#49 別れ

「そこまでにしろよッ!!」

「――ッ!?」


 自ら両足を切り裂く恐ろしさに、俺が瞼を閉じたとき。

 少し遠いところから、切羽詰まった声が聞こえた。


 ルルリラだ。


「おい魔王、この人達には手を出さないって約束したろ」


『忍び』のスキルである移動術『瞬動しゅんどう』を使い、一気に俺たちのいる場所へと移動するルルリラ。魔王に正対するように立ち、毅然とした態度で言う。


「「「……ああ、確かにそう言ったな。院の連中とここにいる三人を無事なまま開放するなら、お前が俺の玩具になるって話だったか?」」」

「っ!?」


 魔王の口から語られた言葉を聞き、頭の血管がビキリと脈打つ。

 これは……怒りだ。


「レオン、剣を離して」

「…………っ」


 ルルリラは俺のすぐ隣に動き、再び振りかぶった剣の柄に、手を添えてくれていた。

 俺が自らの足を斬らんとするのを、止めてくれたのだ。


「魔王、レオンの氷を解け」

「「「へいへい。ったく、注文の多い女だなぁ。まぁ、嫌いじゃねえけどな」」」


 重く低い声で言ったルルリラの言葉に魔王が応え、俺の足と口元にまとわりついた氷が消えていく。


 ……こんな形で問題が解決しても、なにもよくない。


「ぷはっ! ル、ルルリラ、どうしたんだ? ヤツになにか……」

「いいんだ、レオン。ウチは――」


 俺は解放された口で息を吸いながら、急ぎルルリラに声をかける。

 が。


 続いた言葉は、思いもよらぬものだった。


「――自分の意志で、アイツのところに行くんだ」


 ルルリラの口から語られた言葉に、俺は眩暈を覚える。

 これは決して、酸欠だからじゃない。


「な、なんで……?」

「そんな……!」

「う、嘘でしょ?」


 アリアナとシェリの二人も、同じように目を見開いていた。

 魔王の三つ頭だけが、妖しくほくそ笑んでいた。


「アイツは言ったんだ。『世界は偽善と欺瞞だらけ。人の一生なんてもんは生まれた場所や家、環境でなにもかも決まってる。それなのに、どいつもこいつも善人面して自由だの平等だの正義だの言って。結局はイイトコに生まれた者勝ちだろ』って。……ウチがずっと思ってたこと、そのままだった」

「そんなのは魔王の繰り言だ! だまされちゃいけない!!」

「でも実際、金持ちはずっと金持ちで、貧乏人はずっと貧乏人だろ? それで思い出したんだよ。そんな世界をひっくり返してやりたくて、ウチは義賊やってたんだってね。……全然、変わんなかったけど」


 どこか自虐的に、ルルリラは苦笑した。


「それなら、魔王と行く必要はないだろ。俺たちとリバース村を大きくして、そこをいい街にすればいい。実際、そうなってきてるじゃないか」


 俺は一切、納得できるわけがなかった。

 魔王という存在が、ルルリラのことを本気で考えて言葉を紡いでくれるわけがないのだ。


 どう考えても、手前勝手な自分の都合や利己主義を、うまい具合におためごかしで語っているだけに決まっているのだ。


「……レオンに誘ってもらってリバース村を作っていくのは楽しかったよ。だけどやっぱり、ずっとウチには違和感があった。ウチみたいなのが、こんな風にしてていいのかなって」

「いいに決まってる!」

「「「その違和感こそが、そこにいたら幸せになれない証拠だろうよ」」」

「っ、黙れ!」


 会話に割り込んできた魔王へ、俺は怒鳴り散らす。


「「「失敬な野郎だなぁ。俺、こう見えて傷つきやすいんだぜ? ……ん?」」」


 話していた途中、魔王は俺の顔をまじまじと見つめたあと、頓狂な顔を浮かべた。

 が、俺はそっちを気にする余裕はない。


 今はルルリラを説得しなければならないのだ。


「ルルリラ、行くな。俺たちにはキミが必要なんだッ!」

「……ありがとう、レオン。でもウチ自身が心の底で、ヤツが言っていたことを肯定して、共感しちゃったんだ」


 ルルリラは一度、深く呼吸した。


「だから……みんなの側にいちゃいけないなって、思っちゃったんだよ」

「いいんだよ、どう思ってても! とにかく行っちゃダメなんだ!」


 俺は叫ぶ。

 もはや論理などなく、ルルリラを引き留めるために駄々をこねているような状況だった。


「レオン、ありがとう……嬉しいよ。でも、行くよ」

「ルルリラ!」

「「「ふわぁ。ようやく終わりか?」」」

「ああ。もう行こう」

「ルルリラっ!」


 話は終わり、と言わんばかりにルルリラが俺たちから目をそらし、魔王の方を向いた。

 ニヤリ、と魔王の口角が再び吊り上がる。


「「「ようやく辿り着いた人の土地で、魔王らしく酔狂で“人狩り”でもして楽しもうかと思ってたが、最高によさそうな女一人を持ち帰れるとは行幸だぜ」」」

「……これから人の土地に来るときは、必ずウチを連れて行けよ。無断で人狩りなんてしたら許さないからな」

「「「へいへい」」」


 魔王とルルリラは、俺たちに背を向けたまま歩き出す。


「「「あ、そこのお前も長ぇ講釈、ご苦労な。んじゃ、行くとするわ。くっふっふ、城についたらたぁっぷり楽しもうぜぇ」」」

「ごめん、みんな。行くよ。リバース村と、孤児院のみんなにも……よろしくね」

「ダメだ、行くなルルリラ!!」


 振りむこともなく、ルルリラは悲しげな声を置いていく。

 魔王の周辺に、あの濃密な魔力が集約しはじめる。


 転移魔法を使うのだろう。


「ルルリラッ!!」


 今を逃せば、すぐにはルルリラを連れ戻せなくなる。

 魔王城には独自の結界が張られており、魔王本人以外の空間魔法や移動石で簡単に行くことができないのだ。


「魔王ッ! 卑怯者め!! 俺と戦えっ!!」


 ルルリラに言葉が届かないと感じた俺は、魔王を標的にして、なんとかこの場にとどめようと声を上げる。


「「「イイ女とおっさん、どっちの相手をしてぇよお前は? くふふ、急がなくても、次に会ったらちゃんと殺してやるよ。じゃあな――」」

「…………ッ!?」


 最後に振り向き、おぞましく笑った魔王。

 次の瞬間には、空間魔法によってルルリラもろとも、跡形もなく消え去っていた。


 その場に残ったのは。

 抜け殻になった俺たちだけだった。



:【体力】が上昇しました

:【魔力】が上昇しました

:【筋力】が上昇しました

:【魔族殺し】の職業熟練度が大幅に上昇しました

:【一般パッシブスキル『地団駄』】を獲得しました

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