第10話 恋人らしい事を求めた結果……
「
「なに
「ちょっと恋人らしい事しよ」
「これはそういう設定じゃなかったっけ?」
お昼休み、付き合うという設定が付けられてから僕と吉良さんは一緒にお昼を食べるようになった。
「そうなんだけどね。てか設定とか言うな」
「あ、ごめん」
教室はザワザワしてるから誰にも聞こえていないだろうけど、吉良さんとの会話だから誰が聞いていてもおかしくない。
気をつけなければ。
「吉良さんはいいの?」
「口調? 大丈夫、二宮君と一緒の時は楽しくてこうなっちゃう設定にしたから」
「自分は言うんだもん」
別に吉良さんがいいのならいいけど、こういう理不尽が最近多い気がする。
「ごめんて。それより恋人らしい事だよ」
「なんで急に?」
僕が先に「ごちそうさま」をして、お弁当箱を包みにしまいながら聞く。
「相変わらず早いな。私って人気者でしょ?」
「うん」
「そこは『自分で言うな』とか言ってよ。えとね、つまり、聞かれるのですよ。『どこまでいったか』って」
「お出かけ?」
「ピュアだこと。簡単に言うと、キスとかそれ以上の事をしてるかって」
吉良さんが焦げ目の一切ない卵焼きを無表情(そう見せようとして顔を少し綻ばせている)で食べながら言う。
「好きになるとしたくなるもの?」
「そうなんじゃない? 私達は健全なお付き合いをしてる事になってるから、そこまでしなくても平気だろうけどさ、さすがに何もしないのも変じゃない?」
「一緒にお昼を食べるだけだと駄目ってこと?」
「それだと友達でもするでしょ?」
吉良さんが教室を見回す。
そこには確かに友達同士でお昼を食べている姿がある。
「じゃあどういう事するのがいいの?」
「それなんだよね。お弁当と言えば『あーん』とかあるけど、さすがに学校でやることじゃ……」
吉良さんがミニトマトを箸で掴んで見つめる。
そして僕に視線を向ける。
「あーん」
吉良さんはそう言ってミニトマトを僕の口元に運んできた。
「嫌いなの?」
「違うよ? これはあくまで恋人らしい事をするのが目的。決して私がミニトマトを食べたくない訳じゃない」
すごい言い訳のように聞こえるけど、目が「それ以上聞くな」と、言っているので吉良さんの箸からミニトマトを食べる。
「何も気にしない。さすが二宮君」
「?」
もぐもぐしてるので喋れないけど、「なにが?」と、聞きたい。
「私もごちそうさまでしたっと」
吉良さんはどうやら嫌いなものは最後まで取っておくタイプのようで、最後のミニトマトが無くなりお弁当箱を片付け始めた。
「ミニトマト食べれないってなんか可愛いね」
「子供扱いしてるでしょ。てか別に食べれない訳じゃないから」
あくまで認めないようだ。
それはそれで可愛らしいけど。
「妹もにんじんが苦手で僕のお皿に入れてくるよ」
「さすがに『あーん』はない?」
「たまに?」
「だから慣れてんのか」
慣れてるかどうかは分からないけど、特に何も感じなかったの確かだ。
「まぁいいや。明日からもやるからね」
「毎日ミニトマト入ってるもんね」
「別にミニトマトを処理する為にするんじゃないからね? ただたまたま毎日ミニトマトをあげるかもなだけで」
吉良さんがお弁当箱の包みの紐をいじりながら言う。
そこまで隠そうとしなくてもいいと思うけど。
「それより、恋人らしい事だよ」
「『あーん』だけだと駄目なの?」
「なんか弱いよね。デートは強いけど継続しなきゃなイメージだし」
「放課後と休みの日は妹と一緒に居たいし」
「二宮君は本当に付き合っても妹との時間を取りそうだよね」
僕にとって妹は全てだ。
妹との時間が無くなるのなら僕は一生独り身でいい。
「ちなみに妹さんが誰かと付き合ったらどうするの?」
「妹が喜んでるならそれでいいよ。僕の気持ちを妹に押し付ける事はしたくないし」
僕は妹を大好きだけど、妹が僕を嫌うのならそれは仕方ないと思って離れる。
妹の人生を僕のエゴで邪魔したくない。
「付き合った相手が浮気しても許しちゃうタイプだ」
「浮気されるって事は僕に魅力が無いって事でしょ? それならそれで僕には恋愛は向いてない事が分かっていい事だし、それが相手の人が原因なら、さっさと別れて二度と会いたくないな」
「許すけど、二度と関わるなって事か。二宮君の方も大して好きじゃないでしょ」
「知らない。要は吉良さんが浮気したらどう思うかだよね?」
僕と吉良さんは本当に付き合ってる訳ではないから、吉良さんに好きな人が出来たら即座に関係は終わる。
友達ではいられるかもだけど、そんな関係なら参考にはならないかもしれない。
「私が浮気とかないわ。二宮君が『好き』を分からないみたいに、私は『好き』に興味がないから」
「興味?」
「私ね、『人は一人では生きていけない』って言葉嫌いなんだよね」
「なんで?」
「ちなみに二宮君ってどう思う?」
吉良さんに真顔で問われて少し考える。
「捉え方の問題かな?」
「と言うと?」
「もしも『この世界に一人だけしかいない』って捉えるなら無理だよ。自給自足したところで世界と自分のどっちが先に死ぬかって話になるし」
「他は?」
「えとね『友達、恋人、家族がいない』って捉えるなら一人で生きてけるね」
究極的な事を言えば、人間、食べ物さえあれば最悪生きていける。
それにはお金がいるし、快適な生活をするなら衣食住全てが揃って欲しい。
だけどそこに友達や恋人、家族が絶対に必要かと言われたら否だ。
「友達がいないと生きていけないとか言う人もいるかもだけど、友達と一生会うと自分が死ぬってなったら大抵の人は友達を切るでしょ?」
「極論だけどそうだろうね。ちなみに『一人で生きてけるなら職場の人も誰もいない事になるけど?』とか言われたら?」
「そんなの屁理屈でしょ。それか前提の話が分かってないおバカさん」
ここでの『一人』とは普通『知り合い』を指す言葉だ。
言葉遊びがしたいのなら別の人とやって欲しい。
「やっぱり二宮君とは気が合う。私も『一人』って『知り合い』って解釈なのね。それでそれなら一人で生きるのなんて普通じゃん? なのに私が恋愛に興味がないって言うとそういう事を言い出すのがいる訳ですよ」
「それは嫌だね。それで興味がない理由は?」
結局『人は一人では生きていけない』という言葉が嫌いな理由は分かったけど、『好き』に興味がない理由は聞いていない。
「なんで恋愛をしなくちゃいけないのか分からないんだよ」
「そういうことね」
一人でも生きていけるのに、わざわざ誰かと付き合う意味が分からない。
『好き』に興味がないのと同時に『好き』になる意味が分からないのだろう。
「別に恋愛したい人達はすればいいよ。だけど私を巻き込まないで欲しい」
吉良さんがため息混じりにそう言う。
「僕は『好き』を知ろうと思えて良かったよ」
「
吉良さんがニマニマしながら言う。
僕はそれを無視して続ける。
「吉良さんと仁凪の二人と仲良くなれたから」
「知ってた。私も二宮君と枢木さんと仲良くなれたのは嬉しいよ。でも私は二宮君の妹さんとも仲良くなりたいなぁ」
吉良さんが僕に含みのある視線を送ってくる。
「妹? 普通に嫌なんだけど?」
「ストレートに拒絶されたんですけど」
「妹との時間が減るのは百歩……一万歩譲っていいよ」
「百倍かい」
吉良さんの突っ込みを無視する。
「でも妹を何か変な事を考えてる人に会わせたくない」
今の吉良さんは純粋な気持ちで妹に会いたい訳ではない。
そういう顔をしている。
「別に変な事なんて考えてないよ。ただ恋人の家族にご挨拶って恋人らしいって思っただけ」
「十分変じゃん。とにかくやだ」
「じゃあ二宮君をストーカーして勝手に妹さんに会うよ?」
「警察に通報するからね」
「マジでするな。お願いします」
本当にするのが分かったのか、吉良さんが椅子を少し引いて僕の方に体を向けて頭を下げた。
「何されても嫌だけど?」
「そこをなんとか。二宮君が可愛いって言う妹さんに会いたい」
「知らないけど」
「ここでキスするよ」
「困るの吉良さんだよ」
「そうだよ。お願いしますよぉ。二宮君同伴でちょっとだけぇ」
吉良さんがすがるように僕の制服を引っ張る。
「……絶対に変なことはしない。変なことは話さない。約束できる?」
「する! 信じられないなら私を拘束してくれてもいいよ」
「じゃあそうするとして、妹がいいって言ったらね」
「やったー」
吉良さんが喜びのあまり、僕に抱きついてきた。
そんなに嬉しいのだろうか。
「恋人らしい事これでよくない?」
「……んっ。なんの事かな?」
吉良さんは何事も無かったかのように離れる。
教室中の視線を集めているのだからもう遅いのに。
「まぁいいや。期待しないで待っててね」
「期待して待ってる。私はいつでも大丈夫だからね?」
吉良さんが頬を少し赤く染め、だけど嬉しそうにそう告げる。
妹が了承するとは思わないけど、約束は約束だから一応帰ったら聞く。
ちなみにこの次の休み時間で吉良さんの周りに人壁が出来たけど、自業自得なので仁凪といつも通りお話していた。
そして家に帰り、妹に「友達が会いたいって言ってた」と伝えると「男の人……?」と聞いてきたので「女の子」と、答えると「呼んで」と、即答が返ってきた。
その日はずっと妹から質問攻めに遭った。
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