最終話 『好き』の正体はドキドキ
「
「なに?」
「僕って吉良さんのこと好きなのかな?」
仁凪は
それは良かったのだけど、仁凪に告白されて仁凪のことを意識するようになった。
それもいいのだけど、そうしたら吉良さんの様子がおかしくなった。
ずっと上の空だし、僕達以外の人の相手をする時の『学校モード』もキレがない。
更におかしいのが僕である。
「
「んーん。吉良さんが元気ないのは分かるけど、それとは別に、僕も最近おかしいんだよね」
仁凪からの告白を受けて、仁凪のことを考えるのは分かる。
だけどなぜだかそれ以上に吉良さんのことを考えてしまう。
「仁凪のことは好きだよ。でも、吉良さんのことも好き……。仁凪は好きになりたい方を好きになればいいって言ってたけど、そもそも僕は誰かを好きになりたいのかな?」
僕はそもそも誰かを好きになりたい訳ではなく、『好き』とは何なのか知りたかっただけだ。
だから自分が誰かを好きになることなんて考えていなかった。
「それこそ二宮君の気持ち次第だろうけど、今の私に聞く?」
吉良さんがバカにしたような笑いをする。
「私は絶賛お悩み中なのに、そのお悩みを根底からぶち壊すお悩みをぶつけるか」
「吉良さんのお悩み?」
「……話してやろうかな。二宮君を困らせれば困らせるほど気が晴れるかもしれないし」
よく分からないけど、吉良さんが元気になるなら僕に当たって欲しい。
「よし、困らせよう。でもその前に私のことを教えてしんぜよう」
「吉良さんのこと?」
「場所変えるよ」
吉良さんはそう言うとすぐに立ち上がり歩き出す。
あと数分で昼休みが終わるというのに迷いがない。
僕もついて行くことに迷わないけど。
そして着いた場所はあの掃除用具入れの前。
「密談と言えばここっしょ」
「懐かしいね。あの時と違って吉良さんと僕が一緒に居ても誰も追いかけて来なくなったけど」
吉良さんと僕が恋仲だと宣言してから、最初こそついて来る人や吉良さんに事情を聞く人がいたけど、吉良さんが素で僕と話す姿を見始めた辺りからそういうのは無くなった。
今でも吉良さんは人気者だけど、その頃に比べると数は減った。
「全部二宮君のおかげだよ。二宮君の前でだけは素直でいられたから」
「わざわざ自分を隠さなくても吉良さんはとってもいい人なのに」
「違うんよな。別に私だって隠したくて隠してた訳じゃないよ。私はね、生まれつき容姿に優れちゃってたんだよ」
傍から聞いたら自慢話に聞こえるが、吉良さんの表情はそんな様子ではない。
無理やり笑ってはいるが、表情はとても暗い。
「可愛いとかは別にしてさ、なんか私の見た目は『清楚系』だったみたいで」
「なんとなく分かるよ」
吉良さんと仲良くなる前は真面目で静かなすごい人という認識だった。
蓋を開ければイタズラが好きないい人だったけど。
「聞こえてくるんよ。『あの子はきっと真面目な子だ』とか『静かにしてるところが可愛い』みたいなのがさ」
吉良さんが前のように床に座り、僕にも手招きする。
僕は汚れるのなんて気にせずに吉良さんの隣に座る。
「別にさ、無視すれば良かったんだけど、あの頃の私はほんとにいい子ちゃんだったみたいで、バカ真面目にみんなの『理想の私』を再現しちゃった訳ですよ」
「それであれ?」
再現したらみんなから好かれた。
嘘というのはすぐにばらさなければ、ばらすタイミングを逃す。
ましてやそれが本当の吉良さんだと信じられたらなおのことだ。
「我ながら馬鹿なことをしたよ。別にモテたかったとかないのに男子にいい顔して、友達が欲しかった訳でもないのに女子と仲良くしてさ」
おそらく無意識だろう、吉良さんが僕の手を握る。
「だから高校は知り合いがいないここを選んで、高校デビューとして髪を染めたんだよ」
「それが『不良少女』?」
吉良さんが髪を染めてるという話を聞いたときに理由は教えてもらえなかったけど、そう言われた。
「そ、結果は地毛ってことになったけどね」
「校則的には駄目だから良かったんじゃない?」
この学校では髪を染めることやアクセサリーの着用は校則違反になる。
破ると最悪の場合退学だ。
「バレても黒染めすれば退学にはならないからいいかなって。まさか先生まで地毛って思うとは思わなかったけど」
「吉良さんの日頃の行いだよね」
「ほんとにそれなんだよね。どうしても『理想の私』をやめられなくて、ずるずると続けてた」
吉良さんが自嘲気味に笑う。
「だけどさ、二宮君は私を私として見てくれたんだよ」
「吉良さんは吉良さんだよ?」
「それ。普通はさ、私の本質は見ないで、私はこういう人間だって決めつけて見るの。だからなんだよ、二宮君の前で素を出せるのは」
人は見かけで判断できないのだから当たり前だけど、多分そういうことではない。
「そんな人は初めてだったんだよ。だから私はね……」
吉良さんがそこまで言うと黙って僕の方を見る。
その顔は薄暗いこのでも分かるぐらいに赤い。
「私は二宮君が好き。多分ここで初めて話した時から」
「……」
「二宮君?」
「あ、ごめん、固まってた」
いきなりのことで頭も体もフリーズした。
仁凪の時はなんだか空気がゆるゆるしてたからとりあえず飲み込めたけど、吉良さんの雰囲気がすごい真面目で僕の方までドキドキしてくる。
「さっき私のこと好きなのか聞いてきたけどさ、もし私が『二宮君は私のことが好き』って言ったらどうするの?」
「試す」
「どうやって?」
「こうする」
僕は膝立ちになって吉良さんの真正面に向かう。
そして頬が着くように吉良さんを抱きしめる。
「え、ちょっ……え!?」
吉良さんがとても驚いているがその手はちゃんと僕の背中に回されている。
握った手はそのままだけど。
「ありがと」
「い、今ので何が分かったの?」
「ドキドキ」
僕としても気になることがあった。
それが胸の『ドキドキ』だ。
吉良さんと仁凪を抱きしめるとドキドキする。
だけど二人に対するドキドキは少し違った。
「一緒に
仁凪への『ドキドキ』は彩葵のものと似ている。
つまりは大好きな家族への『ドキドキ』だ。
「まさかの吊り橋効果かい! 嬉しいけど」
吉良さんが僕を強く抱きしめる。
「人を好きになるのって難しいけど、気づいちゃうと簡単なんだね」
「私と二宮君が変なんだよ。私は過度な期待から勝手に特別な存在にされて嫌という程告白されて嫌になって、二宮君は彩葵ちゃんのことで好きが嫌に……少し似てるんだね」
言われてみたら、告白されすぎて『好き』に興味がなくなった吉良さんと、
確かに少しだけ似ている。
「それはそれとしてだよ。私達は恋人になったよね?」
「そうだね?」
「そうなの! つまり、やろうやろうと言ってたかは忘れたけど、ついにやる時がきたよ」
「なにを?」
「女の子に言わせんな」
吉良さんはそう言うとそっと目を閉じた。
「女の子がこうして何をしたらいいか分からないなんて言わないよね?」
「……」
「まさか分からな」
耳まで真っ赤で、強がってるのは分かる。
だからその口を優しく閉ざす。
「合ってた?」
「……ばか」
僕が微笑むと、吉良さんは顔を真っ赤にして僕の胸に頭突きした。
「これが愛おしいって感情?」
「うっさい! 私に聞くなし!」
吉良さんが恥ずかしいのを誤魔化す為に頭突きを繰り返す。
正直少し痛い。
「照れ隠しがとっても可愛いんだけど、もっと可愛いお顔を見せてよ」
「なんだこいつ。恋人になったらドSになったぞ。惚れ直しちゃうだろ」
吉良さんが今度は僕の胸に頭をぐりぐり押し当てる。
「吉良さんは余裕がなくなって幼児退行した? すごくかわいいよ?」
「だめだ、勝てない。いや、ここは……」
吉良さんがバッと顔を上げる。
顔はりんごのように真っ赤でとても可愛い。
「無理だろぉ……」
「頑張れ」
「こいつ……」
おそらく吉良さんからキスしてくれようとしたのだろうけど、恥ずかしさが勝ってできないようだ。
「僕からしようか?」
「こいつ実は女慣れしてんじゃないか?」
「僕は吉良さんだけの僕だよ?」
「うがぁぁぁぁぁ」
吉良さんが雄叫びをあげて僕にヘッドバンをする。
「もうやめようよ。ね、
僕がそう呼ぶと、吉良さん、もとい結葵の動きが止まった。
「私は強い。いつか勝つからな、
悠喜の顔はまだ赤いが、綺麗な瞳で僕をまっすぐ見つめる。
「楽しみにしてる」
「余裕ぶってられんのも今のうちだかんな」
こうして僕達の『好き』を知る関係は終わった。
これからどうなるかなんてそんなのは知らない。
でも悠喜となら楽しいことしか待っていないはずだ。
知らないけど。
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