても不快だ。くそったれ。


「では、あの女の正体は一体?」


「利益にならないような会員は薬を利用し、お金を巻き上げて一文無しにさせ、ある程度社会的地位がある人は少しずつ中毒にさせて服従させるのです。力のある政治家に彼らを斡旋し請託を受けるように仕向けて、巨額の手数料を取るなどと笑わせてくれるようなことをやっているとでも言うのかな。この地域で有名なヤクザをバッグにしている上に、薬によって得た政財界の人脈のおかげで好き放題やっているってところですよ。」


「なるほど。さっき逆らえないと言ったね? そんな集団から脱け出すことはできないの?」


「はい、私が売春をしたことは事実ですから。その弱みを握られて強制的に参加させられるようになりました。。私だけでなく弱みを握られて来た女の人たちはたくさんいます。」


では、弱点を掴まれ自由がきかない身にも関わらず、俺を助けてくれたのか。急に彼女に対するありがたみが倍増した。朱峯を踏みにじるのが攻略ならそのついでに彼女もこの会合から自由にしてやりたいと思った。


「そうなのか。もしかして、他にあの女について何か知っていることはない?」


「ありません…、さっきも言いましたが、私はただのコンパニオンに過ぎないので、これ以上教えてもらえないし、知る由もありません…。」


「そうか…。」


彼女は再び時計を見るとこれ以上留まるのは無理だったのか席から立ち上がり俺に頭を下げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る