第13話
きっぱりと自分の名前を教えてくれた。
「ああ。俺は長谷川...」
「別に、聞いていませんが?」
「あ、そうですね。すみません…。」
名前を話してくれたおかげで、縮こまった自信が少しは回復したかと思ったが、彼女は再び俺の自信に追い打ちをかけてきた。言葉を失いぼうっと彼女を見つめていると、表情に出てしまっていたのか、戸惑いながら訂正した。
「ふふっ、今のは本当に冗談です。それで、フルネームは?」
「長谷川亮」
その言葉と同時に注文した料理が運ばれてきた。すると、俺の言葉が聞いてるのか聞いていないのか、ラーメンを受け取る。ただ聞いてきただけなのだ、聞き流しているのではないか。箸を手にした。彼女はラーメンの中をじっと見つめると俺のように箸を手に持った。
俺が麺を食べ始めるとやはり彼女も真似し始めた、なんだろうこれは。
ただ、一口食べ始めるとその後は一人で麺をズルズルとすすり始めた。まさか、どうやって食べるのか知らなかったとかではないと思うが、不思議な行動だ。
まあ、でも美味しそうに食べてくれるから嬉しい。お腹が空いていた?
「食べないのですか…?」
じっと見つめる俺に気づいたのか箸を止めてしまった。
「いや、食べなきゃ。」
そこで、俺がスープをすくって飲み始めると彼女もまた食べるのを再開した。食べる速度が、まるで何日もの間食べていなかった人のようだ。いつの間にかラーメン鉢の底が見える。俺も別に食べるのが遅い方ではないため、俺たちはほぼ同時にラーメン鉢をきれいにあけた。
「食べ終わった?」
「はい、ごちそうさまです。」
ぎこちなくお礼を言うとさっき渡したお金を取り出しお会計をしようとする。俺は急いで彼女を押しのけ、1400円を払い食堂をでた。
「食事代くらい私、払えます。お金までもらったのに…。」
「いや、美味しかったならそれでいいんだ。」
「うーん…。」
「じゃあそろそろお別れしようか?」
「本当にこのまま帰っちゃうのですか? 今からでもでき…。」
いつまで同じ言葉を繰り返すつもりだ。俺は自分の口に指をあて“しっ”という表現で答えて返した。そして、クールに見せようと手を振りながら街を後にした。
ラブホ代を含めて28,400円が消えた。特にもったいないとは思わなかった。妙な気分だ。アイテムの価格に比べたらたいしたことない金額だ。だから、あの女のことは忘れることにした。
そもそも、今接近できる女でもない。
わざわざ罠にかかるよりも今は忘れた方が、気が楽だった。
家に帰ってきてシャワーを浴びながら、ずっと頭の中でぐるぐる回る彼女を忘れようと、俺は朱峰に接近する方法を悩み始めた。
いや、本当は特に考える必要もなかった。社交パーティーに接近できる名刺を手に入れたじゃないか。持ってきた財布をひろげて名刺を取り出してみた。
OOグループ
代表取締役
鷲野十生(わしの とわ)
OOグループ
専務
風原安将(かざはら やすまさ)
OO芸能事務所
代表
有賀正弥(ありが まさや)
パーティー加入問合せのカードを除いてはただの名刺だった。社交パーティーの会員だろうか。ずらりと並べて見てみると、全て社会的に地位の高い人たちの名刺だった。
勿論、重要なのはこの名刺だ。
パーティーに加入しませんか。
加入問合せ 080-1111-2222
携帯電話を手に取った。では問合せでもしてみるか。ためらっている時間などない。でも、緊張する。深呼吸をして、番号を入力し通話ボタンを押した。電話をかけるとすぐに声が聞こえてきた。
この世界に入り込んでから初めて電話が繋がった。予想通り、ゲームの中で得た連絡先にはいくらでも電話をすることが可能なようだ。
「もしもし?」
聞こえてきたのは女の声。朱峰本人だろうか。俺はそう思いながら携帯電話に向かって尋ねた。
「もしもし? 知り合いに名刺を貰ったので加入の問合せの電話をしたのですが。」
「恐れ入りますが、誰の紹介でしょうか。紹介人がいないと加入は少し厳しいです。」
何がそんなに複雑なのか。どうしようかと少しためらったが、その時、ベッドに並べた名刺が目に入った。
「有賀さんに名刺を頂きました。」
いつかばれるとしても、とりあえず突っ切ってみようという気持ちで適当に名刺を取り名乗った。すると携帯電話の向こうでしばらく沈黙が続いた。返事がきたのは1分後くらいだった。
「私は担当の 木元(きもと) 莉里咲(りりさ)と言います。有賀さんがこちらの社交パーティーの会員なのは確かなのですが…。では、とりあえず一度面接をする必要があるのでお会いできますでしょうか? 有賀さんから頂いた名刺もご持参ください。」
木元と名乗った女は時間と場所を言うと俺の個人情報を尋ね始めた。うっかり本名を言ってしまうと、わかったと言って電話を切った。木本か。朱峰ではなかった。主催者がこんな電話にまで出るわけがないか。
目を開けると朝だった。いつの間に眠ってしまったのだろう。いろんな悩みが俺の頭をかき乱していて、俺も知らぬ間に眠りについてしまったようだ。窓の隙間から差し込む陽ざしが朝が来たことをを知らせてくれていた。急いで起き上がり携帯電話を開く。約束の時間は朝10時。その時間まであと1時間。慌てて顔を洗い、スーツを取り出す。まだ3回しか着ていないスーツ。
社交パーティーという名前。そして面接。
どう見ても、加入することも接近することもお金がかかるような気がした俺は通帳を取り出した。ATMの機械では大金を引き出すのに限界があるから通帳を持って行かなくては。
他の人たちのように社会的地位はないからお金を自慢したら接近できるのではないか?
俺は持ち物を揃え、スーツでめかしこんでバスに乗り地下鉄の駅へと向かった。地下鉄に乗って待ち合わせ場所のカフェに移動した。約束時間を5分残し、俺はようやくカフェを見つけた。朝だからか、店内はとても閑散としていた。お客はたったの一人。後ろ姿を見せる女。
会うことになっている相手に間違いない。昨日電話の相手ではと思い、近づいて行った。しかし、女の顔を確認するや否や驚いた。
テーブルに座っている女は、まさに朱峰だった。昨日電話を受けた女は単なる加入案内の担当者なのだろうか。朱峰が直接来るとは思わなかったが、俺はむしろ好都合だと思い、話しかけた。
「こんにちは。もしかして加入面接をして頂ける方ですか?」
「あなたが長谷川さんですか?」
「はい。」
昨日電話で本名を名乗ってしまったためにそのまま朱峰に伝わってしまったようだった。俺がうなずくと彼女は手で反対側の席を指す。座れということか。なら座らねば。俺はうなずきながら反対側の椅子を引いて席に座った。
俺が座ると彼女はすぐに手を差し出した。
「まず、先に名刺を見せて頂けますか?」
名乗りも挨拶もなしにいきなり命令だ。少し腹が立ったが、我慢するしかない立場にあるため、ポケットから名刺2枚を取り出し、彼女に渡した。知り合いだと嘘をついた有賀の名刺と加入案内メッセージが書かれた名刺。名刺を受け取った彼女は表と裏のあちこちを見渡し始めた。偽造でもしているのではと調べている様子だ。
「名刺は間違いなく本物ですね。しかし、昨日、有賀さんに聞いてみたら長谷川さんのことは全く存じないとのことでしたが、どういうことか説明して頂けますか?」
彼女の言葉に俺は唾をごくりと飲み込んだ。まあ、当然連絡するとは思った。どうやらあまりにも考えが甘かったようだ。彼女の目つきが鋭くなる。清純な顔してあんな表情が可能だとは驚きだ。こうなったからには厚かましく出てみることにした。
「はい? この会合について話を聞き、ぜひ加入したくて取り次いでもらい紹介を受けたものでして、詳しいことは言いかねます。しかし、俺も闇事業を営んでいるので人脈も必要だし女も必要です。俺にはお金しかないから会合に迷惑になることはないと思います。それに、その名刺は本物です。信用できる人にしか渡していないのではないですか。俺は有賀さんが信用できる方から紹介されました。」
話を聞いていた彼女は少し顔をしかめた。眉間にしわを寄せ、何か考え事をしている様子とでもいおうか。
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