箱根ダンジョン

「ここで会ったが百年目よ! よくもユキヒメに手を出そうとしたわね!」


 あーややこしくなった。


 作戦会議を終えた後、もろもろの準備を整えて俺と水鏡さんは新宿ダンジョン経由でフェアリーガーデンにやってきた。

 会議の中でリーテルシア様から許可をもらえたため水鏡さんも一緒だ。

 そしてやってくるなり、待ち構えていた金髪ツインテールの妖精が水鏡さんに食って掛かったのだ。


「……茜お嬢様の責任は私の責任。時間がなかったとはいえ、雪姫様と接触するために強引な手段を用いたことは償わなくてはなりません」


 目を伏せてそんなことを言う水鏡さん。


「ふん、なかなか潔いじゃない! そんなら鉄拳制裁で勘弁してあげるわ!」


「待て待て、落ち着けガーベラ。その話はもう済んだから」


 間に割って入る。


「でも!」


「落ち着きなさいと言われているでしょう、ガーベラ」


「むがががが」


 どこからともなく植物のツルが伸びてきて、ガーベラの口に巻き付いた。


「リーテルシア様」


「すみません、ガーベラが迷惑をかけました。この子もユキヒメが心配だったようで」


 やってきたのはリーテルシア様だ。


「あはは、心配してもらえるのは嬉しいですよ」


「そう言ってもらえると救われます。改めて――ようこそユキヒメ、そしてユキヒメの協力者。確かミカガミと言いましたか」


「はい。探索者榊水鏡さかき みかがみと申します」


「蒸し返すつもりはありませんが、私もガーベラ同様、あなたとアカネの強引な手口には憤りを覚えます。急ぐ事情があったのはわかりますが、今後ユキヒメに危害を加えないように」


「わかっております」


「それさえ守れば、私もあなたたちに協力しましょう」


 リーテルシア様は釘を刺しつつも水に流す対応を見せた。


 今後の関係を考えればこれがベターだろう。リーテルシア様の対応を見て、ガーベラも「お母様がそう言うなら……」と怒気をひっこめた。


「時間がないのでしたね。本来ならユキヒメとお茶でもしたいところですが、すぐにハコネダンジョンへの道を開きましょう」


「お願いします」


 リーテルシア様が水平に手をかざすと、地面からいくつも木の根が伸びる。それらは絡まり合って一つの球体を作り、完成すると白い光を放った。


 これ、ダンジョンクリアの後にたどり着けるダンジョンの出口に似てるな。

 ダンジョンの出入り口を作ると自然とこういう形になるんだろうか?

 でも、前にフェアリーガーデンから新宿ダンジョンに戻った時はこんなものなかったような……


「この球体に触れればハコネダンジョンに行くことができます。また、仮にあなたたちが迷宮内で命を落としても、追い出されるのはシンジュクダンジョンからとなります」


 あ、作戦会議の中で言ってたダンジョン内で負けた時の対策か。


「本当にそんなことが可能なんですね」


「ええ。興味があれば詳しく説明しても構いませんが……」


「……また今度で」


 気にならないこともないが、今は時間が惜しい。


「では、行きましょう」


「はい」


「あたしも行くわよ!」


「もちろんです。頼りにしていますよ、ガーベラ」


「三人とも、くれぐれも気をつけてください」


 リーテルシア様に見送られる中、俺、水鏡さん、ガーベラは箱根ダンジョンへと転移した。





「……視界が悪いですね」


 箱根ダンジョンに足を踏み入れ、俺は最初にそう呟いた。


 基本的には木々の多い森のダンジョンだ。新宿ダンジョンと違って足元が泥のようになっており、歩きにくい。

 装備品は普通の服と比べて汚れがつきにくくなっているが、行動面で不便だ。


 何より特徴的なのは視界を覆う霧だろう。

 前がろくに見えず、モンスターも気配はすれど姿は見えない。


「これが鍵の守護者の部屋かしら?」


 ガーベラの言う通り、すぐ近くにはキー部屋がある。


 神保町ダンジョンの時のような小部屋式ではなく、新宿ダンジョンのようなドーム式だ。半透明のドームが広がり、内部は見えない。ハードホイールバグの時同様、挑戦者が中に入ったタイミングでキーボスが出現するようだ。


「本当に、ここまであっさりとキー部屋にたどりつけるんですね……」


 信じられないというようにおののく水鏡さん。


「水鏡さん。今更ですが、キーボス戦の間って外から部屋の中は目視できるんですか?」


「いえ、不可能です。キーボスとの戦いが始まると、キー部屋は黒い膜に覆われ外部から見えなくなりますから。内部からはそれまでと変わらないように見えますが」


「そうですか……水鏡さんにリアルタイムで助言をもらえたらと思っていたんですが」


 ドームの内部が外から見えないんじゃどうしようもない。


「そちらはお嬢様にお任せしましょう」


「そうですね」


 俺は<拡張マジックポーチ>から事前に持ち込んでいたインカムを取り出した。


「ん? ユキヒメ、何それ」


「外部と連絡を取るためのアイテムです。今回は何があるかわかりませんから」


 これはダンジョン用スマホと同じく頑丈な素材で作られており、ダンジョン内からでもこれ単体で外部と連絡が取れるアイテムである。俺の私物ではなく茜から借りたものだ。


 あらかじめ登録されている連絡先に通話をかける。


『聞こえるかい? ユキヒメ君』


「ああ、聞こえる。そっちはどうだ茜」


『問題ない』


 通話先は同じ機種のインカムを持っている茜だ。


 今回の相手は誰も見たことがない未踏破エリアのキーボス。

 また、配信も当然できないのでいつものように視聴者から敵のヒントをもらうこともできない。

 そのためダンジョンに詳しい茜と通信し、逐一助言をもらいながら戦うことになっている。


『今回は通話のみで映像がない。そちらの状況は口頭で伝えてもらいたい』


「わかってる」


 本当は配信用ドローンを利用してキーボスの映像を茜と共有したいんだが、仮に俺が負けた場合俺の配信用ドローンがキー部屋に残ってしまう。


 すでにBランクダンジョンをクリアしており、キー部屋に入れない水鏡さんではドローンを回収できないので、リスクが高いと判断して今回は使わないことにした。


 落として困るのは装備品も同じだが、探索者に対するその日最初のデスペナルティはステータスダウンで固定らしいので一旦それは無視していい。


 というかこの仕様、作戦会議で茜に教えてもらうまで知らなかったんだよな……本当にダンジョンは覚えるべきルールが多くて困る。


 あと確認すべきことは……


「水鏡さん、<死蜂の小太刀>は大丈夫ですか?」


 水鏡さんには俺とガーベラがキーボスを倒すまでここで見張りをしてもらうことになる。他の探索者ともめるかもしれないし、モンスターも来るだろう。


 ヒビを入れておいて言うのも何だが、装備品が無事かどうかは気になる。


「そうですね――」


 水鏡さんが答えようとした途端、ブウウン……と羽音が響いた。


「敵よ! なんかでかい虫!」


 ガーベラがそんなことを叫ぶ。


「数が多くて面倒だけどやったろーじゃない!」


「いえ、ここは私が」


「え?」


 水鏡さんは気炎を吐くガーベラの横を通り抜け前に出る。霧を破って飛び込んでくる、小型犬くらいあるトンボのような虫型モンスターの群れに肉薄し――ザザザザザンッ! と高速で小太刀を振るう。


『『『ギィイイイイイイイイイイイイイイ!?』』』


 十体以上いたトンボ型モンスターがすべて爆散した。


 …………あれ、全部【死点撃】で倒したのか……


 弱点箇所を攻撃することで敵を即死させる水鏡さんの十八番。それはいいんだが、なんで同時に十体近い敵が倒せるんだろう。こえーよSランク探索者……


「問題ありませんね。来る前に屋敷の錬金炉で修繕した甲斐がありました」


「よ、よかったです」


 もしかしてそれを証明するためにわざわざ<死蜂の小太刀>で戦ったのだろうか。ちょっと申し訳ないような……って、水鏡さん相手に心配なんて逆に失礼か。


「雪姫様のほうこそドレスに違和感はありませんか? 錬金炉を使っていましたが」


 俺はその場でくるりと回ってみる。……うん、問題なしだ。


「そうですね。特には」


「それは何よりです。しかし雪姫様、下着が見えかねないような無防備な所作は控えた方がよろしいかと」


「え!? あ、はい! 気を付けます!」


 最初にユニーク装備をお披露目した時に視聴者からリクエストされたせいで、何か変な癖がついている気がする……! 気を付けよう。


「幼げで大変可愛らしくはありますが」


 水鏡さん。その評価は本当に勘弁してください。


 そんなことを話していると、さっきのモンスターから続くように、ズルル……とまた音が響く。


 またモンスターか!

 霧を破って現れたのは、今度はぬめっとした両生類型のモンスターだった。

 見た目は青色のサンショウウオのような感じだ。

 ただしサイズがでかい。全長四、五メートルくらいありそうだ。


 ……


「雪姫様、お下がりください。ここは私が」


「引っ込んでなさいミカガミ、今度はあたしがやるわ!」


「いえ、水鏡さん、ガーベラ。私にやらせてください。Bランクモンスターと戦えるのか確かめておきたいんです」


 それに前回のガーディアンボス戦で新しく習得した魔術もある。

 須々木崎邸の地下室で試し打ちも少しだけさせてもらったが、一度くらい実践で使っておきたい。


「……わかりました。雪姫様がそうおっしゃるなら」


「むー……仕方ないわね」


「ありがとうございます」


 水鏡さんとガーベラが下がり、俺が前に出る。

 ……さて、言ったはいいが本当にやれるんだろうか。

 いや、怯むな。通常モンスターくらい倒せないのにキーボスなんて倒せるわけがない!


『シュウウウウウウウウウウウ!』


「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは血肉留める厳しき冷気」


 <妖精の鎮魂杖>を構えて突進してくる巨大サンショウウオに魔術を放つ。


「【フリーズ】!」


『――!?』


 ガキン! と巨大サンショウウオの動きが止まる。


 今までなかった魔術での拘束手段【フリーズ】。レベル36で習得したこれは相手単体を凍らせ拘束する。


 同じ拘束でも【氷の視線】と違って相手と目を合わせなくても発動できるのがいいところだ。霧が濃い場所でも問題なく敵の動きを封じられる。

 ……まあ、レジストされる可能性がある点は変わらないんだが。


 相手を拘束状態にしたことで【冷酷非道】のスキルが発動するのもありがたい。

 続けて詠唱に入る。


「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは略奪者を貫く氷の針――【アイスニードル】!」


 ドスドスドスッ!


『――――ッッ!?』


 地面を割って極太の氷の針が突き出した。その数五本。


 【アイスニードル】も【フリーズ】同様この前のガーディアンボス戦で新しく習得した魔術だ。特筆すべきは同時に複数個所を攻撃できる点。これによって俺は多数の敵や動きの速い敵とも戦いやすくなった。


 氷の針に貫かれた巨大サンショウウオはあっけなく絶命した。



<レベルが上昇しました>



「勝てた……」


「えぐ……またとんでもない魔術を身に着けたわね、ユキヒメ。そのくらいじゃないと妖精の協力者にはふさわしくないけど!」


「さすがです、雪姫様」


「ありがとうございます、二人とも」


 どうやら俺の魔術はBランクでも通用するようだ。

 キーボスも何とかなる……と、信じたい。


 それじゃキー部屋に入るか。

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