第16話 『怖い』と出会い『こわい』はいけない

 土曜日に初めて友達の家に行った。


 友達とはもちろん二宮にのみや君のことだ。


 色々あったけど最終的には楽しかった。


 帰りには忘れていたけど、二宮君と連絡先を交換した。別にしたからといって家でもずっと話すなんてことはしなかったけど。


 そして休みは終わり、月曜日。


 私は放課後にまた二宮家にやってきた。


『罰』を連れて。


「そうくんのおうち、そうくんのにおいがいっぱいでおちつく」


「そうなの? 自分だと分からないけど、僕って臭う?」


 二宮君が自分の服の袖に鼻をつけて臭いを嗅ぐ。


 絶対にすると思ったけど、そうではない。


「そうくんいいにおい」


「それを言うなら仁凪になもだよ。甘くていい匂い」


 二宮君と枢木くるるぎさんがお互いの匂いを嗅いでいる。


 私達は何を見せられているのだろうか。


 私は私の後ろに隠れている彩葵さきちゃんに視線を向ける。


「どう? あれを教室でもやってるの」


「……なんていうか、見てるこっちが恥ずかしいです」


 彩葵ちゃんが私の制服をギュッと握りながら言う。


 とても可愛い。


 ちなみに今の彩葵ちゃんは『人見知りモード』のようだ。


「私の時は平気だったよね?」


吉良きらさんの時も少し緊張はしてましたけど、兄のことで頭がいっぱいだったので。それに……」


「それに?」


「枢木さんはなんて言いますか、怖いです」


 彩葵ちゃんが顔を半分だけだして枢木さんを見る。


 枢木さんが怖いというのは分からない感情だ。


「ゆるふわ系でかわいいとかなら分かるけど、怖いの?」


「はい。上手く言えないんですけど、枢木さんって何も考えてないですよね?」


「なんとなく分かった。後のことは何も考えないで行動するのが怖い感じ?」


 私も上手く言葉に出来ないが、彩葵ちゃんが頷くのでニュアンスは合ってるようだ。


 枢木さんを一言で表すなら『純新無垢』だろう。


 自分のやりたいことを、やりたい時に、好きなだけやる。


 そこに遠慮なんてものは存在しなく、それを二宮君は全て受け入れる。


 要はただのわがままなんだけど、言われてみると確かに少し怖いかもしれない。


「枢木さんの思いつき次第で何をするか分からないもんね」


「はい。えっちな気配を感じたら私は多分


 どうやら彩葵ちゃんの変化は三つや四つでは済まないようだ。


 今のシャイ彩葵ちゃんで四つ目だけど、あとどれぐらいの彩葵ちゃんを見れるのだろうか。


「そういえばなんで枢木さんを連れてきたんですか?」


「そっか、いきなりごめんね」


 思い返してみれば、今日は来て早々、というか帰り道の間からずっと二宮君と枢木さんはあんな感じで来た理由を説明してなかった。


「元から枢木さんが来たがってたのは言ったよね?」


「聞きました」


「それで私が土曜日におじゃましたのを二宮君が枢木さんに話したら『ずるい!』ってなってね」


 一応彩葵ちゃんからも連れてくることの許しは得ていたので、枢木さんを連れてきた。


 だけど日程までは決めてなかったので、彩葵ちゃんは人見知りを発動させたようだ。


「私はおまけ。彩葵ちゃんに罰を与えようかなとは思ってたけど、なんか罪悪感の方が勝ってる」


 土曜日に、二宮君と彩葵ちゃんが兄妹らしからぬ遊びをしてると聞いて、彩葵ちゃんに『好きな人が他の女の子と仲良くしてる』という光景を見せて罰を与えようとしたが、まさか人見知りを発動するとは思わなかった。


 嫉妬に燃えて、枢木さんと二宮君を取り合うみたいなのを想像していたのだけど。


「ちなみに彩葵ちゃんは枢木さんを怖いだけ?」


「はい?」


「いやね、私もあの子は危険だとは思ってはけど、嫌いではないんだよ」


 枢木さんは絶対に二宮君に悪影響を及ぼす。


 だから危険視しているが、いい子なのも知っている。


「初印象が悪いけど、枢木さんがいい子なのは知ってて欲しいなって」


「それは大丈夫です。兄から吉良さんの事は沢山聞いてましたけど、同じぐらい枢木さんの事も沢山聞いてましたので」


「それってさ、二宮君はどういう風に話してたの?」


「友達ができたって嬉しそうにです」


「性別は?」


「そうですね。私もまさか可愛い女の子二人とは思いませんでした」


 可愛い彩葵ちゃんにそう言われると嬉しいけど、二宮君ならそうだろうと思っていた。


 隠していたとかではなく、話すのを忘れていた感じで。


「じゃあ友達が女子って聞いたのは私が来たいって話をした日?」


「はい。兄の話し方から相手が男子ではないと思って聞いてみたら……」


「案の定と。そういう抜けてるところも二宮君のいいところなんだけどね」


 当の本人は枢木さんといちゃ……わちゃわちゃしている。


「楽しそうなので私は嬉しいんですけどね」


「二宮君って家ではずっとあんな感じ?」


「と言いますと?」


「私達と会う前の二宮君って、すごい無気力だったんだよ。放課後になったら一番に帰るのは彩葵ちゃんに会いたいからなのは分かるんだけど、帰る時の二宮君って楽しそうじゃないんだよ」


 自慢とかではなく、私の周りには放課後も鬱陶しいぐらいに、というか実際鬱陶しい程人が居る。


 だから二宮君が帰るのは毎日見ていた。


 正確には知っていただけだけど、一度だけ帰る二宮君の表情を見た事があるけど、とても──


「焦ってましたか?」


「うん。最初はバイトとかやってて遅刻しそうなのかなって思ってたけど毎日だし、それに焦り方が尋常じゃなかったから」


 一番驚いたのは、二宮君と初めてちゃんと話した時だ。


 とても話しやすく、私を一人の人間として見てくれる、とても優しい男の子。


「無気力なのは本当に人に対して興味ないからなんだろうけど、あの焦り方はなんなのかなって」


 家で何かあるのかと思ったけど、この感じだとそんな事もなさそうだし、ほんとに謎だ。


「それは──」


「彩葵」


 彩葵ちゃんが俯きながら何かを言おうとしたところで二宮君が優しく、そしてとても恐ろしい声で彩葵ちゃんを呼ぶ。


 多分優しさは彩葵ちゃんに、恐ろしさは私への宣告だろう。


「言いたくない事は言わなくていいんだよ。吉良さんだって彩葵を傷つけてまで聞きたい訳じゃないんでしょ?」


 二宮君の声は優しい。優しいはずなのにとても圧を感じる。


『これ以上は聞くな』という。


「もちろん。ちょっと気になっただけだから。二宮君のことが少しでも知りたかっただけ」


 こういう時は潔く引くのが正しい。


 私は二宮君と彩葵ちゃんとの関係を壊したい訳ではないのだから。


「そうくん『こわい』だめ」


 枢木さんがそう言って二宮君の頬をふにふにといじる。


「ににゃ、へふにおほっへらいはら」


 多分怒ってたんだろうけど、いい意味で雰囲気がぶち壊された。


「お兄ちゃんは私を気にしてくれてるんです」


 彩葵ちゃんが私の制服を掴む力を更に強めながら小さく言う。


 それを見た二宮君がとても心配そうな顔を彩葵ちゃんに向けている。


「大丈夫だよ。お兄ちゃんだって吉良さんが私を馬鹿にしたいとか思ってないって分かってるんでしょ?」


「それはそうだけど……」


 枢木さんから解放された二宮君の表情は暗い。


 私としても、話しづらいことなら無理に聞きたい訳ではない。


「吉良さんはいい人だから、お兄ちゃんを任せられるって思える人だから、だから……」


 彩葵ちゃんは今にも泣き出しそうだ。


 私が責めてるみたいに見えるが、この涙を嘘と決めつけれる程、私は腐ってない。


 話したい気持ちと、話したくない気持ちが重なってしまっている。


「私は多分、どんなことがあっても二宮君を嫌いになることはないよ。それと、二宮君を一人にすると不安だから一人にすることもないから」


 彩葵ちゃんも不安なのだと思う。


 二宮君は彩葵ちゃんの為なら自分の全てを使う。


 二宮君の『時間』を。


「心配しなくても大丈夫だよ。二宮君にとって彩葵ちゃんとの時間は心から一番大切な時間なんだから」


「お兄ちゃんは嘘をつけない人なのでそれは分かってます。ですけど、これ以上私のせいでお兄ちゃんの時間を奪いたくないんです」


「そういうところ兄妹だよね」


 二宮君もだけど、一度決めたら絶対に曲げない。


 いい所であり、悪い所である。


「私もそろそろ決心しなきゃなんです。お兄ちゃんに頼りっきりの『妹』は卒業して、お兄ちゃんのことが大好きで、お兄ちゃんを支えられる『妹』になりたいんです」


 彩葵ちゃんが私の制服を更に強く握る。


「いい事だけどさ、支えるのは私の仕事じゃないの?」


「兄を支えるのは妹の役目です。でも、二宮 颯太そうたを支えるのは吉良さんに任せます」


「そういうセリフ好き」


 私は結構中二病なふしがある。


 そんなことはどうでもよくて、彩葵ちゃんが決めたのなら私に止める権利なんてない。


「でも、お兄ちゃんを独占しようとしたら吉良さんと戦います」


「それを言う相手は私ではないだろう?」


 私はそう言って絶賛ひっつき虫中の女に視線を向ける。


「二宮君が感動で涙してるところをよしよしだよ? 並の男子なら惚れてるからね?」


「きっとお互い純粋な気持ちしかないんでしょうね。やっぱり怖いです」


「それとシリアスで言えなかったけど、シワになるから力を弱めてくれると助かる」


「とてもごめんなさい」


 彩葵ちゃんはそう言って私の制服から手を離した。


 既に手遅れだけど、まぁなんとかなるだろうから別にいい。


「全て受け止めてくださいね」


「もちろん。未来のお姉ちゃんが全部受け止めてあげよ、ちょい、冗談だから」


 彩葵ちゃんが今度は制服だけでなく、私のつまむ所のないお腹ごと掴む。


 つまりとてつもなく痛い。


 私のジョークは二宮家の誰にも通じないようなので二度としないと心に決めた。

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