熊猫の着ぐるみと眼鏡

藤泉都理

熊猫の着ぐるみと眼鏡




 最強の変装道具なんだぜ。

 テレビでどこかの誰かが言っていたような気がする。











(あの人は一体、何をしているんだろう?)


 とある探偵事務所に弟子入りした僕は、気づかれないように視線を斜め前へと向けた。

 やはりいた。

 師匠である。

 熊猫の着ぐるみを装着済みの師匠である。

 理由はわからない。

 弟子にしてくださいと志願しに行った時には、すでに熊猫の着ぐるみを装着していた。

 半年前の事である。

 自宅から探偵事務所に通うようになって以降、着ぐるみを装着していない師匠を見た事はない。

 深夜に奇襲をかけてみた事も、一度や二度あるが、その時もやはり着ぐるみが装着されていた。

 恐らく、師匠はもう着ぐるみと一心同体なのだろう。

 着ぐるみを装着していようがいまいが、師匠は師匠だ。

 昔、公園に忘れたはずなのにどこかに消えてしまったお気に入りの帽子を見つけてくれたまんまの優しい師匠である。


(それはそれとして、何をしているんだろう?)


 追跡か尾行か。

 どちらかだと思うのだが、今日は仕事はなかったはず。

 もしや、飛び入りの仕事ができたのか。

 だったら、教えてくれたら僕も仕事を手伝ったのに。


(でも何か、標準が、僕に向けられている、ような。しかも。う~ん。いつもの師匠じゃないような。何か、目の周りに違和感………あ。眼鏡。黒縁眼鏡をかけているんだ………もしかして、変装、している、つもり、なのか、な?)


 けれど、元々目の周囲が黒い熊猫に黒の眼鏡をかけても埋没していて、あまり意味がないような。


(う~ん。わからないけど、もしかして。突発的な試験。かもしれない。よね。明日、探偵事務所に行ったら、今日の事を尋ねられるのかもしれない。その時に、師匠が僕を尾行、ないし追跡していましたよねって、言わなかったら、探偵事務所から追い出されるとか?)


 その可能性は無きにしも非ず、である。

 であるとすれば、気を引き締めて、師匠に注意を向け続けなければ。

 と、思えば、思うほど、身体がうまく、動かす事ができない。

 ぎくしゃくしてしまう。

 これが狙いか。

 僕が狙われている設定で、普段通りに生活できるかどうかの試験なんだ。

 やばい。これはやばい。

 これは落とされる。絶対に。

 普段通りにしようと意識すればするほど、身体がうまく動かない。


(ど。ど。どうしよう)


 視線を右往左往させて、何か、この危機的状況を打破する道具がないか、探してみる、も。師匠から目が離せない。師匠の、黒縁に隠れている、黒縁眼鏡、から。


(っは!そうだ!眼鏡だ!)


 最強の変装道具なんだぜ。

 テレビでどこかの誰かが言っていた。ような気がする。

 つまり、眼鏡をかければ、冷静沈着な僕に変装できるのだ。

 よし、思い立ったが吉日だ。

 すぐ傍にあった百均店に駆け込んだ僕は、食い入るように眼鏡を物色してのち、フレームが赤色のまんまる伊達眼鏡をかけて、百均店から出て来た。

 不思議である。

 眼鏡をひとつ、装着しただけでこんなにも、安心。

 足は震えているけど、上半身は安定しているから、効果は半減だけれども、ないよりましである。いや、訂正。ないのは困る。君がいてくれて助かったよ。

 百十円の眼鏡に感謝をして、買い物を再開させたのであった。











 翌日。

 探偵事務所に行った僕を待ち構えていた師匠は、赤の墨汁で三角形が書かれた習字紙を手渡してくれた。

 まだまだ修行不足だと優しく言いながら。


「はい!精進します!」

「うむ………………あの。休日に尾行してごめんね。もうしないからね」

「はい!」











(2024.3.25)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

熊猫の着ぐるみと眼鏡 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ