第12話 敵とブラコンの和解?

「いいよ」


「……」


 二宮にのみや君がリビングから出て行って少し経ったタイミングで私はリビングに居るであろう妹さんに声をかける。


 するとショートカットの美少女がキッチンから出てくる。


「気づいてたんですか?」


「まぁなんとなく? 二宮君抜きで話したいのかなって」


 確証はないけど、二宮君が妹さんを溺愛してるように、妹さんも二宮君を溺愛している。


 二宮君がどう説明してるのか分からないけど、知り合いの女子が家に来ると聞いて釘を刺すまではいかなくても、話したい事があるのではないかと思った。


「自己紹介からでいいかな? 私は吉良きら 悠喜ゆうき。二宮君の……なんて聞いてる?」


「恋人だと」


「嘘はいいよ。二宮君の事だから全部話してるでしょ?」


 二宮君が妹さんに嘘をついてまで私との『設定』を守るとは思わない。


 疑うとかではなく、私との恋人設定はあくまで学校限定のもの。それ以外のところで私と恋人のフリをする必要はない。


のことを軽蔑しませんか?」


「もちろん。むしろそれが二宮君だから」


 二宮君が嘘をつけない人なのは知っている。その二宮君に家族にまで嘘をつけなんて言える訳がない。


「分かりました。兄さんからは『好きを理解する為に恋人のフリをしてる』と」


「簡単に言うとそうだね。利害の一致が一番正しいけど」


 私は妹さんに私と二宮君の関係を話す。


「兄さんらしいですね。わたしの為なんでしょうけど」


「そうだね。二宮君の口癖みたいなものだから『妹との時間』って」


 なんだか二宮君の話してたイメージとは違うけど、妹さんを二宮君が大切に思っているのは事実だ。


 イメージとは違うけど。


「あ、わたしの自己紹介がまだでした。わたしは二宮 彩葵さきです。多分『イメージと違う』って思ってますよね?」


「そうだね。二宮君の話す彩葵ちゃんってもっと幼い感じだったから」


 一緒に遊ぶとよく言っていたから、てっきり小学生の低学年ぐらいだと思っていた。


「ちなみに歳は?」


「今年で十二歳です」


「一緒に遊ぶ年齢じゃないだろがい!」


 いや、彩葵ちゃんがしっかりしてるだけで、小六はまだそういうお年頃なのかもしれない。


「えっと、それはわたしに原因がありまして……」


 彩葵ちゃんが私から視線を逸らして薄く笑う。


「それはよくてですね。吉良さんは兄さんのことを好きではないんですか?」


「人としては好きだよ。恋愛感情はないね、今のところ」


「今のところ……?」


 絶対にすると思ったけど、睨まれた。


「可能性の話ね。それとも二宮君は魅力がないから絶対に好きになることは有り得ないって言った方が良かった?」


「兄さんの前に居る時のわたしにはそう言った方がいいかもですね。でもそうですよね、兄さんの魅力なら全世界の女性が好きになっても仕方ないんですよね」


 ちょっと気になる言い方をされたけど、それ以上に後半のブラコンっぷりに驚く。


「そういえば、もう一人仲のいい方がいるみたいですよね?」


枢木くるるぎさん? もちろん女の子で、彩葵ちゃんが見たら発狂するかも」


「兄さんの魅力なら仕方ないですけど、事と場合によっては処す必要がありますからね?」


「私に言わないで。それとその枢木さんも来たいって言ってるよ。私と違って『二宮君の家に』ね」


 私はあくまで彩葵ちゃんに会いに来た。


 他意はないし、あっても言わない。怖いから。


 だけど枢木さんは、純粋に二宮君の家に遊びに来たいのだ。


 そして多分学校でやってることと同じことを二宮君の部屋でする。


「それやばくないか?」


「学校では普段どんなことしてるんですか?」


「傍から見たら恋人、私から見たら……恋人?」


「どっちも恋人じゃないですか!」


 枢木さんは私よりも二宮君と恋人らしい事をしている。


 私もちゃんとしないと役目を奪われてしまう。


「でも本人達は友達としか思ってないんだよね」


「兄さんですもんね。兄さんって異性を異性と思ってないですよね」


「分かるかも。一応私達を『女の子』って認識はしてるんだけど、思ってるだけで分かってはないよね」


「はい。毎日添い寝してるんですけど、襲われた事もないですし」


 何やらすごい発言が聞こえたけど、聞かなかった事にする。


「吉良さんって学校だと人気者なんですよね?」


「二宮君から聞いた? 一応学校一の美少女やってる」


 自分で言うのもあれだけど、私の噂は私の耳にも嫌でも入ってくる。


 本当に迷惑極まりない。


「学校一の美少女である吉良さんと仲良くなれて何も感じない兄さんですから、やっぱりわたしが兄さんに『女』を教えなきゃですかね?」


「さっきから発言が妹じゃないんだけど?」


「わたしは兄さんがいて、兄さんがそう認める限り、世界一可愛い兄さんの妹ですよ」


 純粋にすごいと思った。


 彩葵ちゃんは別に、自分に絶対の自信があるからそう言ってる訳ではない。


 兄さん、二宮君が彩葵ちゃんを『世界一可愛い』と思ってるうちはそれを信じているのだ。


 ちゃんと伝えるべきことを伝える二宮君と、それを疑わず、兄を信じる彩葵ちゃんの関係が少し羨ましい。


「いいお兄ちゃんを持ったね」


「はい!」


 彩葵ちゃんが今日一の笑顔で答える。


「可愛いなぁ。私も妹に欲しい」


「それは兄さんと結婚したいって捉えていいんですね?」


 笑顔から一変、目からハイライトが消え、とても冷たい声でそう言われた。


「そのギャップもいい。彩葵ちゃんを妹にする為に二宮君と結婚するのもアリかも?」


「兄さんの事を大切に出来ない人に兄さんをあげる気はありません。最低でもわたしより兄さんを幸せに出来る人でないと」


「意外。絶対に認めないのかと思ってた」


「兄さんをわたし以上に幸せに出来る人なんていないですから、事実認めませんよ?」


 そうは言っているけど、彩葵ちゃんは二宮君が選んだ相手なら認める。


 何せ二宮君も同じ事を言ってたのだから。


「似た者兄妹だね」


「なんですか? わたしをおだてても兄さんとの結婚は許しませんよ? でも関係を『敵』から少し下げます」


「ほんと可愛いな。じゃあお友達という事で」


「お友達、は、嫌です」


 彩葵ちゃんの表情が一瞬暗くなる。


(地雷か)


 多分踏んだけど、まだ離していない。


「じゃあやっぱり姉妹?」


「それなら『敵』です」


「つれないんだから」


 暗かったのも一瞬で、既に元に戻っている。


 地雷がある事に不安を覚えつつも、もう少し会話を楽しみたい。


「そういえば二宮君遅くない?」


「呼ぶまで待っててって伝えてあるので」


「まだ私に聞きたい事ってある?」


「兄さんの帰りが最近数分遅くなったんですけど、理由は吉良さんですか?」


「私と枢木さんかな。でも『さよなら』言うくらいだからね?」


 正直数分の遅れは許して欲しいのだけど、今までの二宮君からしたら有り得ない事なのだろう。


「あ、それと失礼します」


 彩葵ちゃんがそう言うと、私の胸に顔を近づけて鼻をスンスンした。


「一人は吉良さんですね。ならもう一人の甘い匂いが枢木さんですかね」


「犬か! いや、女は男の浮気を匂いで見つけるのはある話か」


 他の女の匂いなんて分かるものなのかと、自分の匂いを嗅いでみるけど、やはり自分のは分からない。


「失礼」


 なのでお返しとばかりに彩葵ちゃんの匂いを嗅ぐ。


「当たり前だけど二宮君と同じ匂いだ。でも二宮君よりも甘い、か」


 言ってて気づく。


 やばい事を言ったと。


「……吉良さん」


「違うよ。別に二宮君の匂いを嗅いでるとかじゃなくてね? 隣を歩く事はあるので、その時にね」


 彩葵ちゃんのジト目は可愛い、じゃなくて、疑いの目は晴れない。


 確かに二宮君と掃除用具入れに入った時や頭を撫でたりする時にとても密着したけど、その時に「好きな匂いだなぁ」って思ったけど、他意はない。


 そんな事話したら余計にこじらせるだけだから言えないけど。


「後で兄さんに確認を取ります」


「それは……はい」


 二宮君なら包み隠さず全てを話すだろう。


 それはもう止めようのない事なので諦める。


 その後のことを考える方が合理的だ。


「後は兄さん込みで話した方が良さそうですね」


「私は無事に帰れるだろうか」


「何か不安なことでも?」


「決してありません。私と二宮君は健全な関係です」


 少なくとも枢木さんよりかは健全だ。


「まぁ確かに、もう一つの匂いに比べたら吉良さんのは少ないですけど。学校で恋人のフリをしてる吉良さんよりベタベタしてるお友達ってどうなんですか」


「私も思うけど、あの子にそういう意図はないから」


 あくまで『多分』だけど。


 正直枢木さんの考えを読むのは難しい。


「まぁいいです。それより兄さんを呼びに行きます」


「私も行っていい?」


「……絶対に引きませんか?」


「彩葵ちゃんを? 絶対にないって言えるよ」


 彩葵ちゃんが二宮君を前にすると性格が豹変したとしても、それはそれで可愛いからいいと思う。


 というか見たい。


「寝てないといいんですけど」


「寝てそう」


「ほんとに引きませんか?」


「絶対に。もしも引いたら二宮君からも手を引くことを約束しよう」


「やっぱり……」


「言葉のあやですよ? とにかく行こう」


 可愛い彩葵ちゃんのジト目がため息と一緒に消える。


「それじゃあ行きましょう。信じましたからね?」


「疑り深い。信じて」


 そして私と彩葵ちゃんはリビングを出た。


 二宮君の部屋の前に着き、彩葵ちゃんが扉を開けると二宮君は案の定ベッドで寝ていた。


 遠目でも寝顔が可愛い。


 そんな事を思っていたら、隣から彩葵ちゃんは消えていた。


 どこに居るかなんて言わなくても分かるだろう。

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