#76 まさかの勝ち方
「――――」
「っ! ……フッ! ……シッ!!」
鏡張りの部屋に、剣がぶつかり合う音が響く。
俺はこれまでで一番の緊張感を持って、自らの“影”と対峙していた。
影の放つ一撃一撃が、常に致命傷を与える攻撃。
一瞬一瞬が、すべて命のやり取り。
俺のこめかみを、静かに冷や汗が流れていくのがわかる。
瞬間、視界を覆うように漆黒の刃が襲い掛かってくる。
反射的に剣を振り、防御する。
「――――」
物言わぬ影の攻撃は、あまりにも重たく、鋭い。
ヤツの攻撃を読む方法は、たった一つ。
――自分自身の感覚を、極限まで研ぎ澄ませるだけだ。
「せいっ!」
「――――」
影の一撃をいなした後、すかさず
が、俺の考えることなどお見通しかのように、影はいとも容易く躱して見せた。
少し、俺と影の間に距離ができる。
「はぁ……はぁ……」
「――――」
一つ一つの行動が、生命に関わるという緊張感。
そんな中で剣を振り合うということは、予想以上に肉体面、精神面の両方のスタミナを奪っていった。
「――――」
「っ!?」
ぞわり、と肌が粟立つ感覚があり、咄嗟に魔力を練り上げる。
自分の身体に意識を集中し、違和感のある個所へと魔力を密集させる。
「――――」
そう、影がこちらに魔法攻撃をしかけてきたのだ。
あの身体の内側を魔力が迸った感じは、おそらく『スクープエクストラクション』だろう。
狙われた箇所に魔力を集め相殺させることで、なんとか防ぎ切る。
いつもなら心強い魔法であるスクープエクストラクションも、今回ばかりは習得してしまったことを後悔している。
あんなもの、一撃でも喰らえば内臓を抉られてお陀仏だ。
「――――!」
「なっ!?」
が、スクープエクストラクションを防ぎ切った安堵感で、一瞬の隙が生まれてしまう。
俺の周囲を一瞬にして、氷の壁が覆った。
氷魔法『フリージングウォール』だ。
四方を囲んだ氷が、鏡のように俺の顔を映す。
「――――」
「上だろっ!」
次の瞬間、脳天を覆うように真上から剣を突き込んでくる影。
俺の頭を狙って突き出された黒い大太刀を、紅呉魔流の反りで受け、ヤツの攻撃軌道を逸らすことで、なんとか躱す。
氷の壁の中、今までで一番接近した状態となる。
「くらえ!」
「――――」
この隙を逃すまいと、俺は紅呉魔流を逆手で振るう。
が、ヤツも同じように鞘から抜き放ち、刃と刃が火花を散らす。
「ぐぁ!」
「――――」
衝撃によって両者の身体が、磁石の同極同士を合わせたように反発し合い、正反対に吹き飛ぶ。その際、氷壁を突き破った身体が痛んだ。
また大きく距離が開き、思考する隙間が生まれる。
「はぁ……はぁ……」
俺は急ぎ体勢を立て直す。
自分と同じ能力値を持ち、行動の癖なども丸きり一緒な、いわば生き写しの影を倒すには、どうすればいい?
ゲームでの攻略法は、影が道具類を使えないのをいいことに、回復アイテムやステータス上昇系の補助薬などを駆使して力押しする、というのがセオリーだった。
しかし今は、ゲームとは違いアイテムなどを使用している隙はない。
どうすれば、ヤツに勝てる?
どうすれば、今の自分を超えられる?
「…………」
そこでふと、足元の鏡面に映った自分の顔が視界に入る。
焦ったような、どこか追い込まれたような、おっさんの顔だ。
――元々は、こういうんじゃないよな。
この世界を今日まで生きてきた俺は、もっとノビノビと活き活きと生きてきたはずだ。
こんな風に精神的にすり減って、肉体的にも気持ちよくない疲労なんてまっぴらごめんでやってきたはずだ。
「……やってやる」
俺は意を決し、腰に提げた革袋の一つを掴み、その口を閉じている蓋をきゅぽんと外す。
中身は、ソロキャンプしながら飲もうと持参した――赤ワインだ。
傾け、一息で呷る。
「うー、ぷ。ふぅ」
そこそこ上等のものを持参したので少しもったいないが、気にしていられない。
今は“酔う”のが大事だ。
「――――」
正対した影は、体勢を整えながら俺の方を視ている。
感じる視線はまるで、不可思議なものへと奇異の視線を向けているかのように思われた。
だが、それでいいのだ。
「ふぅぅぅぅ」
深く、息を吐く。
さすがワイン、一気に喉から顔にかけてポカポカしてくる。
「――――」
これ以上は間を与えぬと言わんばかりに、影が一気に距離を詰めてきた。
が、俺はなぜか笑いたくなり、口角をにやりと吊り上げた。
「うぉぉい」
「――――」
酔いに任せたまま、ふらりとした足取りでヤツの鋭い一撃を躱す。
ヤツの致命的なはずの攻撃が、なぜだか今はまったく恐ろしくない。
酔いで気が大きくなっているせいだろうか?
「おらぁ、くらえー」
「――――!」
ふわふわとした気分のまま、ケルベロスウェポンと紅呉魔流の二刀流を振り回す。
型もなにも、あったもんじゃない。
ただただ、相棒の武器を振り回すだけ。
「――――!」
が、それがヤツにクリーンヒットする。
確かな手応えに、むしろ俺の方が呆気にとられる。
「ははは、まさか、うまくいくとはなぁ……んぐ、ごく」
紅呉魔流を鞘に納め、もう一度ワインを煽る。
自暴自棄になったわけでは、もちろんない。
俺が咄嗟に思いついた戦い方は――酒に酔って戦う、というものだった。
酔拳ならぬ、酔剣である。
「――――」
影から、当惑した感じが伝わってくる。
そりゃそうだ。
さっきまで肌を焼くような緊張感の中で、命のやり取りをしていたのだ。
それなのに、全部をぶち壊すように相手が酒を飲みだしたのだから。
しかし、だからこそ。
「はは、ひっく、読めないだろ」
と。
ニヤついたまま、俺はケルベロスウェポンを投げつけた。
「――!」
ギィン、と甲高い音を立てて、ケルベロスウェポンは壁に突き刺さった。
影の中心を、刺し貫きながら。
「ひっ、く。俺の、勝ち、だな」
黒い影が、まるで叫ぶように伸びたり縮んだり激しい動きを見せたあと、一気に萎み――消えた。
「ふぅ……ありがとな、俺の影。おかげで、大事なことを思い出したよ、ひっく」
言って、武器をそれぞれの鞘に納める。
酔いで若干手元がおぼつかなかったが、なにはともあれ結果オーライである。
俺(レオン)は元々、放蕩者で大の酒好きだ。
だったら、酔った状態でこそ真の力が発揮され、覚醒できるのではないかと思ったのだ。
案の定、この読みは当たり、影はこちらの思考・行動が読めなくなっていた。
お酒、バンザイ。
人生を楽しむ気持ち、バンザイ。
これで覚醒……できたのだろうか?
なんにせよ、なんとか生き残ることができた。
俺は清々しい気持ちで、部屋を後にした。
:【体力】が上昇しました
:【魔力】がに上昇しました
:【筋力】が上昇しました
:【知力】が上昇しました
:【運】が上昇しました
:【上位:酔拳使い】の職業素養を獲得しました
:【魔剣王】の職業熟練度が大幅に上昇しました
└魔剣王が『覚醒』しました。ステータス補正・ジョブ特性が大幅に強化されます
:【魔法狩猟師】の職業熟練度が上昇しました
:【ジャンパー】の職業熟練度が上昇しました
:【一般パッシブスキル『武器投擲』】を獲得しました
:【魔剣王のスキル『酔狂魔剣』】を獲得しました
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