第11話 妹までの道は近いようで遠かった?

休日二宮にのみや君、おはよ」


「おはよう吉良きらさん」


 僕の家の最寄り駅から制服ではない、私服の吉良さんが出てきた。


 もちろんたまたまではない。


 僕の妹に会いたいという吉良さんを家に連れて行くからだ。


「まさか話した週に会えるとか思わなかったよ」


「僕も妹が呼んでいいなんて言うとは思わなかったよ」


 妹は吉良さんが女の子だと言ってから目の色が変わった。


 そして二つ返事で吉良さんを呼ぶことを許した。


 今日はその話をしてから二日経った土曜日だ。


「二宮君は今も嫌なの?」


「ううん。妹が会いたいって言ってるんだから嫌な訳ないよ」


「ほんとシスコンだよね。それはそれとしてさ、何か言う事は?」


「あ、電車賃?」


「私をなんだと思ってんのさ。てかほんとに財布を出さないの」


 念の為持ってきていたお財布から電車賃を出そうとしたら、吉良さんにお財布を取られた。


「盗んだ訳じゃないからね? 人質って事で」


「人ではないよ?」


「比喩だから。返して欲しかったら私の欲しい言葉と、道案内をお願い」


「吉良さんの欲しい言葉?」


 そんな事言われても分からない。


「ヒントは?」


「私と二宮君はお付き合いしています」


「設定上でね」


「揚げ足取らない。お付き合いしている私が私服を着てきました。はい、なんて言う?」


「私服かっこいいよね」


 吉良さんの私服は、服だけ見たら男の人かと思ってしまう。


 膝まである黒いコートに、下はジーパンを履いている。


 きっと僕が着ても似合わないだろうけど、吉良さんはとても似合っている。


「かっこいいの好きなの?」


「嫌いではないけど、単なる反抗期かな?」


「反抗期? よく分かんないけど、言葉は合ってた?」


「まぁいいかな。似合ってる?」


「うん」


「ならよし」


 どうやら欲しかったのは「似合ってる」だったようだ。


 思ってはいたのだから言えば良かった。


「吉良さんは可愛い服も似合いそうだけどね」


「あぁ、似合うよ。自分で言うのもだけど、似合うって言われた」


 いい事のはずなのに、なぜか吉良さんの表情は渋い。


「とにかく行こ。早く妹さんに会いたい」


「うん、僕も」


 せっかくの休みの日なのに、妹とはなばなれなんて嫌だ。


「じゃあ行こうか」


「うん」


 そうして二人で僕の家に向かう。


「あ」


「なに?」


 歩き出してすぐに何かを思い出したような声を出して吉良さんが立ち止まる。


「二宮君は二宮君らしくていいね」


「どういうこと?」


「私は服を褒めてもらったのに、私は言ってなかったなって」


「あんまり詳しくないけど、そういうのって女の人が言われるものじゃないの?」


 女の人がそういうのを求めるのはなんとなく知っている。


 だけど逆に男の人が服装に感想を求めるのはあまり聞かない。


「確かに男の服装って男側は気にしてるけど気にしてない風にするし、女の方は何も言わないけど勝手に点数付けてるイメージはあるかな」


「女の人は承認欲求が強くて、男の人は見栄っ張りってこと?」


「見栄っ張りって言うか、かっこつけたいんじゃない? 女は好きな人に可愛いとか綺麗って思われたくて、男は好きな人にかっこいいって思われたいんだよ。知らないけど」


 言いたい事は分かるけど、それはつまり僕がかっこいいと思われたいと思っているという事なのだろうか。


 今日の服は妹と一緒に買いに言った無地の黒パーカーだ。


 妹に「お兄ちゃんはこういうのがいい」と、妹が引かなかったので、特に買いたかったものがなかった僕はこれを買った。


「とにかくね、私は『似合ってる』って言ってもらったのに、二宮君に言わないのが嫌だっただけ」


「真面目さんだもんね。ありがとうって言えばいいのかな?」


 妹以外の人に褒められる事がめったにないので、こういう時なんて言えばいいのか分からない。


「そうじゃない? 私もなんとなく『ありがとう』で返すし」


「僕には『ならよし』じゃなかった?」


「二宮君は特別ってこと。そういえば枢木くるるぎさんもいつか呼ぶの?」


 吉良さんとうちに来る話をしていたら、仁凪になが興味を持って一緒に話した。


 すると仁凪が「になもいきたい」と、頬を膨らませながら言った。


 仁凪なら大丈夫かなとは思ったけど、一応妹の許可を取ってからという事になった。


「まだ話してないや」


「枢木さん怒るよ」


「だって昨日話しても土日挟むからどっちにしても呼べないじゃん」


「あ、それ。すっごい今更だけど連絡先交換しようよ」


 確かに僕達は連絡先を交換していないけど、なぜ今その話が出たのだろうか、とか思ったけど、連絡先が分かっていれば、昨日のうちに仁凪連絡が出来たから今日か明日にでも呼ぶことは出来た。


「来る時ちょっと不安だったんだよね」


「そうだよね。でも今スマホ持ってない」


「携帯電話を携帯しない高校生ってほんとにいるんだ」


 今のご時世、スマホがあれば大抵の事は出来る。


 そうでなくても、高校生の必需品みたいになってるけど、僕はスマホをあまり持ち歩かない。


 連絡先は家族だけで、家族からの連絡ぐらいでしかスマホを使わないから、家を少し出るぐらいなら家に置いてくる。


「着いてからでいい?」


「うん。ちなみに後どれぐらい?」


「そこ」


 僕は少し先にある家を指さす。


「近いな。なるほど、ここで二宮君が育ったと」


 家の前に着くと、吉良さんが右手を顎に当てて、左手で右手の肘を支えながらそんな事を言う。


「開けたら優しさが襲ってきたりする?」


「どういうこと?」


「なんでもない。それよりあそこの可愛い子が?」


「うん」


 僕達が着いたのに気づいた妹が玄関の扉を少し開けて覗いている。


「自己紹介は自分でしたいみたいだから行こ」


「うん。お邪魔します」


「……おじゃま」


 妹がそう言って扉を閉めた。


「……」


「恥ずかしいのかな? 女の人にはあんまり人見知りしない方だと思ってたけど」


「私はなんだかジェラシーを感じたよ。どうしよう、少しでも気を緩めたら帰りは涙で顔がぐちゃぐちゃになる」


「ちょっと何言ってるのか分からないけど、入ろっか」


 たとえ妹が扉を閉めたところで今更入らない選択肢はないので、僕は扉を開けて吉良さんを招き入れる。


「今度こそお邪魔します」


「んー、いらっしゃいませ?」


「私もそれは分からないから何でも大丈夫」


「ありがと。こっち」


 言葉を許された事と、僕が後ろ向きで上がって揃えた靴と自分の靴を吉良さんが直してくれた事の両方にお礼を言って、洗面所へと案内した。


 手洗いうがいを済ませ、今度は妹が居るであろうリビングに案内した。


「居ない?」


「これはあれかな。私は会う権利が無いのかな。どうしよう、泣きそう」


「どこだろ」


 さすがに泣かないだろうけど、自分で呼んでと言っておいてどこかに行くのは駄目だ。


 リビングに居ないのなら部屋だろうけど、妹の部屋は姉と同じ部屋なので行きたくない。


 妹も僕と同じ考えなのか、ほとんど僕の部屋に入り浸っている。


 後はカウンターキッチンだからそこに隠れる事はできるけど、する必要もないだろうし。


「後でお説教しなきゃかな?」


「二宮君って妹さんにお説教できるの?」


「なんで?」


「溺愛してるから怒れないのかと」


「大切なんだから甘やかすだけじゃ駄目でしょ? 怒られないで甘やかされるだけなんて将来絶対に困るだろうし」


 それは姉からの言葉だ。


 基本は僕に優しい姉だけど、たまに理不尽に怒る。


 そして「颯太の為だから」と、言い訳のように言ってくる。


 姉の怒りは理不尽だけど、理由だけは同意見なので妹にも同じ事をしている。


「ちゃんとお兄ちゃんしてるんだね。私の事もよく怒ってるし」


「そう?」


「まぁ叱ってるが正しいのか。枢木さんには甘いけど」


「吉良さんのが叱ってるなら仁凪にもしてるよ」


 そんな気は全然ないけど、吉良さんが僕に叱られたと言うなら多分仁凪にも同じ事をしてるはずだ。


 知らないけど。


「そういう事にしとくよ。それより連絡先交換しよ」


「忘れてた。スマホ、部屋だから取ってくるね。座って待ってて」


「はーい」


 リビングのソファを指さして吉良さんにそう告げてからリビングを出る。


 階段を上がって自分の部屋の前で立ち止まる。


「居るならここだよね?」


 妹は僕のベッドが好きなようでよく寝ている事がある。


 というか姉と一緒に寝るのが嫌だからと、夜は毎日僕のベッドに先に入って待っている。


 冬はあったかいからいいけど、夏は二人で寝てて暑く思わないのだろうか。


 僕は妹と一緒なのが嬉しいから何も感じないけど。


「毎年だから思ってないんだろうけど」


 そんな事を考えながら扉を開ける。


 部屋を見回すけど妹の姿はない。


「ほんとにどこ行ったんだろ。さっきは居たから外には出て……」


 有り得ないものを見て思わず固まってしまった。


「僕のスマホに通知の光が」


 僕のスマホに連絡がくることはめったにない。


 それこそ一年で三回もきたら相当だ。


 親からの連絡は基本姉にいくし、その連絡だってめったになく、親から姉にいった連絡を姉がバイトで伝えられない時だけ僕に連絡がくる。


 つまり僕に連絡するのは姉だけになる。


 だからこそ固まった。


 送り主が妹だったから。


「しかも『呼ぶまで待ってて』ってなに?」


 なんだか不穏な気配を感じるけど、多分なんとかしてくれるはずだから信じてみる。


「頑張れ吉良さん」


 と、ちょうど今頑張っているであろう吉良さんにエールを送って、妹が呼びに来るまでの間ベッドに倒れ込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る