#52 無力な大人

「や、やっつけておしまいっ、勇者たち! 好きなだけ褒美は取らせるから!」


 盗賊らしき荒くれ者たちを見たユースティナは、さすがに怯えた様子で俺たちの方に近寄ってきた。

 いやいや、自ら護衛を撒くなどという愚行をぶちかますからでしょうが。

 一国の最高権力者といっていい身分なんだから、もう少し自覚を持った行動をしなさいっての。


「ちょっと、おっさん勇者、聞いてるの!? わたしを守りなさいって言ってるの!」


 うーんこの態度。

 まったく自分を顧みてないな。


「へへ、仲間割れなんてしてる場合か? やっちまうぞコラ」

「余裕ぶっこいてると死ぬぜぇ?」

「女。早く女」


 取り囲むように並んだ男たちの中から、数名が進み出てきた。

 その他の連中は少し距離を取り、へらへらとこちらを見て笑っている。全員が手にこん棒やナイフ、肉切包丁など何かしらの得物を握っており、自分たちの絶対優位をまったく疑っていない顔をしていた。


「は、はやくやっておしまい。勇者なんでしょ? わたしのような貴族に役立つことこそ、勇者にとっての最優先事項でしょっ!?」

「…………」


 俺の腕を乱暴に引っ張りながら、ユースティナは焦ったように言った。

 まぁユースティナの言う通り、勇者たちの活動資金は国を治める王や貴族の資金援助から捻出されている。それゆえにとある国家の勇者は、王や貴族の小間使いのようになってしまっているとも伝え聞く。


 しかし勇者への出資は、ある意味では一国を治めている者としての義務とも言える。

 民の平和を守るため、それを脅かす魔王や魔族を討伐するために勇者を任命し派遣するのは統治者の当然の責務だ。


 それに俺個人としては、偉いからとかお金持ちだから守られるべきという道理は正直好かん。そりゃお金持ちほど人格者って言うし実際そう感じることもあるけど、お金持っててもクソみたいにしょーもない人間と言うのは少なからずいる。


 だから俺は、お金がどうとか偉いからとか関係なく、自分の信念に従い、ユースティナを助けることにした。


「俺が勇者だからとか、ユースティナが大貴族だからとかは一切関係なく、俺はキミを助けるよ、ユースティナ」

「よ、ようやく返事をしたわね。不安にさせないでよ、まったく! とにかく、いい心がけよ。入国禁止は取り消してあげるから!」


 俺の返事を受けて、ユースティナはほっとしたように微笑んだ。


「が、盗賊連中をやっつけたあと、キミをビンタする」

「は、はぁ?」


 突然の俺の宣言に、ユースティナは口をあんぐりと開ける。

 まぁ、そりゃそうだろう。


「『他人に迷惑をかけてもいい。人間は支え合って生きているんだから』とかなんとか、いい言葉っぽく語られているけど、俺は断固『他人にかけなくていい余計な迷惑はできる限りかけない』という心情で生きているんでね。キミはここまで、たくさんの人にとんでもない迷惑をかけてる。だから俺がビンタする」

「な、なにを言ってるのかあなたわかってるの!? 勇者程度の分際でこのわたしを殴ったら、死刑よ、死刑っ! というか勇者とか関係なく何者であっても死刑っ!!」

「知るか。やれるもんならやってみろ」


 大人を怒らせると怖いというのを、このお転婆娘にしっかり理解させてやるのだ。

 まぁ要するに、わからせおじさんである。


 えっちなことはしないけどね!!


「さすがレオン、よく言った」

「おう」


 後ろのヴァンが、心底同意したように言った。


「ゴラァ貴様らぁぁ! 余裕ぶっこいてぺちゃくちゃしゃべってんじゃねぇぞぉぉぉ!?」


 と、放置されてイラついたのか、先頭を切ってこん棒を持った男が突っ込んできた。


「あー、すまん。まずはキミらを修正しなきゃな」

「あぁん!? なにが修正だコラァァァ!!」

「『アイシクルストーム』」

「ぎゃあああああああああああ!!??」「股間が凍ったああああ?!?!」「凍死、凍死する!!!!」


 軽微な魔力で放ったアイシクルストームが、周囲を取り囲んだ盗賊たちを一瞬で氷漬けにする。一応、死なない程度に調整したつもりだったが、顔や口元が凍ってしまった者もいたようで、現場は阿鼻叫喚となった。


 あとで解除してやるからちょっと待ってろ。


「す、すごいじゃない! 魔法で一撃だなんて!!」

「すげーな、レオン。いつの間にこんな魔法まで使えるようになったんだよ?」


 瞬殺で盗賊どもを一網打尽にした俺を見て、ユースティナとヴァンがそれぞれに褒めてくれる。嬉しいんだけど魔王に勝つにはまだまだなんだよなー。


「さて、と。次はキミだ、ユースティナ」

「ほ、本気……? 今ならたんまり褒美をもらえて、さらにわたしを助けた栄誉まで受けて、ロマンラングではもう何不自由なく――痛っ!」


 話してる途中で我慢できず、俺は彼女の頬をビンタした。

 本気じゃないよ? めっちゃ優しくだよ?


「ユースティナ、キミは地位も名誉も権力も、富も容姿もなにもかもを持ってる。でもだからこそ、他者を尊重し、良識ある振る舞いをしなきゃダメだ。身勝手ばかりじゃ、いつかキミの周りに誰もいなくなるぞ? ロマンラングの子供たちが憧れるような、誇りある大人にならなければ」

「…………っ」


 ユースティナは、俺がビンタした方の頬を押さえたまま俯いた。

 いや、痛むほどの力を入れて殴ったつもりはなかったんだけどな……え、筋力育ち過ぎ?


 なんだか、激しい後悔に苛まれているけど……仕方ない。


「行こう、ヴァン、クロエ。背中に乗るよ」

「ああ」「ガウ」


 手を出さず、ずっと俺の行動を見守っていてくれた二人に、俺は声をかける。


「…………」


 まだ、ユースティナはその場に立ちすくんだままだ。歩き出した俺たちに反応することもなく、視線を足元に落としたまま固まっている。


 はぁ、気まずいな……。

 でも、こういうときこそ大人が悪者になってやらなければならない。


 これに懲りて、彼女が少しは反省するといいけどなぁ。


「ちょっと、待ちなさいっ!」

「ん?」


 と。

 声に振り返ると、涙目のユースティナがこちらを必死の形相で睨んでいた。


「――死刑! あなたみたいな人は、死刑っ!!」

「…………はぁ」


 振り向いたまま、俺は思わずため息を吐く。

 俺の行動、てんで意味なし。



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