第11話
ははは。
何を心配している。
俺には望遠鏡があるではないか。
そう、[透視望遠鏡]が。透視するのが目的の[アイテム]。さらに望遠鏡という名前がついているから倍率を高める機能くらいは当然搭載されているはず。
その時、朱峯(あけみね)はすでにエレベーターに乗っていた。
[望遠鏡を使用しますか?]
回数制限のあるアイテムでもない。悩まずに[望遠鏡]を使用した。ただこれといった変化はなかった。そういえば目をぱちくりするようにとの説明が出ていたような気もする。
そこで瞬きしてみる。1度だけ瞬きをした。変化がない。何でだろうと、今度は2回連続で瞬きをしてみた。すると急に遠くにあった物が近くに見える。ほお、面白い。今度3回瞬きしてみるか。すると倍率がさらに高まった。エレベーターのパネルがとても鮮明に見える。好奇心が湧いた。目を連続で4回ぱちくりするとパネルがまるで目の前にあるかのように近づいた。
よし。次は5回! ぱち,ぱち,ぱち,ぱち,ぱち
あー、目が 痙攣しそうだ。
しかし甲斐なく何の変化もない。倍率調整は3段階までのようだ。まあ、これだけでも満足だ。誰かを待っているかのようにマンションのエントランス前で行ったり来たりしながら横目でパネルを見つめていると上がっていったエレベーターは5階に止まった。
俺はとりあえずマンションから少し離れた。そして5階のドアが開く家を見つけた。結果は満足。そうしながら床に転びかけた。[望遠鏡]を使用したまま動いたのが原因だった。倍率のせいで距離感がつかめない。解除はどうすればいいんだ。
[ゲームsystem]を読み込もうとしても、[望遠鏡]を使用中だからか、ちらつくウインドウは見えなかった。もう一度瞬きすればいいのだろうか。
3回瞬きをすると倍率が低くなった。続けて1回だけ瞬きしてみた。さっき1回だけ瞬きをしたときには何の反応もなかった。しかし今回は、
[望遠鏡を解除しますか?]
ついに望んでいたメッセージが現れた。すかさずそれをタッチした。すると、再び視野の隅に[ゲームsystem]が現れる。距離は正常に戻った。
これを知らずに動いたら転んで大怪我をするところだった。まったく、腹が立つ。
それよりいつ侵入しようか。
彼女が出ていくまで潜伏するべきか。桜井の時は家から監視ができたため張り込みが可能だったが、ここでむやみに待つのはかなり大変そうだ。そして時間ももったいない。
俺は余命宣告された人生も同然。残り少ない時間を大切にしなければ。
そう考えると強行突破か。顔を見られてはだめだが。
それならばここで[セーブ]して攻め込み、[睡眠スプレー]を使って眠らせておいて家の中を漁って家を出てから[ロード]すればよい。そうなると彼女は何も記憶できないであろう。
[セーブしますか?]
俺はすぐにメッセージをタッチして玄関の前で立ち止まった。
[万能キー]を使用しますか?]
そしてできるだけ自然にエントランスへ入る。エレベーターに乗り込み5階で降りた。そして504号室の玄関のチャイムを鳴らす。
「どなたですか? 」
声が聞こえる。しかしあまりに声が小さくてよく聞こえない。俺はできるだけ声を変えて答えた。
「宅配です! 」
すると彼女はドアを開ける。ただ、チェーンがかかっていた。当然の保護本能だ。
[睡眠スプレーを使用しますか?]
そこで[睡眠スプレー]をすぐに使用し、彼女が倒れるとすぐにアイテムを変えた。次は[万能キー]だ。
[万能キーを使用しますか?]
よしよし。
うなずきながらメッセージをタッチしてドアを開けた。廊下に監視カメラがないのが幸いだ。いや、そもそも監視カメラに俺が映りはするのだろうか。それ自体が疑問だった。
その疑問の理由は桜井の事件の時にさかのぼる。その事件で警察が俺を訪ねてくると思っていたが、そんな出来事は起こらなかった。桜井のマンションのエントランスとエレベーターの中には監視カメラがあった。だから十分に警察が訪ねてくるだけの状況ではある。事件の参考人としてだ。
しかし、訪ねて来なかったということは[万能キー]を使用する行為はゲームsystemが保護してくれるのではないだろうか。即ち、攻略のための行動はゲームsystemが痕跡を残さないように保護してくれるということだ。ゲームsystemが制限をかけておく強姦のような深刻な違法行為をすれば強制的に警察を出動させるが。つまり、systemはもろ刃の剣ということか。
保護と強制力が共存する。
-この平行世界の主人はゲームシステムだからと警察を思い通りに動かすことも可能なはず。
ならばもう少し堂々と行動しても良いと思うが、確信はできない。
とりあえず一旦ドアを開けて家の中に入った。
どうせ[ロード]をするわけだからこのことに関しては心配の必要がない。
そこで俺は彼女に触れるようなまねはしなかった。そんなことをしてまた強制力が発動したら困る。
家の中にはそのよくある写真すら1枚も見当たらなかった。この広い部屋はとても無味乾燥とした。キッチンも同じだ。テーブルの上は非常にきれいだった。何も置かれていない。桜井の時は食卓の上に置かれていた借金の督促状が攻略に大きな役割を果たしたのに、なんか残念だ。
キッチンもまたきれいに整頓されていて変わった点は見つからなかった。少なくとも家の中に死体を隠してはいないようだ。部屋は全部で3つもあったが最初の部屋に入るとたくさんの洋服が俺を迎える。ウォークインクローゼットのようだ。洋服から鞄、指輪やネックレスのようなアクセサリーまでもがきれいに陳列されていた。全部ブランド品に見える。23歳の女にしては豪華すぎないか。
そこから出てきて寝室に入った。1人用のベッドと化粧台があるが、ここもやはり高そうに見える化粧品が多くあることを除けば変わったことはない。残りの1部屋に入った。机がありその後ろには箱が積まれていた。倉庫として使っている部屋なのか。寝室とウォークインクローゼットに比べるとあまりにも殺風景だ。
机の上はテーブル同様きれいだ。本1冊もない。引き出しを開けてみると全部空いているが、最後の引き出しに日記帳が1冊だけぽつんと入っていた。
机に腰掛けて日記を読み始めた。何もない机の中にぽつんと入れられた日記だなんて何か臭うじゃないか。
内容を見ると高校時代の日記帳だった。ただ、内容が普通じゃない。苦悩に満ちた日記だった。そして後ろのページにいけばいくほどその度合いが酷くなっていった。
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死にたい。
どうして私を苦しめるの。
トイレで水を浴びせられた。
着替える服もなくてただひたすら泣いた。
先生は授業をさぼったと厳しく叱られた。
悔しくて恨めしい。
一体私が何をしたって言うの。
明日までに決めたお金を持ってこないと男に売り渡すと言った。
彼女がとても怖い。
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最後のページの内容だった。そしてそこには家全体を漁っても見あたらなかった写真が1枚挟まれていた。ソファーの上に寝かせてある朱峯(あけみね)が、友達のように見える女子たちとポーズをとっている写真だ。ただ、表情がいまいちだ。おびえた顔とでも言おうか。
だが、日記の最後の内容を見ると相当深刻そうに見えたのに、それにしてはいい暮らしをしている。1人で暮らしているのを見るとその時にやられた苦しみを忘れようと逃げたのではとも思うが。
そんな女が今では怪しい社交パーティーを管理しているだなんて。日記の最後に出てきたように男たちにやられてしまってからそっちに目覚めたのか。それで性格が変わってしまったとか。
疑問は残るが、見られるものは全て見たので日記を元の場所に戻して引き出しを閉めた。
再びリビングに戻るとテーブルの上に置かれているバッグに目が行く。考えてみると、さっき高校生と取り交わしていたものをバッグに入れていたよな。それが一体何だったのかを確認がてらバッグを開けてみた。そこにはくるくると現金が輪ゴムで巻かれて入っていた。
全部、万札だから金額は相当だろう。ますます理解できない女だ。バッグの中には財布も入っていた。財布を開けてみるとお金は入っておらず免許証と一緒にたくさんの名刺が差し込まれていた。名刺がどれだけたくさんあるのか免許証の上にまで領域を侵している。いっそのこと名刺入れを買えよな。
カード挿しにある名刺を取り出すと興味深い内容があった。社交パーティーと関連があるような名刺だ。
パーティーに加入してください。
加入の問い合わせ 080-1111-2222
他の内容はなく、たったの2行。しかし、これがまさに今の俺に最も必要な情報ではないだろうか。財布には他の名刺も相当あった。これは大きな手掛かりになりそうだ。お金が入っていたわけでもないので気軽にポケットにしまい込んだ。
ただ、巻かれている現金の束には手を付けなかった。名刺しか入っていない財布とは違い、お金を持っていったら桜井の時のように強制力が発生する危険があった。そうでなくてもわざわざ攻略に必要のないものを持って行く必要はない。今の俺の目的は攻略だ、お金ではない。どう見ても罠だった。
これくらいなら得られる情報は全てゲットできたようだし、俺は[ロード]を選択した。すると白い世界が俺を迎える。
しかしそこでしまったと思った。名刺と財布のことだ。
特に名刺は彼女を攻略するのに最も重要な情報だ。俺はポケットを無造作に漁った。
すると不思議にも名刺と財布がポケットから出てきた。
非現実的なアイテムや所持金とは異なり、身に付けた物は[ロード]をしてもそのまま持ってくることが可能なようだった。それは[ロード]とは未来の自分がその状態を維持して過去に戻る力なのか。
何かすごく複雑なようだがとにかく名刺さえあれば関係ない。そろそろ家に帰って情報を分析して名刺にある番号に連絡でもしてみればいいのではないか。
社交パーティーに接近するのに必要な加入ルートがわかったから満足だ。攻略に一歩近づいた。ただ、攻略条件は未だわからない。まあ社交パーティーから探ってみればいいだろう。それが、ゲームがくれたヒントなのだから。
俺は再び繁華街へと戻って来た。そして、町バスの停留場でバスを待った。すると停留場の後ろの方で、ぼうっと座っている女を見つけた。みすぼらしい身なりだった。だからと言って、垢がついているとかホームレスには見えない、なんとなくそんな気がした。しかし、それでもなんだか輝いて見えた。年齢は幼く見える。多くても20歳前半だろう。頭にはフードを被っていて顔はよく把握できない。そして、しゃがんでいたためスタイルも確認できなかった。ただ、みすぼらしい身なりによって美貌が隠された感じもある。まともな格好をしたら、かなりの美人かもしれない。暗くて確信はもてないが。
しかし、今はちょうど朱峯(あけみね)の攻略を始めたところだから、関心は全くなかった。だから、顔をそむけた。その時、その女が俺の視線に気づいたのか地面から立ち上がると俺に近づいてきた。
何か言いたそうだが随分ともじもじしている。
「あの、おじさん」
何も言わないから後ろを振り向こうとすると、ようやく口から言葉が漏れた。しかし、よりによってその第一声がおじさんってなんだよ。いくら俺の魅力値が22しかないとは言ってもそれはひどい。俺は一瞬カッとなって聞き返した。
「おじさんって、誰の事?」
すると彼女は少し体をびくびくさせる。怒った声によって、俺が暴力でも振るうと思ったのかすっかり身をすくめた。そのウサギのような姿に込み上げていた怒りがいつの間にか沈まった。しかし、彼女は俺の怒った口調のせいか先に声をかけてきておいて、警戒する目つきをやめなかった。
「はあ、わかったよ。そんなことより何?」
おじさんという第一声のせいからか、いきなりタメ口が出た。まあいいだろう、また会うこともないだろうし。
「さっき私を見ていましたよね?」
見つめただけなのにセクハラで訴えるとでも言うのか。過去に女にされていた不当な扱いが思いだされながら、自ずと警戒心が生まれた。
「私と寝ませんか? 安くしますよ。」
しかし、続けて出てきたのは意外な言葉だった。意図がわからず、その瞬間スカウターを使用してしまった。情報を知りたいがために。これはまた何の罠だろう。
(名前不明)
年齢 : 19歳
彼氏 : 現レベルでは不可
職業 : 現レベルでは不可
攻略難易度 : A
居住地 : 現レベルでは不可
電話番号 : 現レベルでは不可
攻略情報 : 現レベルでは不可
好感度 : 現レベルでは不可
攻略難易度がAだと?
現れた情報に目を疑がった。あっちから先に誘ってきたくせに攻略難易度がかなり高かった。さらに年齢、難易度を除いては全てプロテクトされていた。
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