#79 五右衛門風呂作り開始

「そんなの最高じゃない! さっそく取り掛かりなさい!!」

「お、おう」


 リバース村。村長宅。

 無駄に大きくて豪華な執務机に陣取るユースティナは、俺の五右衛門風呂の説明を聞き、嬉々として食いついた。サウナに入ったあとのような満面の笑みだ。


 五右衛門風呂を作ろうと思い立った俺は、一応現村長であるユースティナに許可を取っておこうと思った。


 が、さすがは大浴場を所望していたユースティナお嬢様である。

 二つ返事でオーケーをもらえた。


「欲を言えば百人規模で入れる大浴場がいいけど、そのゴエモンブロとやらもなかなか興味深いわね。すぐに完成させなさい。うん、私今晩にも入りたいわ」

「さすがに一日じゃ無理だ。数日の猶予はくれ」


 大きな目を爛々と輝かせて今晩の入浴を所望するユースティナ村長だが、いくら魔法で色々と作業を効率化できるとは言え、一日では無理だ。

 冬支度を頑張っている皆に早く入浴させてあげたい気持ちはあるが、どこかしらは必ず手作業になる、数日はかかる見通しでいないとな。


「しょうがないわね。レオンだからまったく心配はしてないけど、怪我とかしないようにね」

「ああ、わかってる」


 話を切り上げると、ユースティナはすぐに書類の束に目を通しはじめる。

 相変わらず仕事は山積みなようだが、弱音も吐かずに取り組んでいる。


 もう、すっかり立派な村長である。


「……じゃあ、いってきます」

「はい、いってらっしゃい! 気を付けていきなさい!」


 机の書類に目を落としたまま、元気に送り出してくれるユースティナ。その成長ぶりに、思わず顔がにやけた。


 よし、俺も負けてられないな。

 材料の加工で魔法を多用するかもしれない。今日は『ジャンプ』は控えめにしよう。


 俺は村長宅を出て、すぐに移動石で海岸線へと飛んだ。


◇◇◇


「うー、さむいっ! これはもう冬は間近だな」


 城塞建築現場である海岸沿い。そこにはもう、冷たい木枯らしが吹きつけていた。

 あまりグダグダしていると、それこそ風邪を引いてしまいそうだ。


 速足で砂浜を歩きながら、思案する。


 前世でよく行った温泉施設には、露天に三つ並んで五右衛門風呂があったっけ。

 入りたいんだけどいつも混んでいて、他の露天風呂に入って様子を伺いつつ、誰かが上がったらすかさず入る、みたいなことをしていたなぁ。


 子供の頃からあの独特な形と雰囲気が好きで、親にせがんでよく入りに行っていたっけなぁ。


 んー、懐かしい。


 できればあんな感じのにしたいよな。

 木材を使って屋根を作って雨風を凌げるようにしつつ、近くに風流な感じで竹があったりして……ふむ、色々と夢が広がるな。


「うわー、結構高くなったなぁ」


 妄想を膨らませていると、ふいに海岸線に沿って伸びる城塞が目に入る。

 すでに立派な石の壁になってきており、人の力、積み重ねることの大切さを痛感させられる。


 作業員の方々は、この寒い中でも頑張ってくれている。

 ざっくりと巨石を積むのは俺が魔法でやったが、その周辺を埋めるように壁を補強していく工程は、彼らが一つ一つ、手作業でやってくれている。


 ああして小さな石をコツコツと重ねていくことで、大きな成果となっていくのだ。

 うーん、感銘を受ける。


「俺もコツコツいきますか」


 改めてやる気が漲り、俺は周辺に目を凝らす。

 すると、波打ち際で波に洗われている大きな岩が視界に入った。あれなんかつるっとしていいかもしれない。


 ちなみに、一般的に言われている五右衛門風呂の風呂釜は鉄製だ。

 が、あれほど大きな鉄の塊を作るとなると、当然だがとんでもないお金と労力と設備が必要になる。


 鉄を自由自在に扱う鉄魔法なんてのもあるにはあった気がするが、悲しいかなレアすぎて俺は習得方法すら知らない。残念。


 なので、今回は石を削って代用することに決めた。


 熱の伝わり方など変わるだろうが、石をやけどしない程度に熱しておいて、そこに沸いた湯を流し込めば十分いい雰囲気の風呂になるはずだ。


 ぬふふ、今から楽しみだなぁ。


「むんっ」


 俺は一息気合を入れ、ジャンパーの魔法『スクープエクストラクション』で半円形に岩を抉った。そして次に『ルームーブ』で、岩本体を村へ移動させる。


 同じような質感と大きさの岩をあと二つ見繕い、同じく半円形に加工し、魔法で飛ばす。

 さすがにこれだけの質量を持つ物を移動させたので、若干ぐったり感がある。


「ふぅ、村に戻るか」


 が、もう少し今日中に作業を進めたい。

 俺は常備している薬草を噛んでMPを回復しつつ、移動石を取り出した。


 戻ってからも魔法は多用するからな、戻りも移動石にお願いするとしよう。


◇◇◇


「よし、上手く飛んでるな」


 村に戻ると、五右衛門風呂の完成予定地の広場に、上手い具合に三つの半円形がでんっと居並んでいた。

 うん、かなり空間魔法の扱いも熟練してきたな。


 嬉しい限りだ。


「それにしても、つるっとしてていい感じだな」


 存在感抜群の石の浴槽は、黒々と光って美しい。遠目で見たら、鉄の感じに見えなくもない?

 もうなんかこのまま熱い湯を流し込めば、それはそれで良さそうな気配すらある。


「んー。でもせっかくなら妥協したくないな」


 そう、目標は前世の幼少期に楽しんだ、町の郊外にあるスーパー銭湯のようなあの五右衛門風呂だ。

 あの週末のお楽しみ感と風流の融合というか、あの感じをどうしても出したい。


 心地よい風呂に入りながら、情緒ある風情を眺めつつお酒なんか飲んじゃった日には……くぅー、絶対最高だよこれ。


「……竹、欲しいな」


 風情と言えば、竹だ(独断)。


 露天に作られていることが多い五右衛門風呂の周りには、よく小規模な竹林みたいなものがあった。ぜひとも、あれを再現したい。


「アリアナに聞いてみるか」


 植物と言えば彼女、アリアナである。

 俺は上着を襟を立てて、再び植物小屋へと向かった。



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