#11 犬が飼いたい
「ふぅ、今日もよく働いた」
額の汗を拭い、俺は深く息を吐いた。
エビデ村跡地での『街づくり』がはじまり、すでに一ヶ月近くが過ぎた。
シュプレナード本国から派遣された常備軍、大工や測量士などの技術者、それにギルドからの斡旋でやってきた労働者の方々は、野営をしたり本国を行き来したりしながら、跡地での作業を続けてくれている。
すでに畑は稼働しはじめ、いくつか家屋も出来上がりつつある。至って順調である。
今の俺の仕事はもっぱら、彼らの手伝いと素材・食料の調達だ。
村の周辺に多数生息していたイービルトレントを狩ることで、上質な木材がたくさんとれる。
さらに、少し離れたところには野生のレナード牛や、それを狙ってやってくるヴィレッジウルフが出るので、それらを狩って食材をたんまり仕入れると同時に、バトルによって自分のステータスアップにも繋がると言う一石三鳥状態。
夜はそれらを料理し、皆で味わい親睦を深める。
ちなみにヴィレッジウルフの肉の毒抜きが面倒だと愚痴っていたら、なんとアリアナがその毒を無効化する薬草を調合してくれた。なのでそれを使って香草焼きのようにしたら、これがまた美味いと評判になった。
毎晩の晩酌が楽しみで、日中の作業にも力が入るという好循環。
うん、異世界ライフが充実してるな。
連日の力仕事で身体はヘロヘロだが、これがたまらなく楽しい。
前世の頃、上司の何人かが日曜大工にハマっていたが、ちょっとだけ気持ちが分かった。
「と言いつつ、俺はまだこんなもんしか作れないんだけどな」
俺は、足元にある自作の小さな小屋を叩いた。ところどころガタついているが、一応形はそれっぽくできた。
大工さんたちの見よう見まねで、小さな小屋を作ってみたのだ。だがはっきり言って人が住めるサイズではないので、犬小屋などで使うしかない。
なんで作った、俺?
「……犬、飼いたいな」
そうだ、犬小屋でしか使えないのなら、犬を飼えばいいんだ。
俺は今『猟師』のサブ職業に就いているので、相棒の猟犬として立派に育て上げることができるはず。ずっと犬を飼ってみたかったしな。
で、犬と言えば間違いなく柴犬だ。俺の中では。
あのつぶらな瞳と、もふもふの耳に、フニフニのしっぽ、丸っこい脚。
どれをとっても、可愛すぎる。
異論は大いに認める。それぞれのマイフェイバリット犬がいていい。
愛おしくない犬など、たぶんこの世に一匹もいないのだから。
「……あ」
が、そこまで考えたところで、大きな問題にぶち当たる。
「柴犬は『魔領域』にしかいないんだったな」
柴犬はその名前から察する通り日本の犬種だ。
『LOQ』に酷似したこの異世界で、日本のような場所と言えば、それは――
――『魔属国家ジ・アポン』。
そこは人間と敵対する魔族が統治する場所。
しかも物語の終盤、魔王城へ向かう道中に通る国だ。
当然だが、正規のシナリオではアンシ村で俺(レオン)が仲間になったあと、移動石ではなく船で行くことになっている。
俺が今の時点で行けるということが、そもそものイレギュラーなのだが、心配なのは今の強さで果たして、ジ・アポンから無事に帰ってこれるのか、ということ。
能力値的には、レオンは主人公たちと合流してすぐにジ・アポンへと向かうため、通用しないということはないはず。
ただそれでも、他に強く育っている主人公やパーティーメンバーと一緒なわけで、不安がまったくないと言えば嘘になる。
でも……どうしても柴犬が飼いたい。
「前世以上に、自分に正直に生きるって決めたしな」
家で柴犬とまったり過ごす昼下がり――至福すぎる。
もう今はもふもふ動画も見れないし、この欲望は実際に飼うことでしか満たされない!
「行くっきゃないな」
今日までの一か月間、朝の日課も欠かさずやってきたし、肉体労働も力の限りやった。さらに毎晩美味しいメシと酒を楽しんだのだ、きっとライフステータスシステムで、大きく能力が育っているはず。
今日までの自分を、信じよう。
こうして、俺は単身で魔領域『ジ・アポン』へと赴くことを決めた。
大丈夫、いざとなれば移動石で逃げればいいし、なんとかなるさ。
そして、俺はこの後。
……自分の楽観主義を、心底後悔することになる。
◇◇◇
握りしめた移動石から、流し込んだ魔力の熱が引いていく。
ゆっくりと目を開けると、ゲーム内で何度も見た景色が広がっていた。
「……風が少し、冷たいな」
俺が今いる場所は、魔族の国の一つジ・アポンの辺境に位置する村だ。どうやら、狙い通りの場所に移動できたようだ。
ここ一帯には、日本人としては見なれた茅葺き屋根の家屋と、田園風景が広がっている。この日本的な風情は、ゲーム内では『ジ・アポン独自の文化』という風に設定されている。
「このマスク、思ったより視界が悪いな」
頭に被ったそれをもぞもぞと動かしながら、ぼそりとつぶやく。
今俺の頭には、顔全体を覆うように、狼のマスクが装着されている。これはヴィレッジウルフの頭と兜を組み合わせて作ったもの。
なぜ、こんなものをかぶっているのかと言えば。
端的に言えば、カモフラージュのためである。
今の強さでもし有力魔族に見つかってしまったら、勝てる気がしない。
なので、顔を隠すことにしたのだった。
幸い、魔族は亜人のような見た目の者が多いので、この狼マスクなら違和感はないというわけだ。
「さて、うろうろしてる野良の柴犬を探すぞー」
ともあれ、魔領域に長居は無用だ。
俺は目的の柴犬を見つけるため、周囲を見渡す。この辺でよく犬型の魔物とエンカウントしたので、野犬がいっぱいいるはず。
「ハッ、ハッ、ハッ」
「……いた」
草の切れ間に、さっそく発見。うお、しかも黒柴。お尻が可愛い。
俺はポケットに忍ばせておいた秘密兵器、自作した革のボールを取り出す。
こんなコロコロと転がる物体を前にして、お犬様が黙っていられるわけがない。
「それ」
「ワンッ! ワフ」
ころり、と見えるところにボールを転がした途端、一目散に飛びついた。あぁ、しっぽがふりふり揺れて可愛い。
「アフッ、ワフゥ」
「ほれほれ、こっちだぞー」
「アウゥ、ワウ!」
ボールをひょいと取り上げようとすると、あむあむして放そうとしない。なのでそのまま抱っこしてみた。
「……あぁ」
「アウ!」
胸に黒柴を抱いてもしゃもしゃしていると、もう、なんだろう。
うん、幸せしかない。
「ッ、クゥゥン……」
「おーどうしたどうした? 怖くないよー」
胸いっぱいの幸せを感じながらもふもふを味わっていると、急に黒柴ちゃんが怯えはじめた。ん、どうしたんだろう?
そこでふと、急に日が陰った気がした。
なんだ?
「……え?」
ふと、見上げると。
上に、大きな犬の頭があった。
それも、三つも。
「ケ、ケルベロスか!?」
「「「グルルルゥ…………グワォォォォォォォォ!!」」」
三つ頭の同時の咆哮が、鼓膜を激しく揺らした。
逃げろ!!
:【体力】が大幅に上昇しました
:【魔力】が上昇しました
:【筋力】が大幅に上昇しました
:【知力】が上昇しました
:【精神力】が大幅に上昇しました
:【運】が上昇しました
:【大工】の職業素養を獲得しました
:【料理人】の職業素養を獲得しました
:【テイマー】の職業素養を獲得しました
:【擬態使い】の職業素養を獲得しました
:【放蕩者】の職業熟練度が大幅に上昇しました
└【放蕩者】の職業レベルが『エキスパート』に達しました。
:【猟師】の職業熟練度が大幅に上昇しました
└【猟師】の職業レベルが『ビギナー』に達しました
:【食通】の職業熟練度が大幅に上昇しました
└【食通】の職業レベルが『ビギナー』に達しました
:【猟師のパッシブスキル『犬飼』】を獲得しました
:【一般パッシブスキル『危機察知』】を獲得しました
:【一般パッシブスキル『一騎駆け』】を獲得しました
====================
貴重なお時間をこの作品に使ってくださり、ありがとうございます。
続きが気になる、おもしろかった場合など、ぜひブックマークや★★★をいただけると作者、大変よろこびます!
読者の皆様の応援が書く力になっています!
更新がんばります!
よろしくお願いします!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます