寄生茸

 キー部屋の中に入り、中央に視線を向ける。


 そこにあったのは……あれ、どう見てもキノコだよな。しかもでかい。前にテレビで見たラフレシアみたいなサイズをしている。


 メキメキメキメキッ!


『――ァアアアアアアアアア……!』


 キノコを持ち上げて地面の下から何かが現れた。


 さっきキー部屋の前で倒した巨大サンショウウオによく似たモンスターだ。

 だが明らかに様子がおかしい。口は半開きで、ヨダレがだらだらと落ちている。


 キノコはその背中から斜めに生え、軸から伸びる複数の管はドクドクと脈打ちながら巨大サンショウウオの体に侵入しているのが見える。


「何あれ、気持ち悪っ!」


 ガーベラが率直な感想を口にした。


『キー部屋に入ったようだね。敵の外見は?』


 インカムから茜が尋ねてくる。


「キノコを背負ったでかいサンショウウオみたいなモンスターだ。ただ、様子がおかしい。サンショウウオのほうは口を開けっぱなしで……何というか、苦しんでいるように見える」


『もう少し詳しく教えてほしい。キノコの色やサイズ、出現した時の動き方なんかは?』


「えっと――」


 俺が聞かれたことに手早く答えると、茜は答えを出した。


「それは寄生茸パラサイトファンガスだ。サンショウウオのほうはただの宿主。本体は背中のキノコのほうだ。……いい報せと悪い報せ、どちらから聞きたい?」


「……いいほうで」


『そのモンスターを倒せばほぼ確実に<竜癒草>をドロップするだろう。パラサイトファンガスは他のダンジョンでも出現するが、ドロップリストの中に<竜癒草>が存在する。キーボスなら九割がた落とすはずだ』


 それは朗報だ。ここなら<完全回帰薬>の素材が手に入るという茜の見立ては正しかったらしい。


『また、パラサイトファンガスは宿主に魔力を注ぎ込んで強化するが……宿主にされた沼山椒魚マーシュサラマンダーはBランクのモンスターに過ぎない。強化されたとしても、そこまで絶望的な能力値にはならないはずだ』


「悪い報せってのは?」


『そのモンスターは頻繁に状態異常攻撃を仕掛けてくる。神官クラスのガーベラ君なら治療はできるだろうが……君たちは二人しかいない。敵の攻撃が集まりやすいぶん、回復のタイミングが少なくなる。十分注意したまえ』


「わかった」


 状態異常攻撃か。今までそういったからめ手を使ってくる相手とは戦ったことがない。不安ではあるが、泣き言を言ってても仕方ないな。


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 寄生された巨大サンショウウオが咆哮を上げて息を大きく吸い込む。


『雪姫君、ガーベラ君に【スリープガード】を使うよう言ってくれ!』


 インカムからの茜の指示に従いガーベラに言う。


「ガーベラ、【スリープガード】を!」


「任せなさい! 聖神ラスティアよ、我に力を貸し与えたまえ。忍び寄る悪しきまどろみを撥ねのけよ! 【スリープガード】!」


 俺たちの体を緑色の光が包む。

 直後、寄生サンショウウオが溜めた息を吐いた。

 雲のような白濁した吐息が押し寄せる。


「わぷっ……」


「臭い! 何なのあいつ!」


 ガーベラが文句を叫ぶが、ダメージを受けた感覚はない。

 しかし直前まで俺たちを包んでいた【スリープガード】がなくなっている。

 どうやら今のブレスを防いだことで効果が切れたらしい。


『パラサイトファンガスに寄生されたモンスターは、相手を眠らせる攻撃ができるようになる。ガーベラ君の【スリープガード】を絶やさないように。【スリープガード】は一度睡眠攻撃を防ぐと効果が切れること、物理的なダメージそのものは防げないことに注意してくれ』


「あ、ああ」


『それと、敵はキーボスだ。普通の個体と違う行動をとってくるかもしれないから、気になることがあったらすぐに質問を』


「わかった」


 茜、本当にダンジョンに詳しいな……インカム受け取っといてよかった。


「……」


「な、何ですかガーベラ」


「ユキヒメ、アカネ相手だと喋り方が違くないかしら?」


「あー……これは何というか」


 TSについて隠すため、ガーベラには配信と同じく敬語で話している。でも冷静に考えると、これだとガーベラをのけ者にしているような感じだよな……


「……ずるい」


「え?」


「ふん、何でもないわ」


 どこか拗ねたように言うガーベラ。うーむ、ちょっと罪悪感が。リーテルシア様に相談して、ガーベラにも事情を明かすかもう一度考えてみよう。


 とはいえ今はキーボス戦だ。


「アカネは何て言ってたの?」


「【スリープガード】を切らすな、だそうです」


「ふーん。めんどくさいけど仕方ないわね」


 俺たちがやり取りを終えたのと同じタイミングで。


『――!』


 バサバサバサッ!


 寄生サンショウウオが体を揺すって背中のキノコから白い煙――おそらく胞子を撒き散らした。色からしてさっきのブレスのように相手を睡眠状態にする効果があるんだろう。


「ガーベラ!」


「さっそくね。聖神ラスティアよ、我に力を貸し与えたまえ。忍び寄る悪しきまどろみを撥ねのけよ! 【スリープガード】!」


 胞子が俺たちのもとに到達する。案の定睡眠効果があったようで、ガーベラが張った【スリープガード】が消失する。眠気は……よし、来ない。きっちり防げているな。


「ガーベラ、【スリープガード】の張り直しを――」


 ――ダンッ!


 煙幕のようになっている白い胞子の奥で、寄生サンショウウオが足を踏み鳴らすような音が聞こえた。


 直後、ボコボコボコボコッ! と俺たちの足元でフジツボのように大量のキノコが生える。

 そのキノコの群れはカサの中央を俺たちに向け、軸を一気に膨らませる。


 ……うげ、嫌な予感!


 足元のキノコはそれぞれから白い胞子を吐き出した。


「「わぷっ……!」」


 もろに催眠胞子を浴びる俺とガーベラ。

 くそ、防ぐ暇がなかった!

 一気に瞼が重くなる。

 ぐらぐらと視界が揺れ、倒れ込みそうになる。


 これが睡眠状態か……! やばい、意識が飛ぶ。


「ぐきぎき……聖神ラスティアよ、我に力を貸し与えたまえ。彼の者をさいなむ睡魔を取り除け、【アンチスリープ】……!」


 眠気に抗いガーベラが睡眠解除の魔術を使い、その瞬間目が冴える。た、助かった。

 安心したのもつかの間――


『アアアアアアアアアア!』


 催眠胞子の残滓を突き破って寄生サンショウウオが突っ込んできた。

 少しは休ませろよ!


「ああもう、ちょっとは休ませないよ……! 聖神ラスティアよ、我に力を貸し与えたまえ。強固なる光の盾にて、彼の者に襲い来る苦難を撥ねのけよ! 【アークバリア】!」


 ドガンッ!


 ガーベラの張った障壁魔術が寄生サンショウウオの突進を受け止める。衝撃波がキー部屋を駆け抜けた。


 【アークバリア】は【バリア】の強化版だ。にもかかわらずギシギシと障壁が嫌な音を立てている。


「ぬぐぐぐぐっ……!」


 障壁と突進の押し合いが数秒続く。


『――』


 バサァッ!


 半透明の障壁の向こうで寄生サンショウウオが体を左右に揺すった。

 水を払う犬のような仕草だ。その動作に合わせて背中のキノコから催眠胞子が壁を乗り越えてこっちに向かってくる。


「「――っ!?」」


 霧のように周囲を満たす催眠胞子に触れた俺たちは再度強烈な眠気に襲われる。


「ガーベラ、【アンチスリープ】を……!」


「……すやぁ」


 ガーベラ!?


 【アークバリア】によって突進攻撃を受け止めたガーベラは、そのぶん寄生サンショウウオに近かった。そのせいで俺より早く――睡眠解除の魔術を使う暇もなく眠りに落ちてしまった。


 障壁が消える。

 くそ、俺も意識を保つのが限界だ……!


『オオオオオオオアアアアアア……!』


 巨大サンショウウオが耳障りな雄たけびを上げながら口を開いた。ガーベラを食い殺そうとするように。


 まずい。動け、動け動け動け! このままだとガーベラがやられる!


 何かないか。

 どうにかこの眠気を飛ばすような何かは――!











『雪姫たん可愛いね。ぺろぺろさせてくれない?(野太い声)』











「……ぉえっ」


 何だろう。今何か認識するのも抵抗を覚えるほど嫌な音声が聞こえたような。




『将来は俺のお嫁さんになってくれないか?(極太ボイス)』


『雪姫ちゃんを想って曲を作ったよ。それじゃあ歌います――“雪姫ちゃんを生みたい”(低音)』


『ハァハァハァ……雪姫ちゃん……今日のパンツは何色かな? ハァハァハァ(興奮気味の野太い声with耳元で囁かれているような吐息))』




「あー! あーっ! んあああああああああ!」


 やっぱり気のせいじゃない!

 というか何だこの常軌を逸した音声の数々!? 子どもが聞いたら一生モノのトラウマになりかねないぞ!?


 いや、今はそれより……あまりの気持ち悪さで眠気が飛んだ!

 ガーベラを助けるんだ!


「【アイスショット!】」


『――――!?』


 <拡張マジックポーチ>から<初心の杖>を取り出し無詠唱で氷の弾丸を放つ。


「【アイスショット】、【アイスショット】、【アイスショット】!」


『ウグゥ……!』


 【アイスショット】を連打。【一撃必殺】は発動せず、<薄氷のドレス>の効果も使っていないためダメージは微々たるものだ。しかし予想外の攻撃だったからか寄生サンショウウオは驚いたように後退した。


「ガーベラ、起きてください!」


「むにゃ……って冷たぁ!? ほっぺ冷たぁっ!」


 【アイスショット】の破片を当てるとガーベラは案外すぐに目を覚ました。


「急いで【スリープガード】を!」


「わ、わかったわ」


 ガーベラに催眠対策を任せてから俺はインカムを軽く叩いた。


「茜! さっきの音声はお前の仕業だな!? 一体何をした!?」


『私なりの催眠対策だ。眠気は飛んだだろう?』


「気が狂うかと思ったんだが!?」


 助かったのは事実だが、絶対に他に何か手段があったと思う。


「というかどうやって用意したんだよあんなの……」


『君のTwisterアカウントに届いたDМを適当に合成音声で喋らせたんだ。君のファンはなかなか個性的な人が多いようだね』


「ああ、どうりで既視感があると……ってDМ? あれは確かアカウント管理者しか見えないはずだよな?」


『発案は月音君だ』


 OK。あいつは一週間おやつ抜きだ。


『しかしここまで効果があるとは思わなかった。雪姫君、もっと積極的に攻めるといい。寝そうになったらまたさっきの音声を流してあげよう』


 …… 


「ガーベラ、二度と睡眠攻撃を食らわないようにしましょうね」


「ゆ、ユキヒメ。顔が怖いわよ」


 次にあの音声を耳元で流されたら俺の精神は崩壊するだろう。生きて帰るためにもここからの戦いはより集中する必要がある。

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