寄生茸2
『……』
寄生サンショウウオはさっきの【アイスショット】を警戒するかのようにこちらの出方を窺っている。
これはチャンスだ。今のうちにガーベラと打ち合わせをしよう。
「ガーベラ。守っていては勝てません。ここからは攻めましょう」
「そうね。あいつ、色んなやり方でこっちを眠らせようとしてくるんだもの。防いでばかりじゃらちが明かないわ」
うんざりしたように言うガーベラ。
戦ってみてわかったが、寄生サンショウウオの厄介さは催眠攻撃の多彩さだ。
催眠ブレス、遠距離からの催眠胞子ばら撒き、足元にキノコを生やしての催眠胞子噴射、突進を受け止めさせてからの近距離での催眠胞子ばら撒き。
すべてに対応するのは不可能だ。
加えて寄生サンショウウオは素の能力も相当高い。
眠らされたら強力な物理攻撃をもろに食らうことになる。
俺はもとよりガーベラでも即死だろう。
勝つためにはこっちから攻めて相手の行動回数を減らすしかない。
ペースを握らせたら駄目だ。
「でも、何か手はあるの?」
「一つ思いついたことがあります。うまくいくかわかりませんが……」
『オオオオオオオオオ!』
寄生サンショウウオはしびれを切らしたように体を大きく揺らした。背中のキノコから催眠胞子が撒き散らされる。
来た!
「またこれー!?」
「ガーベラは念のために催眠対策を!」
「わ、わかったわ!」
「それで私は――氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは冷ややかなる霜の吐息!」
一旦<初心の杖>はポーチにしまい、<妖精の鎮魂杖>を前方に向ける。
うまくいってくれよ……!
「【フロスト】!」
ブワッ!!
杖の先から放たれた冷気の風が催眠胞子を吹き飛ばした。
『――! ウガァ……!?』
寄生サンショウウオが怯んだように苦しそうな声を上げる。
その動きはやや鈍くなっているように感じる。
よし、できた!
「ユキヒメ、何をやったの?」
「私の魔術で催眠胞子を押し返しました。このやり方なら私も催眠対策ができます!」
ついでに【フロスト】の効果で相手の敏捷を下げるおまけつきだ。
胞子を跳ね返したところで発生源である寄生サンショウウオを眠らせることはできないが、相手の動きを制限するだけで十分意味がある。
「ブレスと遠距離からの胞子ばら撒きは私が何とかします! ガーベラはそれ以外の対処を! 隙があれば私が反撃します。あのキーボスはとても厄介ですが……私たち二人ならきっと勝てます!」
「私たち二人なら……」
「ガーベラ?」
「ええ、そうね。ふふん、やったろーじゃない! ユキヒメの背中は私が守ってあげるわよ!」
なぜか嬉しそうに言うと、ガーベラはやる気をみなぎらせて俺の前に陣取った。
<妖精の鎮魂杖>がある限りこの位置取りでもガーベラが俺の魔術に巻き込まれることはない。
遠距離からの胞子ばら撒きやブレスには俺の【フロスト】で、足元からの胞子噴射や突進攻撃にはガーベラが対応する。
「ガーベラ、【スリープガード】の再展開を!」
「任せなさい!」
俺が対処するタイミングで途切れがちな【スリープガード】を張り直してもらう。
「今度は足元から……! よし、防いだ! ユキヒメ、今よ!」
「はい! 氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは敵を穿ち削る氷槍――【アイシクル】!」
『――――ッッ!?』
逆にガーベラが対処するタイミングでは俺が反撃を差し込む。
寄生サンショウウオは“巨大なキノコを急速成長させて盾にする”という技も持っていたのでなかなか生命力を削れなかったが、俺とガーベラの連携が徐々にスムーズになっていったこともあり、こっちの優位が大きくなっていく。
そして……
「とどめです! 氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは略奪者を貫く氷の針――【アイスニードル】!」
ドスドスドスッ!
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!』
足元から伸びた氷の針が、寄生サンショウウオもろとも背中のパラサイトファンガスを貫いた。寄生サンショウウオは絶叫を上げると、その体を魔力ガスに変えて爆散した。
<レベルが上昇しました>
<新しいスキルを獲得しました>
脳内に魔力体のステータス変化を知らせる音声が響く。
勝った……!
「ユキヒメ、やったわね!」
「はい、やりました!」
二人でハイタッチ。今までにない強敵を倒したこともあって達成感がすさまじい。
「何とかなるもんね。いやー、一時はどうなることかと思ったわ……」
「あはは、本当ですね。ガーベラがいなかったら絶対に勝てませんでした」
「当然ね。で、でも、まあ、ユキヒメもまあまあ頑張ったんじゃないかしら?」
「……ふふ、ありがとうございます」
プライドの高いガーベラの性格を考えるに、これはかなり上位の誉め言葉なんだろう。
いつもの癖でステータスを確認する。
レベルは……51に上がってる。
キー部屋に入る前に一度上がっていたから、ボス戦だけで2上がったことになる。
また、新しいスキルが二つ増えていた。
【妖精連携】:妖精と共闘時に精神力の消費が減少する。
【睡眠耐性(弱)】:催眠に対する耐性向上。
睡眠耐性については原因がわかりきっているからいいとして、目を引くのは【妖精連携】のほうだ。
今回はいつも以上にガーベラと息を合わせて戦ったから獲得できたんだろう。
効果も地味ながらありがたい。
寄生サンショウウオ戦では魔術を連発したので、今ちょっと眠いんだよな。
精神力をここまで使ったのは初めてかもしれない。
「ユキヒメ、どうかしたの?」
「いいスキルが手に入ったので嬉しくて」
「ふーん。よかったじゃないの」
「ただ、一人だと使えないんです。なのでガーベラ、これからもずっと一緒にいてくださいね」
魔術師クラスに俺にとって精神力の確保は重要だ。【妖精連携】があれば、今後上位のダンジョンでも安定して探索できるだろう。
「……っ」
「ガーベラ?」
「な、何でもないわよ。……まったく、言い方がよくないのよ、言い方が」
ガーベラは顔を背けてブツブツと何事か呟いている。どうかしたんだろうか。
『雪姫君。仲睦まじいところ悪いんだが、ドロップアイテムの確認をしてもらえるかい?』
インカムから茜の声が聞こえる。心なしか呆れているような気がする。
「わ、悪い。すぐに見に行く」
寄生サンショウウオがいた場所に向かう。
そこには植物系の素材アイテムが大量に落ちていた。ガーディアンボスの部屋を開けるための鍵もある。
中にはうぞうぞと二本足でうごめくキノコも混ざっているが、これは<インプコマンダーの指>と同じくボス部屋まで案内してくれるアイテムだろう。
……何で案内系のアイテムは毎度ちょっとアレな見た目なんだろうか。
それにしても素材アイテムの数が多い。
協会のサイトで確認……いや、スマホで写真を撮って茜に送った方が早いか。
写真を撮ってメッセージアプリで送信っと。
「茜、メッセージは届いたか?」
『ああ、今届いた。――それに朗報だ。雪姫君、<竜癒草>はちゃんとあったよ。それも二つ』
「本当か!?」
『ああ。ふふ、私と雪姫君のぶんに足りるかだけが心配だったが……これで無事必要な素材が一つ埋まった。ありがとう雪姫君、よくやってくれた!』
興奮気味の茜の声。
確実性の乏しい計画だと思ってたが、まさか本当に<竜癒草>が手に入るとは。
<拡張マジックポーチ>から素材アイテム運搬用の鞄を取り出し、植物系の素材アイテムを適当に放り込んでいく。
全部ポーチに入れるのは容量的に無理なのでこういう工夫も必要だ。
ただしうっかり落とさないように二つの<竜癒草>だけはポーチ内に入れておく。
『あ、鍵と案内アイテムは破棄を忘れないように。でないと次にキーボスに入った人間が、自分より前に攻略した人間がいたことに気付いてしまう』
あ、そういえば俺は思いっきり協会の規約を違反してここにいるんだった。
「破棄ってどうやるんだ? っていうかそもそも破棄って……?」
『……そういえば君はダンジョン初心者だったね。戦果が華々しすぎてうっかり忘れそうになるよ。簡単に言えば、鍵の破棄はキーボス戦をなかったことにする行為だ。その場に鍵と案内アイテムを置いてキー部屋を出れば、自然と破棄が成立する』
「キーボス戦って各ランクで一回しかできないんじゃなかったっけ?」
『ガーディアンボスを倒してしまった場合はね。キーボスまでしか倒していない状態なら、各ランクで一回のみやり直しが可能だ。覚えておくといい』
茜がそう説明する。そういえば新宿ダンジョンのマザーホイールバグで心を折られた人が他のキーボスに挑んだ、なんて話を聞いたことがあったような。
ともあれ鍵と二足歩行キノコは放置していくことに。
初回攻略特典は惜しいが、今回ばかりは仕方ない。
あとは帰るだけだ。
「お待たせしました。それじゃ行きましょう、ガーベラ」
「ええ。……で、鍵の守護者との戦いも終わったわけだけど。何でアカネとは話し方が違うのかしら?」
ガーベラが半眼で鼻先まで詰め寄ってくる。かなりの迫力だ。
うーん……
リーテルシア様に相談しようかと思ったけど、もう話してしまっていいか。
ガーベラを信用しないのは失礼だし、一蓮托生のパーティメンバーとして隠し事はしたくない。
「わかりました、説明を――」
言いかけた瞬間スマホが振動した。
間が悪いな! 茜か?
「説明を?」
「……ちょっと待ってください」
スマホの画面を見ると……ん? 水鏡さん? しかもメッセージじゃなくて通話だ。
もしかして茜あたりから<竜癒草>が手に入ったことを聞いて連絡をくれたんだろうか。
通話に応じる。
「水鏡さん?」
『雪姫様、今すぐそこから逃げてください!』
「え?」
焦った声。
普段冷静な水鏡さんとは思えないような切羽詰まった雰囲気が伝わってくる。
「な、何かあったんですか?」
『説明している時間はありません! すぐにフェアリーガーデンに退避してください! よりによってあの少女が……とにかく急いで!』
「わ、わかりました」
何が何だかわからないが水鏡さんの尋常じゃない様子に気圧されて頷く。
どうなってるんだ?
通話を切る。
「ガーベラ、理由はわかりませんが急いだほうがいいようです。話は後で!」
「ええ? 仕方ないわねー……」
不満そうな顔をするガーベラを伴ってキー部屋の外に向かう。
一体何が――
「あれー? 先客いんじゃん」
前方から甲高い声。
そこにいたのは黒いローブを着た女の子だった。
年齢は十二歳前後だろうか。
ツインテールのピンク髪はところどころ黒のメッシュが施されている。
コンバートリングは通常の黒と異なり紫色だ。
手にはダンジョン用らしいスマホが握られている。
……誰だ? いや、ちょっと待て。何でここに人がいる?
水鏡さんが妨害してくれているはずじゃなかったのか。
「ん? アンタって……」
「な、何ですか?」
「んー……まあいいや。何でもなーい」
一瞬俺のことを知っているかと思って身構えたが、ピンク髪少女は俺の質問に答えずさっさと話を変えてしまう。
「それより、アンタもしかしてキーボス倒しちゃった?」
「あー……えっと、はい」
「え、ほんとに倒したの? うわサガるー……わざわざこんなキモいダンジョンに来たのに。だっるぅ……」
うんざりしたようにぼやくピンク髪少女。
どう答えたもんかな。
俺がこの場にいたことが人に知られるとまずい。
鍵と案内アイテムを渡せば俺のことは黙っててくれるか?
「って、待った待った! もしかしてそれ妖精じゃない!?」
ピンク髪の少女はガーベラに気付くと一気に表情を明るくする。
「何よあの小娘」
ガーベラが怪訝そうに眉をひそめる。
ピンク髪の少女はスマホをしまうと、入れ替えるように杖を取り出した。
まるで財布でも取り出すような気軽な動きで。
次の瞬間。
「こんなところで妖精と出会えるなんてラッキー! アタシの養分になーぁれ♡」
俺の真横を黒い何かが通り過ぎた。
それは影のような真っ黒な刃だった。
何かを切り裂く音が聞こえた。
「…………、え?」
ぼとり。
ガーベラの体は斜めに両断され、生々しい音を立てて地面に落ちる。
「ガーベラ?」
返事はなかった。
その目は見開かれたまま動かない。
時が止まったように。
ガーベラだったそれは、魔力ガスとなって弾けて消えた。
「いえーい、ステータスアップぅ!」
場違いな甲高い声が耳障りに響いた。
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