第3話 密談をするなら場所を考えましょう

 チャイムが鳴り、一分程待ってから外の様子を確認すると、誰も居なかったので僕と吉良きらさんは掃除用具入れから出た。


 なんとも言えない開放感はあったが、今の僕はそれを素直に喜べる心境ではなかった。


二宮にのみや君。どしたの?」


「気にしないで。最近は言われなくなったことを言われて勝手に落ち込んでるだけだから」


 僕は小さい頃に、よく女子と間違われていた。


 姉と妹がいて、ご近所では三姉妹だと本気で思われていたぐらいだ。


 両親もご近所付き合いをおろそかにしてた訳ではないから、普通なら有り得ない。


 だけど両親が普通ではなかったから、面白がって訂正しなかった。


 さすがにスカートを穿いたり、女装をしたりなんかはしていないけど、小学生の時はクラスの男子からも『女顔』とからかわれた。


 特に興味がなかったから気にしていなかったけど。


「そっか、別に落ち込むような事じゃなかった」


「一応謝るね。ごめん」


「ううん。それよりも口裏合わせ? しないと」


「そだね」


 吉良さんが制服が汚れるのもきにせずに、床に足を伸ばして座った。


「意外?」


「昨日までなら」


 今日初めて吉良さんと話したけど、イメージと全然違った。


 昨日までは『質実剛健』『才色兼備』『文武両道』なんかが似合う人だと思っていたけど、実際は『唯我独尊』がぴったりだ。


「今絶対バカにしたでしょ」


「ううん。想像よりも親しみやすい人だって思った」


 僕はそう告げると、吉良さんの隣に座った。


「私も二宮君は親しみやすいって思ってた」


「そうなの?」


「だからこそのだったんだけど、まさか捨てられるとはね」


 吉良さんが薄く笑いながら僕の捨てた手紙を取り出した。


「だって誰からか分からない手紙を読みたくなかったんだもん」


「二宮君の名前は書いてあるんだから読んでよ」


「でも読んだら、言う事聞かなきゃになるじゃん」


「真面目か!」


 吉良さんが突っ込みのように手紙を僕の左腕に当てる。


「今更だけど読んでみてよ」


「変なこと書いてない?」


「勘違いさせるような書き方はしたけど、書いた本人が隣に居るんだからいいでしょ」


「もしかしたら吉良さんが書いてないかもしれないじゃん」


「じゃあ嘘ならキスでもなんでもしてあげるよ」


 吉良さんが面倒くさそうに手紙を僕の膝に落とした。


「キスって嬉しいものなんだ」


「多分二宮君以外の男子ならほとんどが嬉しいんじゃないかな。知らないけど」


 よく分からないけど『キス』を嬉しいと感じられないうちは『好き』を理解するなんて無理なんだろう。


 とりあえずは吉良さんを信じて手紙を開く。


「……?」


「マジか。頑張ったのに……」


 手紙を読んだ。意味は分かるけど、言葉通りに受け取るなら今更読む必要を感じない。


 不思議そうにしていたら、吉良さんが少し凹んでいるし。


「んと、なんで『屋上で待ってます』を読ませたかったの?」


「まずさ、下駄箱に手紙が入ってたらどう思う?」


「手紙が入ってるなって思う」


 実際この手紙を見つけた時はそう思った。


「貴様実は高校生じゃないな!」


閏年うるうどし生まれとかじゃないし、高校生のはずだよ?」


「マジレスやめて。えっとね、肉体の方じゃなくて精神の方」


 余計に分からなくなった。


「実は女の子とか?」


「会う機会あるか分からないけど、姉の前で僕を女の子扱いすると怒られるから絶対にやめてね」


「二宮君が怒られるの?」


「ううん、吉良さんだよ。小学二年生ぐらいの時かな? 姉と一緒に居る時にクラスの男子が僕を『女顔だ』って言ったんだよ。恐れを知らないって恐ろしいよね、その男子は僕を二度と『女顔』って言わなくなったよ」


 姉が何をしたのかは知らない。


 聞いても教えてくれなかったし、何かされたであろう男子に話しかけるのは面倒でしなかった。


 そもそも僕を見ると怯えて逃げ出していたから無理だったのだけど。


「気をつける。まぁ会うことはないだろうけど」


「一応ね。それで僕が高校生じゃないってのは?」


「あぁ、普通ね、下駄箱に手紙が入ってたらラブレターだと思うんだよ」


「……そう」


 確かに下駄箱に手紙ならラブレターが一番想像しやすいだろう。


 だけど僕はそれが出来ない。正確にはしない。


「何か苦い思い出でもあるの?」


「聞かないでって言ったら聞かないでくれる?」


「もちろん。人の隠し事を聞き出すようなクズにはなりたくないからね」


「ありがと」


 吉良さんで良かった。


 顔にも何も出す気はなかったけど、思わず思い出してしまったせいでバレてしまった。


 アレは誰かに教えられるような事ではない。


「よし。つまりラブレター感を出したくて『屋上で待ってます』なの?」


 気持ちを切り替えて吉良さんの手紙に意識を戻す。


「そう。告白と言えば屋上でしょ?」


「よく聞くけど、実際の屋上って夏は暑いし冬は寒い。風も強いしで結構不便なんでしょ?」


「そだね。そもそも入れてから気づいたけど、うちの学校って屋上の立ち入り禁止だし」


 正確には、明確な理由があれば利用可らしい。


 部活や委員会など、他にも認められて先生同伴ならとか、許可が下りれば屋上の立ち入りは許されると入学初日に前田先生が言っていた気がする。


「告白で許可下りるのかな?」


「先生同伴でもいいならいいのかもね」


「それは嫌だな。まぁいいや。それでどうするかね」


「あ、ちなみになんで呼び出したの?」


 結局なんで僕の下駄箱に手紙を入れたのかを聞いていなかった。


「そういえばそれを話す為に今日まで呼んでたんだった。二宮君は……気づいてる訳ないか。手紙を入れる前の日にさ、二宮君職員室に居たでしょ?」


「うん」


「その時ね、私も居たの」


「そうなの?」


「うん、それでね、二宮君と前田先生が、特に前田先生がたまに大きい声を出してたから内容が気になっちゃったのね」


「うんうん」


「なんか私を好きになるとかなんとか話してたよね?」


 確かに部分的に言えばそうなるかもしれない。


 正直ほとんど覚えていないけど。


 だから覚えてる範囲で吉良さんにあの日の話の内容を説明する。


「という感じです」


「なるほど。『好き』についての本を読んで読書感想文を書いたけど、なんだかんだで『好き』を理解しないと評価をあげないと」


「すごい横暴じゃない?」


「多いか少ないのどっちかしかない極端な二宮君も悪いからね?」


 吉良さんを味方に付ければ前田先生も納得してくれると思ったけど、目論見もくろみが外れた。


「でもなるほどね。手紙を入れたのはそれが聞きたかったからなんだけど、でもそっか、なるほどね……」


 吉良さんがニュアンスを変えて同じことを連呼しだした。


「壊れた家電って叩けば直るんだよね?」


「なんで今それを言ったのか分からないのと、その拳はなんだい?」


「直った?」


「……直ってないって言ったら?」


 絶対に直っているだろうけど、なぜだか望まれているから、吉良さんのおでこをコツンと叩く。


 すると吉良さんが口元を押さえて僕とは反対側を向いた。


「痛かった? ごめんなさい」


「ち、違う、の。なんか、可愛くて」


 吉良さんが笑いを押し殺し切れずに、笑いながら言う。


「はぁ、笑った。もしも告白なら断ろうと思ってたけど、二宮君が私に興味ないのは分かったし、二宮君にも得があるならいいかな」


「ちょっと興味出てきてるよ?」


「それは大丈夫なやつだからいいの。それより口裏合わせね。いい?」


 そうして吉良さんから僕と吉良さんが授業をサボった理由と、を話した。


「いいけど、いいの?」


「私が提案してるんだからいいんだよ。二宮君こそいいの?」


「今のところ僕にはメリットしかないよ?」


「今はね。まぁいいならいいや。これからよろしくね」


 吉良さんはそう言って僕に右手を差し出した。


「よろしくね」


 僕はその手を握る。


「……」


「どしたの? 女の子と手を握るの恥ずかしい?」


 吉良さんがニマニマしながら僕に言う。


「違くてね。ずっと見られてるけどいいのかなって」


 僕がそう言うと、吉良さんがとてつもないスピードで後ろを向いた。


 ずっとと言っても、数分前からだけど、スクールバッグを持って僕達を見ている女の子が居る。


 寝起きなのか、目がトロンとしていて、髪もボサボサだけどふわふわしているような子が。


「なぜ言わなかったのかは後で言及する。とりあえず話してくる」


 吉良さんはそう言うと、すごい速さでふわふわの女の子に近づいて行った。


 そして一言二言で話は終わったようだった。


 密談をするなら場所を考えなければ、と思う事になった。

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