第2章 嘘と真実
第10話
俺が目を覚ました時に既に6時間くらい経っていた。携帯の画面の時間を確認し、ぎこちない身体を動かしてみる。しっかり眠ったはずがすっきりするどころか余計頭が重く感じる。浴室へ行き洗面台に水を溜める。そして、顔を水の中に突っ込んだ。
冷水によって少し眠気が覚める。顔を上げ鏡を見た。魅力値を10も上げたにもかかわらず、俺には変化がないように思える。どの部分が魅力的になっただろう。他人には違って見えるのだろうか。まるで魔法のように。
タオルで顔を拭き部屋に戻った。視界の隅には依然としてwindowsフォルダのようなゲームsystemが存在感を放っていた。冷蔵庫を開けて空腹を適当に満たた。そして伸びをした。
-うううーっ
適当に服を着替え、脱いだ服を洗濯かごに入れて家の外に出た。攻略対象を見つけなければならない。今回は少し遠くに行ってみるつもりだった。バスに乗っていくと繁華街がある。今日の俺の目的地はそこだ。ゲームに入り込んでしまってから一番遠くに行ったのは5分距離のコンビニだけだったから。
-このゲームが俺の家とその近辺の地域だけを具現したのではないかと少し変な心配もあった。
ははっ。そんなわけないだろう。
停留所でしばらく立っているとすぐにバスが来た。そして10分後に目的地である繁華街に到着した。どうやら杞憂だったようだ。ゲームの中とはいってもこの世の全てが完全に現実と同じだった。帰宅時間なのかたくさんの人々がそれぞれせわしく歩いていた。ネオンサインが付き始めた街も現実そのものだった。
違うものは、もっぱら目の前にちらつく[ゲームsystem]だけだ。
広場の大型電光掲示板には人気アイドルがダンスをしている。
アイドルを見ると胸が騒ぐ。
どれどれスカウターでも使ってみるか。
映像を見ると急に実物ではなくてもスカウターが効力を発揮するのかが気になった。
[所持アイテム]に入った。
[所持アイテム]
[Lv.2 スカウター]
[万能キー]
[睡眠スプレー]
[カメラ]
[変身薬]
[望遠鏡]
[Lv.1 スカウター]は自動的に消えていた。むしろスカウターも強化できるようにしてくれればいいのに。なぜこれは新たに買わなければならないのだろか。不合理だ。こうしてお金を巻き上げるつもりか。本当いかれたゲームだ。愚痴をこぼしながらスカウターをタッチした。他からみたら一人でぶつぶつ言いながら空中で指を動かしている変なやつに見えるだろう。
[Lv.2 スカウターを使用しますか?]
すると、もう見慣れたメッセージが出てきた。俺は電光掲示板のアイドルのうちセンターに立っている女の子を見つめた。
悳埼(よしさき) 壬香(にか)
年齢 : 21歳
彼氏 : なし
職業 : アイドル
攻略難易度 : B
居住地 : 現レベルでは不可
電話番号 : 現レベルでは不可
攻略情報 : 現レベルでは不可
好感度 : 0
攻略情報は出てこなかった。難易度はなんとBだった。好感度はレベル1の時はなかった項目だ。 [Lv.2 スカウター]に追加された項目だろう。好感度は0。面識もないから0なのは当然。
どうせ、攻略が可能だとは思ってもみなかった。その時、誰かが俺の肩にぶつかってきたせいで、身体のバランスを崩ずしてしまった。ぶつかったのはかなりきれいな女だった。なんというか、上品に見えるとでも言おうか。そんなイメージだった。
俺に頭を下げながら謝罪をする。女神のようだ。そしてまた歩いて行ってしまった。俺は急いでスカウターを使用した。
北潟(きたがた) 緋果留(ひかる)
年齢 : 24歳
彼氏 : なし
職業 : 大学生
攻略難易度 : 無
居住地 : 00区 00町
電話番号 : 080-2452-1111
攻略情報 : 無
好感度 : -100
ん?攻略難易度が無とは?
攻略対象ではないということか。情報は全て出てきたが、攻略難易度と攻略情報がない。
その瞬間、ひらめいた。
攻略対象にするほどの秘密もなくその言葉通り単なるすれ違う女だということだ。つまりは、気にしなければいい。
そうなると、さっきのそのアイドルは何か攻略をするだけの秘密があるということになる。
興味が湧いてきた。しかし難易度がBだから到底接近すら不可能だ。先にレベルアップしなければ。攻略情報が出て来ないとどのみち攻略は不可能だということだろう。
それよりさっきのあの女、気に障るな。ちょっとぶつかっただけなのに好感度が–100か。あんまりだ。魅力を10も上げたのに、そもそも初期数値が低すぎて今の数値では好感を得るのも難しいようだが。
笑顔で謝っておいて心の中では嫌みでも言っていたということじゃないか。やれやれと首を横に振りながら駅の方へと移動した。たくさんの人が溢れ出してきた。
攻略難易度が出てこない女もスキップしなければならず、攻略難易度が高くて攻略情報が出てこない女もスキップしなければならない。
攻略対象を探し出すのが何気に大変だ。肩を落として立っていたその時、かなり魅力的な女が俺のそばを通り過ぎた。俺は煙草に火をつけるとそのままライターを落としてしまった。それを拾うのも忘れ、まるで取りつかれたかのように彼女の後を追った。
かなり清純な顔だった。何というか、俺の理想とでもいおうか。清純可憐なタイップの子は男の憧れだろう。それを備えかなえた女だったから自然と関心が向く。さらに清純可憐な顔とは似合わないくらいスタイルが際立っていた。特に骨盤が眩しい。
タイトなジーンズをはいていたために歩く度におしりが浮き出て目が離せなかった。変態ではない。男の本能だと言いたい。道であのような身体が通り過ぎたら一度くらいは見るだろう。
ベージュ系のぴったりしたニットが腰のくびれを強調する。そこでスカウターを使用した。級があまりにも高くて初めから期待はしていないが、確認をすることに損はない。
朱峯(あけみね) 深雪(みゆき)
年齢 : 23歳
彼氏 : 多数
職業 : ブローカー
攻略難易度 : D
居住地 : 現レベルでは不可
電話番号 : 現レベルでは不可
攻略情報 : 管理する男多数。直々に社交パーティーを主催。
怪しい社交パーティー、ここから接近するのが攻略のポイント。
好感度 : 0
すると運良く攻略情報が出てきた。繁華街を彷徨って数時間。ついに攻略対象を見つけた。さらに運良くもかなり俺のタイップだった。ただ、普通の女にはみえない。怪しい社交パーティーだなんて。教えてくれるなら性格に教えてくれよな。曖昧な。
しかも社交パーティーから接近しろって?
ヒントがヒントになっていない。しかし、初めてゲームが直接くれたヒントだ。従うのが賢明だろう。でもこれだけでは何もわからない。結局は住んでいる所も自ら調べなくてはならないし、それを通じて情報を収集すれば何か対策が出てくるだろう。情報がなければ進行するのは難しい。心の中でそう決心し、彼女の後を尾行し始めた。
桜井の時のようにとりあえず家の中を探ってみようと思う。インターネットがない世界では、唯一個人情報を調べられる手段だ。だから住んでいる所を探し出すことが尾行の目標。俺は少し距離をあけて必死に彼女の後をついて行った。その時、急に彼女の足が止まった。
ばれたかと思い急いで身体の向きを変え携帯電話を持ち、電話をしているふりをしながら横目で彼女の様子をうかがった。幸いなことに俺がついていくことに気づいて立ち止まったのではなかった。緊張したからか手汗がひどい。
彼女は急に身体をかがめると何かを拾い始めたのだ。とにかく尾行に気づいたわけではなかった。落とした物を拾おうとしたようだ。安堵していると彼女はすぐさま立ち上がり歩き始めた。
俺も携帯電話をポケットに入れ、再び後を追う。それから5分ほど歩くと、彼女はまた立ち止まった。俺は路地に入り身を潜め、建物の壁に寄りかかった。そして顔だけを少し出し彼女の動向をうかがった。
腕を組んで立っている様子がさっきのように何かを落としたわけではないようだった。時計を確認する姿からすると誰かを待っているようだ。もしかして彼氏でも待っているのだろうか。
それは困る。何が何でもデートまでついていくのはハードルが高い。どうかそれだけはないようにと祈っていると彼女の前に気の荒そうな高校生の集団が近寄ってきた。それも全員男だ。彼女はその高校生らと何か話をすると、バッグから封筒を取り出しそれを渡した。高校生らはそれを受け取ると急いでカバンに入れ、ポケットから取り出した何かを彼女に渡して逃げるようにその場を離れた。
離れていたため何を取り交わしていたのかはわからない。忘れないうちに一旦書いておこう。こういう時に備えて、高校の時に使っていた手帳を家から持ってきていた。ポケットから手帳を取り出し、分かったことを殴り書きした。
3人の高校生。
何かを取り交わす。
急ぐ様子。
尾行しながらメモを取ると何だか探偵にでもなった気分だ。彼女はしばらくして再び歩き始めた。探偵ごっこも終わりだ。手帳をしまって彼女の後を追った。まもなく彼女の前に密集したマンションが現れた。高級そうなマンションだ。
彼女はその中の真ん中にあるマンションに入って行ってしまった。どうしよう。住民のふりでもするか。
悩んでいるうちに彼女は入り口でオートロックの暗証番号を押して中に入って行ってしまった。後をついて行こうとしたが既に玄関のドアは閉まってしまった。
玄関を突破するには暗証番号を入力しなければならない構造だ。前回攻略した桜井の住む古びたマンションとは全く違う。朱峯(あけみね)は既にエレベーターのボタンを押していた。俺は焦った。逃したら困る。少なくとも何号室に住んでいるのかを調べておかねば。
[万能キー]を使って後を追おうか。しかしそうすると顔がばれる。情報を調べあげる前に顔がばれるのは望ましくない。
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