『好き』を知らない二宮君と『好き』に興味がない吉良さん

とりあえず 鳴

第1話 読書感想文は真面目に書こう

『好きとはなんなのか』


『よく聞くのは「好きになったから好き」とか「好きに理由なんてない」とかだが、それはつまり「分からない」をいい風に言ってるだけだ。

 稀に「相手のことを考えるとドキドキする」や「何もしてなくてもその人のことを考えてしまう」なども聞くが、それは別に特別好きに理由では無い気がする。

 結局のところ、何も分かりません。』


「……」


「それじゃあ」


「いや、まてい」


 一度出した読書感想文が書き直しになったので、職員室に新しいものを出し、担任の前田まえだ先生がいきなり読み始めたので読み終わりを待ってから帰ろうとしたら、先生に腕を掴まれた。


「なんですか? パワハラですか?」


「いや、そういう見る人が見たらそう見えることを言うのやめよ? 先生の教師人生終わるから」


 ちょっとしたジョークのつもりだったのだけど、前田先生が周りをキョロキョロしだしたので悪いことをした。


 謝るつもりはないが。


「言いたいことが結構あるんだけど」


「あ、すいません。名前書いてなかったです」


 正直書き直しがめんどくさいのと、興味のない本だったから名前を書くのを忘れていた。


 前田先生の机に置かれた紙に『二宮にのみや 颯太そうた』と自分の名前を書く。


「うん、それもなんだけどね。それは言いたいことの中でも下の方なんだよ」


「誤字脱字でもありました?」


「ないよ。パソコンで打ったのかってレベルで綺麗な字だし」


 数少ない僕の長所だ。


 役に立つのかは分からないけど。


「じゃあもういいですか? 帰って妹と遊びたいんですけど」


「いいお兄ちゃんか! ていうかそういう呼び止めにくい理由も出さないでよ……」


 前田先生があわあわしだした。


 そんな余裕があるのなら早くして欲しいのだけど。


「文字数が少ないとかなら、先生が減らせって言ったんですからね?」


「確かに言った。言ったけど極端すぎないかい? 前のやつ作文用紙十枚で持ってきたよね?」


「頑張って削りました。三年がかりの上編、中編、下編で書こうと思ってたんですけど」


 好きなものを書こうとすると止まらなくなって、途中で気がついたら十枚を超えていた。


 だから削りに削って十枚で抑えたけど、全然書き足りなかったから上編として提出した。


 そしたら前田先生に「長いから書き直し」と言われた。


「長いって言うから短くしたのに、なんですか? モラハラですか?」


「いや、だからね、そういうのはやめて。それと一応言ってあったけど、作文用紙三枚程度だからね?」


「程度の振り幅を指定しないのも悪いと思います。解釈は生徒の判断と取られてもおかしくはないですよね?」


「ああ言えばこう言うなんだから……」


 自分がめんどくさいという自覚はある。あるが、言ってることが間違ってるとは思っていない。


「そもそも多い分にはいいじゃないですか。どうせ先生も中身なんて大して読んでないですよね?」


「し、失礼な。確かに『めんどくさいなぁ』って思うこともあるけど、ちゃんと読んでるもん」


 前田先生は生徒からの人気が高い。


 その理由がこういうたまに見せる表情の可愛らしさと素直さのようだ。


 僕にはよく分からないけど。


「それなら文字数少ない方が先生も嬉しいですよね?」


「嬉しいけど、それだと評価がね?」


「別に提出すれば最低は貰えますよね? 貰えないなら貰えないでいいですよ。どうせ全部書き直しにされるんで」


 別にやさぐれている訳ではない。


 単に読書感想文にこれ以上時間を掛けて妹との時間が失われるのが嫌なだけだ。


「だからね、『三枚程度』を守ってくれればいいの。少ない情報から正解を導き出すのは大人になってから必要な能力なんだよ?」


「普段は『子供なんだから大人の意見に抗うな』って言ってるのに、こういう時は大人にしたがりますよね」


「やめて、私も高校生時代に同じこと思ってたからやめて」


 前田先生が両手で自分の耳を押さえながら震える。


「自分がやられて嫌なことは人にやったら駄目なんですよ?」


「やめて、私の黒歴史を思い出させないで……」


 前田先生が涙目になってきたのでこれ以上はやめる。


「それでまだ拘束します? 未成年の長時間の拘束は捕まりますよ?」


「二宮君って私のこと嫌い?」


「結構好きですね」


 見てて面白いから僕は前田先生が好きだ。


 そう、人としての『好き』なら分かるのだけど、やはり恋愛的な『好き』がどうしても分からない。


「先生?」


 耳まで真っ赤になった前田先生が丸くなりながら何かを呟いている。


「え、えっとね。そういうのは駄目だと思うの」


「ちょっと何言ってるのか分からないんで帰っていいですか?」


「やっぱり私のこと嫌いでしょ!」


「じゃあ早く用件を済ませてください」


「あ、なんかごめんね」


 周りの先生からの視線が恥ずかしいのか、前田先生の顔が更に赤くなる。


 そして僕の感想文を手に取った。


「とりあえずこれでいいとして、一つだけ聞いていい?」


「なんですか?」


「これは読書感想文なんだから、読んだ本のことを書かなきゃ駄目だよ?」


「つまり先生は僕がそういう本を読む訳がないから嘘を書いたと言いたいんですね」


 結局はそうなる。


 信じる気がないのなら最初から書き直しなんてさせないで欲しい。


「結局先生も信頼出来る生徒しか信じないんですね」


「ち、違うよ。ただ二宮君がそういうのに興味あるのが意外で」


「それって言い訳になってます? それと生徒を偏見で見るのやめてください」


「ごめんなさい……」


 前田先生が頭を下げて丸くなる。


「確かにクソつまんない本でしたけど」


「なんで買ったの?」


「姉が『少しは恋愛について学べ』って投げつけてきました」


 だから前田先生の言ったことは間違っていない。


 僕なら絶対に買わないし、読もうとも思わない。


「それで『好き』については分かったの?」


「まったくですね。そもそも僕は結婚願望とかないですから、知る必要ないですし」


 それ以前に、僕みたいなめんどくさい奴と付き合いたいとかいう奇特な人もいないだろうし。


「じゃあこうしよう。二宮君が『好き』を理解出来たら評価を満点あげる」


「それはつまり、教師という立場を利用して、快楽で生徒の人生を狂わせるってことですか?」


「言い方に悪意しか感じないけど、否定しきれないからいいや。とにかくそういうことだから」


 なんだか押し切られたが、別に満点の評価が欲しい訳でもないからどうでも──。


「ちなみに理解出来なかったら書き直しね」


「そうなったらもう出しませんよ」


「じゃあマンツーマンの追試ね」


(何言ってんのこの人)


「『何言ってんのこの人』って言いたそうな顔しないの」


 言い返すのもめんどくさい程にめんどくさいことになった。


 帰ったら元凶である姉への恨みを妹で中和しなければいけない。


「じゃあ先生が教えてくれるんですか?」


「先生を頼ったら駄目」


「僕は教師って生徒の知りたいことを教えてくれる存在だと思ってました」


 実際は毛ほども思っていないが。


「そういう先生に私もなりたかったよ。でもね、お手本がいないと実現は難しいんだよ……」


 前田先生が何もない場所に視線を向ける。


「先生病んでるんですか?」


「悩みの種になる生徒が居てね」


「大変ですね」


「……そうだね」


 何故かジト目で睨まれた。


「話を戻すけど、吉良きらさんのことはどう思ってるの?」


「吉良さん?」


 一瞬誰のことか分からなかったが、同じクラスに吉良 悠喜ゆうきという女子生徒が居た気がする。


「なんで吉良さんなんですか?」


「だって誰もが認める美少女なんでしょ?」


「知らないですけど?」


 少なくとも、僕は知らないから誰もがではない。


「でも噂は聞いた事ありますね。入学初日に告白されたとか、先輩からも告白されてるとか」


 所詮は噂だから真実かどうかは分からないけど。


「それでなんで吉良さんなんですか?」


「ほとんどの男子生徒が吉良さんを好きな訳だから、二宮君もそうなんじゃないかなって」


「なるほど……」


 正直『好き』についても、評価についても一切興味がないけど、姉に言われた『少しは恋愛について学べ』を実践する時なのかもしれない。


 言う事を聞かないと、妹が取られる心配があるし。


「じゃあ吉良さんで『好き』の勉強してきます」


「やっぱり、現在進行形で好きな人がいる人に聞くのが一番だと思うからね」


「ん? そうですね」


 なんだかよく分からない言い方だったけど、とりあえず話はまとまった。


「それじゃあ今度こそ帰って平気ですか?」


「うん。また明日ね」


「はい、寂しいですけどまた明日」


 僕がそう言って立ち去ると、小さい声で「ばか」と聞こえた。


 やはり前田先生の反応は面白い。


 そんなこんなで、吉良 結葵という学校一? の美少女と関わらなければいけなくなった。


 下校中、どうしようかと考えていたが、家に着いて、妹と遊んでいるうちに全て抜け落ちていた。


 思い出したのは次の日に登校して下駄箱を開けた時だった。


「……?」


 僕の下駄箱に一枚の手紙が入っていた。

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