第2話 そこはそういうことをする為の場所ではありません

 前田先生から『好き』を理解しろと言われてから数日が経った。


 学校では何とか覚えてられるが、家に帰れば妹との時間が優先されて何も考えていない。


 別にどうでもいいのだけど、そろそろ無視出来ない状況になってきた。


「ねぇ、聞いてるのかな?」


 このように、学校で僕に話しかけてくる人が現れた。


 いきなりのことで怖かったから毎日無視している。


「せめてこっちを見るとかしない? 私ってそんなに嫌われることしたかな?」


 していない。


 そもそも誰かも分からないし、強いて言うなら毎日話しかけるのをやめて欲しいぐらいだ。


二宮にのみや君もすごいよね。私に話しかけられてるせいで男子から相当恨まれてるのに気にした様子ないし」


「だからか」


 思わず声が出たが、最近クラスメイトからの視線が増えた気がする。


 まだ睨まれたりするだけだけど、原因が分からなかった。


「つまりあの手紙は脅迫状か」


 前田先生と話した次の日に、下駄箱に謎の手紙が入っていた。


 僕の名前が書いてあったから宛て先は間違っていないのだろうけど、誰からかが書いてなかったから読まずに捨てた。


「それはこれだよね」


「なぜここに? ん? どこかで見た気が……」


 僕の机に捨てたはずの手紙を叩きつけられたので、初めて声をかけてきている女子の顔を見たが、どこかで見た顔だった。


「……」


「えぇ……」


 謎の女子にいきなり腕を掴まれて、どこかに連れて行かれる。


「ちっ、撒くか」


 謎の女子がさっきまでの柔らかい声ではなく、とても冷たい声でそう呟いた。


 視線の先には何人かの男子がついて来ていた。


「ちゃんと走れ」


「えぇ、怖いんですけど……」


 僕がそう言うと謎の女子に睨まれたので仕方なく走る。


「離してもついて行くよ?」


「……離れたら大切な妹がどうなっても──」


「あ? 殺すぞ」


「ごめんなさい、冗談です」


 つい低い声が出てしまったせいで謎の女子が驚いた様子で頭を下げた。


 その際も走るペースは落としていないのだからすごい。


 でも。


「次に冗談でもそんな事言ったら……」


「二度と言いません」


「なら良かった」


 正直許していないが、僕は知らないところでこの子に悪いことをしていた可能性があるから、それが分かるまでは許しておく。


 許していないが。


「ちなみにどこに行くとかはあるの?」


「あるけど、しつこいな。二宮君は学校で他人に興味はある人?」


「ない」


 自分でも驚くぐらいの即答だった。


 僕には妹さえいればそれでいい。


「分かった。一か八かするよ。バレたら平穏な学校生活は送れないけど私もだから我慢してね」


「なんか面白そう」


「ふっ」


 なぜか鼻で笑われた。


 多分だけど、馬鹿にしたようなやつではなく、面白くて、つい笑ってしまったような感じだ。


「階段下りたらからね」


「上るの?」


「ううん。脇道あるでしょ」


 謎の女子はそう言うと、階段を下りて右を向いて、更に右を向いた。


 そこは行き止まりだけど確かに空間がある。


 漫画とかでは余りの机が置かれたりしている場所だけど、うちの学校には机はない。


 あるとしたら──。


「カモン」


「漫画みたい」


 謎の少女が掃除用具入れを開けて手招きしてきたので、スピードを殺して中に入った。


 まるでこういう時の為のように、人が二人入れるサイズなのはなぜなのだろうか。


 そんな事を考えていたら、扉が静かに閉められた。


(やっぱり狭いね)


 謎の少女が笑いながら小声で言う。


(人が入るものじゃないからね)


 今の状態を簡単に説明すると、あちらの提案だとはいえ、身体に触れるのはセクハラと言われそうなので、腕を自分の後ろに組んでいる。


 身体が触れるのは不可抗力ので許して欲しい。


(別に触っても怒らないよ?)


(録音出来ないこの状況でそんなの信じれないから)


(へぇ……)


 なんだか嫌な予感がした。


 薄暗くてよく見えないけど、とてつもなく嫌な顔をしてる気がする。


(じゃあ逆セクハラしちゃお)


 謎の少女はそう言うと、僕に抱きついてきた。


(心臓の音聞こえるけど?)


 確かにドキドキしている。


 だけどそれは仕方ない事だ。


(ちょっとごめんね)


 僕はそう言うと、後ろに組んでいた腕を解いて謎の女子の背中と頭に手を回した。


(セクハラしちゃう?)


(少し屈むよ)


 僕はそう言って、謎の女子を


「消えた?」


「そんな訳ないだろ。隠れたって言っても隠れる場所なんて掃除用具入れぐらいだし」


「あんなところに吉良きらさんが入る訳ないだろ。しかもあんなのと」


「分かってるよ。とりあえず二手に分かれるか」


「おけ」


(行ったかな?)


 足音が離れて行ったのを確認してから声を出した。


(もう少し様子を見てから出ようか)


(……うん。なんかごめん)


(何が?)


(なんでもないです)


(そういえば、吉良さんだったんだね)


 さっき追いかけて来ていた人がそう言っていた。


 どうりで見た事があるはずだ。


(同じクラスなのに分からなくてごめん)


(それは本当に大丈夫。むしろ、だからこの状況と言いますかね……)


 よく分からないけど、そろそろこの状態も辛くなってきた。


(そろそろ出たいけど、開けたら目の前に誰か居たとか怖いんだよね)


(それね。授業始まるまで待つ?)


(僕はいいけど、吉良さんはいいの?)


 吉良さんと言えば、勉強も運動も出来ると噂で聞いている。


 真面目でサボりは許さないとも。


(私の噂の事だよね。ほとんどほんとだけど、ほとんど嘘だから大丈夫)


(言葉遊び?)


 よく分からないけど、吉良さんがいいのならそれでいい。


 光が無くて表情は読めないけど、疲れたような声だ。


(色々とあるんですよ。それよりも逆セクハラしすぎてごめんね)


(多分それって僕のセリフだよね?)


 今は僕が中腰で吉良さんを抱き寄せている感じだ。


 吉良さんの顔が僕の肩に乗っているから、耳元で声がしてなんかむず痒い。


(二宮君の無反応っぷりを見てるとさ、すごいイタズラしたくなるんだけどしていい?)


(し返すよ?)


(うわぁ、躊躇いなくやりそう)


 もちろんイタズラをされたら同じだけやり返す。


 そこに男とか女とかはない。


(まぁここでリスクを負わなくても、どうせ教室戻ったら色々終わるんだろうけどね)


(どうなるの?)


(まず、質問攻めに遭うでしょ? そして私と二宮君が付き合ってる事になる。晴れて私はめんどくさい告白を受けなくてよくなる。……いい事しかないや)


 なんで僕と吉良さんが付き合ってる事になるのかは分からないけど、吉良さんが嬉しいなら良かった。


(絶対自分の事は分かってない顔だ)


(ん?)


(私もなんたけどさ、私と二宮君が付き合ってるってなるとどうなると思う?)


(何かあるの?)


(私が二宮君に話しかけるだけで睨まれるんだよ? 付き合ったりしたら分かるレベルのイジメが始まるからね?)


 とても理解した。


 人間が浅ましい生き物なのは十分に理解している。


 嫌な程に。


(でもそれだけなら僕が耐えれば解決?)


(違うね。私には『あんなのよりも俺と』とか言う奴が激増する訳ですよ。そこで付き合ってないって言うと『なら俺と』とか始まって二度手間になるし)


 吉良さんが本当に嫌なのか、脱力して僕に寄りかかりながらため息をつく。


 足がぷるぷるしてきてるからやめて欲しい。


(つまり詰んでる訳です。だから言い訳も含めて話しましょうね)


(うん。そろそろ限界も近いし)


(トイレ?)


(足がね……)


(ごめん。私に体重掛けていいよ)


 本当に限界なのでお言葉に甘えさせてもらった。


 楽になったけど(いや、軽いな。女子か)と言われたのが足ではなく心にきたのは言わないでおく。

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