#75 祠のボスは

「むんっ」

「グガァ!!」


『ジャンプ』による連続移動で撹乱しつつ、『スクープエクストラクション』でダメージを与えていったオーガへ、ケルベロスウェポンの一撃でトドメを刺す。


 見上げるような巨体のオーガは、粒子となって消えていった。


「ふぅ。いちいち手強いな」


 周囲を確認し、安全を確保してから一つ、息を吐く。


 腰の革ポーチから、アリアナお手製のMP回復薬を取り出し飲み込む。

 鈍い頭痛のような頭の重さが消え、ミントの香りを感じたときのような清々しい気分になる。


『覚醒の祠』に足を踏み入れてから、だいぶ経った。

 はじめは狭い洞窟といった感じで迷路のようだったが、ある程度進んだ現在は広さと高さのある、鍾乳洞のような空間となっていた。


 周囲の状況を観察しつつ、前世のゲームプレイで覚醒の祠を攻略した際の記憶を思い出す。

 この様子だと、最奥部まであと少しといったところだろうか。


「一応、体力も回復しておくか」


 再び革ポーチから、体力回復の丸薬を取り出し、口に放り込む。


 ここに来るまでの戦闘で致命的な攻撃は一切受けていない。

 が、覚醒の祠の最終局面では、なにがあるかわからない。念には念を押すという気持ちで、俺は丸薬をごくっと飲み込んだ。


「あれは――」


 丸薬の効き目が全身に巡っていく感覚を味わいながら歩いていると、ちょうど目線の先にこれまでとは明らかに雰囲気の違う空間が広がってきた。


 空間の奥には、祠の入口に設置されていたトーテムポールのようなものがあり、それに挟まれる形で扉が佇んでいた。


 ――間違いない。ボス部屋だ。


 それを認識した瞬間、少しこめかみの辺りが引きつるような感覚になる。


「……いよいよだな」


 俺は扉を前にして、一度深く息を吐いた。久しぶりに押し寄せてきた極度の緊張が、身体中をぴりりと走る。


 覚醒の祠のボスとの戦いは、間違いなく命懸けになるだろう。一切の油断が命取りになる。


 これまでにないほど集中し、俺は扉を開けた。


◇◇◇


 扉の先の空間は、一言で表せば異様そのものだった。

 今までの岩肌と違い、全ての壁が鏡のようにこちらの姿を反射している。


 鏡張りのような部屋だ。


「ここに立ってると、現実感がなくなっていくな」


 空間中が合わせ鏡のようになっているせいで、部屋の実際の広さがまったくわからない。奥行がバグってしまっている。


 それでいて完全なる鏡面というわけではなく、どちらかと言えば歪で凹凸のある岩肌が鏡になっている感じなので、そこに映っている像には微妙な歪みがある。


 反射で俺(レオン)のくたびれた顔が幾重にも生まれ、動きに合わせて揺らめいている。


 はっきり言って、不気味でしかない。


「――――っ」


 と。

 普通に気分が悪くなってきたところで、さらに背筋を悪寒が走る。


 自分とは別の存在が、空間に発生したのを感じる。


 溢れ出たのは――黒いナニか。


 もやなのか、影なのか。

 おそらく空間中央の位置、視界のそこだけが不自然に黒く塗り潰されていくかのように、漆黒の“それ”が広がり、人の形に拡がっていく。


「……不気味を通り越して、不愉快だな」


 黒いナニかが形作ったのは、見覚えのある大剣と、大太刀。

 そして、雨の日も風の日も、否応なしに毎日見せられている身体のフォルム。


 ――これは、俺だ。


「――っ」

「っ!!」


 影は像を完成させた途端、間髪入れずに斬りかかってきた。

 予測していた俺は、ヤツの攻撃を剣で受ける。


 俺のケルベロスウェポンと黒いケルベロスウェポンが、激しい火花を散らした。


「俺ってば、とんでもない剛腕に育ってるじゃねーかよ……!」

「――――」


 ヤツの繰り出す攻撃は、俺が全力を出してようやく受けられるほどの重さと速さを兼ね備えている。

 当然だ、こいつはのだから。


 一瞬も、気が抜けない。


 そう、覚醒の祠のボスは――俺自身なのだ。

 完全に俺のステータス、能力値、行動の癖などをトレースした存在。


 おそらくこれは、覚醒のために自分を超えろ、というメタファーなのだろう。

 ……やるしか、ないよな。


「うぉぉぉ!」


 俺は剣を振り上げ、踏み込んだ。



:【体力】が上昇しました

:【魔力】が上昇しました

:【筋力】が上昇しました

:【精神力】が上昇しました

:【魔剣王】の職業熟練度が大幅に上昇しました

:【魔導狩猟師】の職業熟練度が上昇しました

:【ジャンパー】の職業熟練度が上昇しました

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