第4話 急に何だよ、この空気

「散々メガネをバカにしやがって……」

「は? おれはメガネをバカにした覚えは、ねーよ」

「あっ、それもそうだな。間違えたよ、あたし。お前がコケにしてんのは、メガネじゃなくて、あたしだったな!」

「そうだよ。おれがコケにしてんのはメガネじゃなくて、お前! メガネそのものをディスってもいねーし……お前を除くメガネの人らのことを、ディスってもいねーよ」

「うん、そうそう……って! そんな風に、ストレートに言われるのも、やっぱりムカつくんですけどっ! お前って奴はマジで、クズ野郎だよなぁっ!」

「何だよ、そのノリツッコミってか、セルフツッコミは……。はあ~……サッムいねぇ~」

「うっせーんだよ、バカ野郎!」

「おいおい……クズでバカなのかよ、おれは。あーあ、それはそれは傷付くな~……」

「……それとも似たようなやり取り、さっきしたよな……」


 自分たちが度々、同じような掛け合いをしていることに気付いたからか、メガネ女子は少々お疲れな様子を見せた。そんな彼女を見ても、幼馴染みの男子はヘラヘラと涼しげな笑みを浮かべている。まるで自分たちが繰り広げている、痴話喧嘩を楽しんでいるかのように。


「ってか、お前……あたしのことを内弁慶って、ちい~っちゃな声で言っていたよな! さっき! それ、しっかりと聞こえていたからな!」

「……はあ~……やっぱり聞こえていたのか~、内弁慶っていう、NGワード」

「どうしてガッカリしてんだよ、お前が! そういうことになるんだったら、最初から言ってんじゃねーよ! あたしの地獄耳、ナメんなし! っつーか、あたしへのNGワードを堂々と言いやがって!」

「そうでしたねぇ~。そいっつあぁ~……すっみませんでしたぁ~!」

「ひょっとして、お前……あたしの地獄耳を分かっていて、わざとああいう言い方をしたんじゃあ……」

「それはぁ……神のみぞ知るっ!」

「逃げやがったな、この野郎……」

「ヒッヒッヒ……」


 幼馴染みの男子は、メガネ女子を興奮させて楽しそうである。恐らく彼は今、逆上せているのだろう。


「……まあ、メガネを掛け始めたばかりのときは、バカにされるというよりも、なぜだかスターみたいに扱われるんだよな」

「ああ~。確かにそうかもな」

「えっ。お前メガネを掛けていないくせに、そういうのが分かるの?」

「おい、くせにって何だ。そういう差別っぽい言い方は、やめろよな。お前の場合は『メガネを掛けているから~』なんて言われたら、猿みてーに顔を真っ赤にして怒るだろうよ。すっげー想像できるわー」

「……お前の方こそ、自分がバカにされたとき、すごいよね。さてはプライド、なかなか高いだろ?」


 幼馴染みの男子は、比較的クールな話し方をしていた。しかしメガネ女子は、しっかりと彼のイライラを感じ取っていたようである。隠しきれない怒りを指摘するメガネ女子は、どうやら機嫌が良くなっているみたいだ。


「……あ?」

「ほらほら、それ。もうヤンキーみたいな返事の仕方じゃんかよ。残念ながら、出ちゃってんだよ? あたしにムカついているっていうのが」

「はー? 出てねーし。そんなこと言うとか、お前……おれのことを意識し過ぎだろ? やべー奴だな~」

「キモッ! お前のことなんて、あたし意識してねーからな!」


 ニヤニヤと反撃してきた幼馴染みに対して、メガネ女子は勢い良く言葉を返した。すると、


「……」

「……ん? どした?」


 幼馴染みの男子は、一言も返さず、じっとメガネ女子を見つめた。それが意外な反応だったのか、メガネ女子は戸惑ってしまった。あれほどの減らず口である彼が今では、すっかり大人しくなって、目を丸くしている。今、自分が向かい合っている、小さいころからの付き合いの女子と同じように。


「……いっ、いやいや! 別に何でもねーよ! 単なる、一点ボケだから気にすんな! ああっ、おれは病気でも、何でもねーからな! マジでっ!」

「……ふ、ふぅ~ん……?」


 さっきまで、あれだけ飄々としていたのに、こんなにも取り乱している幼馴染みの男子。そんな彼を見て、メガネ女子は嬉しくはならなかった。まさかの展開に、これって……あたしが奴を手玉に取れるチャンスかも……などと思うこともなく、ただただ驚いてしまっている。


 ……何だよ、この空気ぃ~……。

 これなら、こいつに毒を吐かれっぱなしの方が、まだ全然マシだっつーの!

 一体全体、どうしちゃったんだよ~……。

 あんなに元気に楽しく、あたしのことをコケにしていたじゃんか!

 ……って、おい! 

 何を淋しがっているんだよ、あたしは!

 そんなの、まるでドMじゃねーか!

 ああもうっ!

 こいつが変な風になっているせいで、ますます頭がおかしくなりそうだよ、あたし……。

 うーん……よしっ!

 こうなったら、これしかないっ!

 

 困ってしまったメガネ女子は、自分と同じようになっている幼馴染みの男子を見ながら、あることを実行した。

 メガネ女子のとは、ズバリ!


「……ごっ、ごほんっ! とりあえずはっ! 話を戻すからなっ!」

「あっ、ああ! そうだな! お前、早く愚痴を言えよっ! 聞いてやるっ!」

「よ、よーしっ! 言ってやらあっ!」

「そうそう! その調子だよ、お前!」


 いつものように、まるで何事もなかったかのように、幼馴染みの男子との会話を再開させるということであった。

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