#27 主人公、ヴァン・オルフェン

「で、アンタらは何者なわけ? 返答次第では、容赦しないぜ」

「ガルルゥ」

「落ち着けクロエ。大丈夫だ」


 先程までの人懐っこい雰囲気を一瞬で消し去り、ヴァンはこちらへと鋭い視線を向けてきた。

 ヴァンから放たれる警戒心に反応してか、隣のクロエも緊張感を発している。


 ……こうなってしまっては、もう四の五の言ってられないな。


「警戒させてすまない。俺たちは怪しいもんじゃない。これを見てほしい」


 俺は一度両手をあげて敵対の意思がないことを示してから、片手だけを下げ『勇者証明』を取り出した。

 シュプレナード王から賜った、いわば正式な身分証明書だ。


 勇者証明を見た途端、ヴァンの目が大きく見開かれた。


「そりゃ『勇者証明』! なんだよ、めちゃくちゃちゃんとした身分の人なんじゃねーか。悪かったな」


 勇者証明を見たヴァンは、全身から発していた緊張を解き、こちらに笑みを向けてくれた。ところどころがはねた赤髪のショートヘアが、彼女の快活さを表現している。

 そして、一点の曇りもない朗らかな笑みは紛れもない美少女のそれで、人の心をほぐすような魅力があった。


 さすが、主人公という感じだ。


 実際にこうして対面してみると、ゲームの画面では伝えきれない明るい雰囲気や愛嬌みたいなものが、存分に発散されている。これこそまさに、主人公補正というやつか。


「オレはヴァン・オルフェン。ここはオレが生まれた村で、今は日課のパトロール中だったんだ」


 八重歯を覗かせた爛漫な笑みで、握手を求めてくるヴァン。

 口調は男勝りのままだが、くしゃっとした笑顔が非常に可愛らしい。


「俺はシュプレナード王国の勇者、レオン・アダムスだ。よろしく」


 名乗りながら、俺は握手に応える。

 指先は女性らしく華奢だが、その掌にはゴツゴツとした“剣ダコ”が無数にできていた。


 手を握るだけで、ヴァンが厳しい鍛錬を積んでいることがすぐにわかった。 


「オレ、こう見えても、この国の勇者候補の一人なんだぜ?」

「ああ、知っているよ」

「ん? ついさっき国王の使者から聞いたばかりなのに、アンタがどうして知ってるんだ?」


 おっと、また余計なことを言ってしまった。


「あーいや、ほら、今握手をして、キミが只者じゃないのはすぐにわかる。それだけの剣ダコができるほど研鑽を積んでいる人なら、勇者候補になっていて不思議じゃないと思ったんだ」

「ふーん、そうか。アンタ、なかなか鋭いな」


 またアリアナのときのようなミスをするところだったが、上手く誤魔化せたみたいだ。


「で、大国シュプレナードの勇者様が、こんな辺鄙な村になんの用なんだい? まさか旅行で来たわけじゃないんだろう?」

「ま、まぁそうだね」


 おっと、またもや言い訳を考えなくちゃいけない。

 こうして面と向かってヴァンに会うつもりはなかったから、こちらの意図をどう説明したものだろうか。


 まさか『キミに気付かれないように遠目から観察するつもりで来たんだけど見つかっちゃった!』などと言うわけにはいかない。通報案件である。


「最近、シュプレナード領内の村の近くで……新たに魔族が生まれる事案が発生した」

「な……っ。本当かよそれ!?」

「ああ、この目で見たからね」


 俺の話を聞いたヴァンは、事の重大さを察してか、一気に表情を曇らせた。


「まさか、この辺りでも魔族が生まれる可能性があるってんじゃないだろうな?」

「そのまさかなんだ。なぜ魔力濃度の低い人間の大陸で魔族が生まれたのかは調査中なんだけれど、原因究明と対策が済むまでは、俺やキミのような各国の勇者や精鋭が、周辺を警戒するしかないのが現状なんだよ」

「マジか……」

「その事実を伝播するために、俺が派遣されてきたって感じかな」


 現状を説明すると、ヴァンは自らの頭を乱暴に掻いた。


「……ひとまず状況は理解した。オレとしては、それなら一刻も早く魔王を討つのが先決じゃねーかと思うぜ」

「確かに。それは一理あるね」


 ヴァンの言葉に、俺も頷く。

 彼女の言う通り、それが一番抜本的な解決策ではある。


 魔族は、高濃度の魔力によって魔物が変異し誕生するが、魔王というヒエラルキーの頂点が消失することで、一定期間生まれなくなる。

 この事実は、この世界でも常識として皆が知っていることではあるので、ヴァンはそれを言っているのだと思う。


 しかし、だ。


 魔王を倒すということは、俺が『シャングリラ・ディストラクション』を使用し自爆するということでもある。


 よしんば、今の俺と仲間たちで魔王に勝てたとしても、なんの準備もなければ運命シナリオの強制力によって、俺はおそらく爆散することになる。


 それはいやだ。心底いやだ。


 せっかくこの世界に転生したのだ、もっと第二の人生を楽しみたい。

 前世だって、普通に帰宅していただけなのに、信号無視で突っ込んできたスポーツカーに理不尽に轢き殺された。


 挙句、今世でも自爆魔法で端微塵ぱみじんだなんて辛すぎる。


 よって今すぐ魔王を倒すというのは、俺にとっては得策ではないのだった。

 それと、個人的な都合の他にも心配なこともある。


「……確かに一理はあるんだけど、俺としてはもっと準備を整えてから、魔王には挑むべきと思っている。各国が連携して防備を万全にしておかないと、打倒魔王の勇者パーティーが留守の間に、新生魔族に国を乗っ取られるかもしれない」

「んー。まぁ、言われてみればそれはそうだな」


 魔王に挑む強者たちが魔領域へ向かい大陸からいなくなったタイミングで、もし強力な魔族が同時多発的に生まれでもした場合は、やはり危険だ。

 その可能性がゼロにできない限り、やはりまずは各国の防備を万全にするところからはじめるべきだと俺は考えていた。


「オーケイ。そんじゃとりあえずメシにでもすっか。腹が減ってはなんとやらってな。アンタらも来なよ、ご馳走してやっからさ」


 ヴァンはすぐさま雰囲気を変え、あっけらかんとした表情で歩き出した。どうやら、俺たちを歓迎してくれるみたいだ。この切り替えの早さは、さすが主人公といったところ。


 とにかく前向きで、決断も早い。


「よし、お言葉に甘えるとするか。な、クロエ?」

「ガウ!」

「そうこなくっちゃ」


 俺とクロエも、ヴァンのペースに乗っかることにした――が。

 突如。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 足元が、激しく揺れた。


「っ!?」

「ワゥッ!?」

「な、なんだ、この揺れ!?」


 木々が騒めき、大地が轟く。

 只事ではないと、生き物としての本能が叫ぶ。


「お、おい! アレ見ろっ!!」


 ヴァンが叫ぶと同時に、空を指さした。

 その方角へ視線を向ける。


「……た、大変だ……!」


 燦々と降り注いでいた日光が、大きく羽を広げたによって遮られる。その影が村全体を完全に覆い、黒く染めた。


 巨大生物、その姿は――エンシャントドラゴン。


 人類にとっての、絶望そのもの。


「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 山を引き裂くような咆哮。

 作中最強の、ユニークモンスター。


 喉が、乾ききっていた。



:【体力】が上昇しました

:【筋力】が上昇しました

:【知力】が上昇しました

:【精神力】が上昇しました

:【放蕩者】の職業熟練度が上昇しました

:【猟師】の職業熟練度が上昇しました

:【一般パッシブスキル『口達者』】を獲得しました

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