第17話 未来のお姉ちゃんに任せなさい

 彩葵さきちゃんの話が始まる前に場所を整える。


 ずっと私と彩葵ちゃんがリビングに立っていて、二宮にのみや君と枢木くるるぎさんがソファでイチャコラしていた。


 三人用のソファなので彩葵ちゃんが二宮君の足の間に座った。


 二宮君からしたら両手に花では飽き足らず、両手と前に花が咲いている。


 自分で言ってて馬鹿らしくなるが。


「まさにハーレム主人公だな」


吉良きらさん、彩葵がこれから大事な話をするのにふざけないで」


「私が悪いんだけど、二宮君って彩葵ちゃん絡むとほんとに怖いよね」


 初めてちゃんと話して一緒に逃げた時も「殺すぞ」と言われたし。


「僕にとっては彩葵が全てなんだから仕方ないでしょ」


「急変のギャップでドキドキしちゃうでしょ」


「吉良さんはそういう趣味が?」


 彩葵ちゃんが不思議そうに聞いてくる。


「二宮君限定でならあるかも?」


 酷い言葉を言われて喜ぶ趣味はないけど、普段優しい二宮君が強い言葉を使うとドキドキする。


 それが『怖い』からなのか『嬉しい』からなのかはまだ分からないけど。


「気持ちはなんとなく分かりますけど、お兄ちゃんの本気の罵倒を受けると泣きますよ?」


「だろうね。実際初めての『殺すぞ』はドキドキしたのもあるけど、『謝んないとやばい』って本気で思ったからね」


 多分あそこで即謝りできてなかったら私は泣いていた。


 そして二宮君とは一生仲良くできなかっただろう。


「あの時の私ナイス」


「やっぱり吉良さんお兄ちゃんのこと異性として好きですよね?」


「そうかな?」


 彩葵ちゃんにジト目を向けられるが、私にはそんな自覚はない。


 たとえそうだったのだとしても、今のところ二宮君とそういう関係になりたいとも思っていない。


「まぁ吉良さんのことは後で問いただすとして。私の話を始めます」


 緩んでいた空気が一気に引き締まる。


「まず大前提として、私は学校に行ってません」


「いきなりボス戦?」


 山場を最初に持ってこられて思わず口を挟んでしまった。


 二宮君と枢木さんは静かに話を聞いている。


「確か小六だったよね?」


「はい。行かなくなったのは四年生の時だったと思います」


 驚いたけど、身近にいないだけで小学校に子は少なからずいるのだろう。


 あくまで『行けない』子だ。


「これは効かない方が良かった話か」


「やめます?」


「彩葵ちゃんが話す決心したんだから聞く。聞いた後で彩葵ちゃんを抱きしめる」


 私の言葉に彩葵ちゃんが小さく笑う。


 もしかしたら重い話ではないのかもしれない。


 たとえ重い話だとしても全てを受け止めると約束したので耳を背けることは絶対にしないが。


「お兄ちゃんのことは聞いてますか?」


「二宮君の小学生時代なら少しは」


 確か『女顔』と言われて、言った子が舞彩まいさんに怒られて何もしなくなったと。


 隣で二宮君が枢木さんに説明している。


「お兄ちゃんの場合は可愛い顔が馬鹿にされたんです。それをあの人……お姉ちゃんが庇った」


 どうやら私が帰った後に仲直り? をしたようだ。


「可愛いお兄ちゃんと同じ血を引いてる私は、お兄ちゃんの次に可愛かったみたいなんです」


兄贔屓あにびいきしてるフリして自分が可愛いって言ってるみたいに見せて、だだ二宮君を褒めてるだけだな」


「だってお兄ちゃんは可愛いんですもん」


「分かる」


 実際二人とも可愛いから何も言えない。


「彩葵の方が可愛いもん」


「そういうとこよ。結局似た者兄妹なんだよ、性格も見た目も」


 二宮君の不貞腐れたような顔はいつ見ても可愛い。


 思わず頭を撫でたくなる。


 先に枢木さんが撫でてたから私は遠慮したけど。


「えっと、吉良さんなら分かると思うんですけど、容姿が整ってるとそれだけであるじゃないですか」


「そだね」


 それだけで分かってしまうのが嫌だけど、私も日々悩まされてることだから分かる。


「お兄ちゃんは男の子だったから分からないみたいなんですけど」


「違うよ。私は二宮君の下駄箱に手紙入れたから」


「反応は?」


「捨てられた」


 私に同情してくれた彩葵ちゃんが「お兄ちゃん……」と仁二宮君に呆れたような視線を送る。


 二宮君は何も分かってないような、実際何も分かってない。


「多分そういうこと。二宮君も経験者だけど無自覚に斬り捨ててた」


「私もそれが出来てれば変わってたんでしょうね」


「普通はできないよ。私のを捨てたのは彩葵ちゃんのを知ってたのもあるんだろうけど」


 どっちにしろ二宮君には通じないだろうけど。


「ゆうちゃんとさっちゃんではなさないで。になも!」


「ごめんなさい」


 一応彩葵ちゃんは私に話す決心をしてくれたのだけど、この場には枢木さんもいる。


 だからかわいらしくほっぺたを膨らませて、彩葵ちゃんの手を優しく握る枢木さんの行動も一理ある。


「えっとですね、お兄ちゃんの次に可愛かった私は同級生の男子から告白されたんです。四年生までで二十回ぐらいでしょうか」


「同じ人も含めて?」


「はい。私は小学生の時から既にお兄ちゃんのことが大好きだったので他の男子に一切興味はありませんでした。それと二年生までは学校でもお兄ちゃんとほとんど一緒に居たのでそれまでは平穏だったんです。酷くなったのは三年生からです……」


 彩葵ちゃんの表情が一気に暗くなる。


 それを察した二宮君が抱きしめる力を少し強くした気がした。


「お兄ちゃんという唯一無二で完璧でとにかく素敵なお兄ちゃんが卒業して、私は一人になりました。するとどういうことか、私は色んな男子から告白を受けました」


『兄』という防波堤がいなくなり、今まで抑えられていた欲の波が押し寄せてきてしまった。


「最初は良かったんです。断ればそれで終わったので。でも断っても断っても次から次へと人は来て、挙句には一度お断りした人まで」


「そしたら女子?」


「やっぱり同じなんですね」


 男子からの告白をただ断るのは悪手になる。


 そうすると同性から「調子に乗ってる」と思われるのだ。


『私の好きな人が告白してフラれた』


 それが発生すると、集団催眠のようにフッた子が悪者扱いされる。


 被害者が一人いればその子を守るコミュニティが作られ『その子を守る』という大義名分からいじめは発生する。


「小学生にそこまで読むのは無理だよ」


「私の無知が原因なのは事実です」


「断る時に『ごめんなさい』とかだけで断るとどうしても角が立つんだよね」


 断る時は『他に好きな人がいる』と言うのが一番後腐れなくていい。


 だから私は二宮君を『共犯』にした。


「内容は省きます。聞いてても楽しいものではないですから」


 それ以上に彩葵ちゃんが話してて辛いだろう。


 女子からのいじめなんてろくなものはない。


 男子のようにあからさまにハブにしたりなら関わらなくて済むからむしろいい。


 女子のいじめは表面上では見えないから厄介なのだ。


「つまり二宮君が無気力なのは学校が根本から嫌いで、焦って帰るのは彩葵ちゃんの心の心配から?」


「うん。彩葵が苦しんでるのに何もしなかった学校が憎いし、彩葵が昔を思い出して泣いてるところは二度と見たくない」


 二宮君の方がむしろ泣きそうになりながら彩葵ちゃんを強く抱きしめる。


 その腕を彩葵ちゃんが握り返す。


「本当は僕も学校になんか行きたくないよ」


「でもそれは彩葵ちゃんに許されないと?」


「はい。お兄ちゃんの人生を私のせいで狂わせたくないです」


(違う意味では狂ってるんだよなぁ……)


 今の話とは関係ないけど、妹が好きすぎて二宮君の人生は彩葵ちゃん中心になっているから、いい意味で狂っている。


「でもそれも今日で終わりです」


「部外者の私が言うようなことじゃないんだけどさ、無理して行くこともなくない? 親御さんにはなんて?」


「両親はいい意味で放任主義なので何も。ちなみに嫌いです」


 二宮君が不貞腐れている彩葵ちゃんの頭を撫でる。


「一応両親がうちに来る先生の相手はしてくれたんだよね。一分持たなかったけど」


「兄妹愛だけじゃなくて、二宮家は家族愛に溢れてると?」


「どうだろ。ご近所さんに僕を女の子だって思われてたのを訂正しなかったぐらいだし」


 二宮家は想像を超えすぎて反応に困る。


「とにかくお兄ちゃんが人と関わろうとしないのは私が原因なんです。愛されてる自覚があるので謝罪はしません」


「実際彩葵ちゃんは何も悪くないしね。一番は二宮君みたいに全てに興味を無くすことが出来れば簡単なんだけどね」


 そうすれば告白を断る罪悪感も、いじめられた時の悲しみも全て無くせる。


 そして後先考える必要もないから簡単にやり返せる。


「困ったら二宮君に相談すればいいんだし」


「あ、それは一番駄目です」


「なんでって、あぁ……」


 言ってて気づいた。


 二宮君は学校ではとても無気力だから分からないけど、行動力がすごい。


 つまり彩葵ちゃんが傷ついたと知ったら即行動する。


 それこそ学校に乗り込むことだって平気でするだろう。


「じゃあ未来のお姉ちゃんの出番か」


「それを二度と言わないならお願いしたいです」


 私に話してくれた理由はこれが大きいのだろう。


 一番は二宮君への罪悪感だろうけど、同性で同じ悩みを抱えている私に話せれば少なくとも後一年は学校に通えるかもしれないと。


「任されるよ。お姉ちゃんだからね」


「やっぱり諦めます」


「私のことを『きらお姉ちゃん』って呼んでくれたのは誰だっけ?」


「知らないもん。いいの? そんな事言うなら『反抗期モード』入るよ?」


「可愛い妹の反抗期は……本気で相手してくれなくなるからやめよう」


 ついこの前彩葵ちゃんの反抗期を見たけど、さすがに「あの人」と呼ばれるのは嫌だ。


「分かったよ。ちなみにそのモードが代わるのも理由同じ?」


「処世術を学ぼうとしてたらこうなりました」


「なるほど?」


 よく分からないけど、人格をまるっきり入れ替えるなんて私には出来ない。


 それだけのストレスだったのだろうけど、それに関しては同情できない。してはいけない気がする。


 私なんかが分かったフリをしていい問題ではないのだ。


 それでシリアスな話は終わり、彩葵ちゃん以上に傷ついていた二宮君を慰める会が行われた。

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