須々木崎茜4
「話を進めよう。一般的なポーションでは事態を解決させられないと判断した私は、一般的ではないポーションを作るしかないと考えた」
「それが最初に言ってた<完全回帰薬>か?」
「ああ。肉体の欠損、病気、果ては超自然的な霊障まで排除する究極のポーションだ」
「そんなもの、探索者協会のデータベースに載ってないぞ」
「載せていないんだ。これは本当に貴重な薬だから、協会が情報を秘匿している。材料の値段を吊り上げられたらシャレにならないからね」
「何でそんなものの作り方をお前が知ってるんだ」
「<完全回帰薬>のレシピを発見したのが祖父の研究チームのメンバーだからさ。屋敷に資料が残っていた」
「……」
都合の良すぎる話に感じるが、茜の祖父の屋敷には人を幼児化させるマジックアイテムが遺されていたらしい。
そんな希少なものがあるなら、強力なポーションのレシピくらいあってもおかしくない……ような気もする。
「私は<完全回帰薬>を作るために動くことにした。必要な素材五つのうち、三つはすでに入手のアテがある。そして残る二つのうち一つが、日本にあるBランクダンジョンのキーボスから入手できる……と予想している」
「予想?」
「何せ未踏破エリアのキーボスだからね」
俺は呆れながら言った。
「未踏破エリアの、誰も見たことがないキーボスのドロップアイテムが何でわかるんだよ」
「ダンジョンの地形や出現モンスターのタイプ、ゲートが出現した場所。ヒントはいくらでもあるさ。私は祖父と一緒に世界百か所以上のダンジョンを調査した。その経験と探索者協会のデータを合わせれば、予想をつけるのは容易だ」
「その予想を信じろって? 説得力がなさすぎるぞ」
<完全回帰薬>が存在する証拠はない。
その素材が茜の言うダンジョンで手に入るかどうかもわからない。
そんな話を信じて動けなんて無理がある。
「もっともな意見だ。では、君はこれまで通り錬金レシピが公開されているポーションを試し続けるかい?」
「……それは」
さっきポーションをいくつも飲んでまったく意味がなかったことを思い出す。
「真っ当なポーションで効果がないなら、自分で考えて試すしかない。アテがあるだけマシだと思うよ。もっともどうしても乗り気になれないなら、話はここまでだが」
「くそ、わかったよ。続けてくれ」
「承知した。――さて、このキーボスを狙おうと決めた際、問題が二つ出てきた。一つは私の味方がそもそもキーボスに挑戦できないこと。彼女は実力のある探索者だが、Bランクダンジョンはすでにクリアしてしまっているからね」
ダンジョンの仕組みの一つに、“すでにクリアしたダンジョンのランク以下のボスモンスターとは戦えない”というものがある。
茜の味方とやらがBランク以上の探索者なら、目的のキーボスが出現するキー部屋に入ろうとしても謎の力で弾かれてしまう。当然キーボスとも戦えない。
「そこで私はBランク未満の探索者の中で、協力者にできそうな人物を探した。条件は実力があることと、未踏破エリアのことを他言しないことだ」
「……まさかあなた、未踏破エリアのことを協会に報告してないの!?」
月音が声を上げる。
未踏破エリアは発見したら協会に即座に報告しなくてはならない決まりがある。
「探索者が大勢詰めかければ素材を入手できる確率が下がる。仕方がないことだ」
「ろくでもないことばっかりしてる……」
呆れる月音に同意だ。
「それで、俺がその条件に当てはまるって?」
「ああ。神保町ダンジョン攻略配信でガーディアンボスを倒した後、君は『友人を助けたい』と演説していただろう? あの時点で私は君が性転換しているとは知らなかったが、必死なのは伝わってきた」
茜は俺の訴えを聞き、<完全回帰薬>の材料入手のためなら、未踏破エリア秘匿というグレーな行為にも加担すると踏んだようだ。
「実力に関しても有望だ。ランクやらレベルやらは不足しているが、そこは私の味方を貸し出そう。彼女ならD、Cランクダンジョンのキー部屋やボス部屋までの護衛くらい造作もないし、高効率のレベル上げも可能だ」
相当俺の実力が買われているらしい。
月音が慌てて割り込んでくる。
「そ、そんなことしたらお兄ちゃんの配信ファンがどんな顔するか! キャリーに加えてパワーレベリングとか炎上しかねないよ!」
「……君たちがダンジョン配信をしているのは、雪姫君の体を元に戻すためだろう? 配信を優先するのは本末転倒だと思うが」
「ぐぬっ……」
嫌なことを言われた、というように黙り込む月音。
「それに悪いが雪姫君がゆっくりランクを上げるのを待っている時間がない。問題のもう一つは、競争相手がいることだ」
「競争相手?」
「私たちと同じく未踏破エリアを発見しておきながら、それを探索者協会に報告していない連中がいる。目当ての素材アイテム――<竜癒草>を確実に手に入れるには、彼らより早くキーボスを倒さねばならない」
ん? ちょっと待て。
「キーボスをその邪魔者たちの後で倒せばいいだけだろ。ガーディアンボスと違って初回攻略特典があるわけでもなし」
「君は知らないのか? キーボスを最初に倒した者にはレアアイテムが確定ドロップする」
「……そうなのか?」
「ああ。キーボスのレアドロップはガーディアンボスと違い、初回以降の討伐でもまれに発生するがね」
俺が神保町ダンジョンで倒したキーボス、インプコマンダーからは効果の高い<邪精操りの拡声器>がドロップした。レアドロップであるあれは初回以降でも確率こそ下がるが、入手できる可能性はある、ということらしい。
つまり、最初に討伐した場合と二番目以降では大きな差がある。
「競争相手も私の味方も、まだキー部屋は発見できていない。とはいえ時間の問題だろう。こちらが先にクリアするには、急いで雪姫君を鍛えて送り込むしかない。――これが私が強引に雪姫君と接触した理由だ」
茜はそう言って話を締めくくる。
ここまでの話をまとめよう。
・茜=ストーカーの“あかね”。透明化のマジックアイテムを持っており、これで俺の住所特定や不法侵入をした。
・茜は十八歳だが、謎の石像型マジックアイテムによって子どもの姿になっている。
・茜には信頼できる協力者がいる(強い探索者。「彼女」と表現しているからたぶん女性)。
・俺と茜は体を治すためには普通のポーションでは無理。<完全回帰薬>を使う必要がある。
・<完全回帰薬>の材料は五つ。茜はそのうち三つに入手のアテがある。
・残る二つのうち片方はBランクダンジョンの未踏破エリアにある可能性が高い。ただし手に入れるにはキーボスを最初に撃破する必要あり。
・Bランクダンジョンの未踏破エリアには他の勢力もいて、彼らより早くキーボスまでたどりつかなくてはならない。
……だいたいこんなところか。
情報量が多いな。
「何か質問はあるかな?」
「そうだな……お前、透明化のマジックアイテムなんかどこに持ってたんだ? まさかこの懐中時計か?」
「ああ。中の針を動かして時間を指定し、その時間まで透明化できる。インターバルはあるがね」
とんでもない代物だ。
これ、俺たちの姿を変えた石像並に強力なマジックアイテムなんじゃ……
「<竜癒草>があるダンジョンはどこだ?」
「関東のどこかとだけ。君たちが組んでくれると約束してくれればすぐに言う」
「話に出てきた“味方”っていうのは?」
「昔馴染みの女性だ。名前は
「みかがみ……?」
月音が呟く。何か気になることでもあったのか?
不意に茜がこんなことを言った。
「ああ、水鏡の話をして思い出した。吹場組のヤクザが近くに来ていたようだよ」
「……何だって?」
唐突な情報に戸惑う。
吹場組と言えば国内屈指の大規模な暴力団だ。
ダンジョン探索に力を入れているという噂を聞く。
「おそらく君を尋問して妖精の情報を奪うためだろうね」
「ハッタリ……じゃないのか?」
「疑うなら私のスマホを見てみるといい。画像メッセージが来ている。ちょうど私が君の前に姿を現す直前のものだ」
言われた通り、俺は茜のドレスのポケットからスマホを取り出し、茜の指紋を使ってロックを解除。
メッセージの新着欄――“榊水鏡”なる人物とのトークルームを確認する。
「ほ、ほんとじゃん!」
横からスマホを覗き込んだ月音が声を震わせる。
トークルームに送られた数枚の画像。
一台の車の周辺に、柄の悪そうな男が何人も倒れている。
そしてその場所はうちの近所だった。
「……っ」
危険が間近に迫っている感覚があり、悪寒が走る。
「心配しなくても、私の味方がすでに無力化済みだ。警察にも連絡している」
確かにその旨のメッセージがある。
「私の協力者になってくれるなら、二人を私の屋敷に招待するよ」
「……どういう意味だ? この家はすでにヤクザに知られているからか?」
「それもないとは言わないが、単純にセキュリティがこの家とは段違いだ。警備用のゴーレム、魔力紋認証システム、特殊素材の外壁。屋敷にいる間は絶対の安全を保障しよう。ヤクザ程度何人来ようと無意味だよ」
断言する茜。
ヤクザが来ようと、俺一人なら【コンバート】を使えば何とかなるかもしれない。
しかし月音はどうなる?
この家のそばにいたのは、俺を待ち構えるためではなく、本当は月音を捕まえて人質にするためだったかもしれない。
だが、だからといって茜を信用するのか?
こんな何を考えているのかわからないやつを?
俺は深呼吸をした。
「……時間をくれ。悪いが今すぐには結論は出せない」
「……まあ、信頼関係の構築を怠った私の落ち度だね。だがあまり時間はない。明日中に結論を出してほしい」
「わかった」
「では、他に質問がなければ話は終わりだ。今日のところは帰るとしよう。この拘束を解いてくれるとありがたいんだが」
月音の目配せに頷きを返す。
一連の会話は録音している。
茜の若返りに言及している部分を切り取れば茜を破滅に追い込むことは可能だ。
すでにクラウドに上げているからスマホを壊されても問題ない。
今更茜が攻撃してくることはないだろう。
月音が茜の拘束を解き、持ち物を返す。
「懐中時計は返さないが、文句ないよな」
「仕方ないね」
懐中時計だけは没収したままだ。
こいつにこんなものを渡したままいられない。
茜はそれを覚悟していたようで、ごねたりはしなかった。
その後茜と俺は連絡先を交換した。
「では、連絡を待っている。もっとも私の手を取るのが最善だと思うがね」
「……それはまだわからない」
「そうか」
家を出ていく茜を見送る。玄関の扉を開けるとそこにはメイド服の女性が待っていた。
……メイド服の女性?
というかいつからここに?
明らかにおかしいが、もう突っ込む気力もない。
「お疲れさまでした、茜お嬢様」
「待たせて悪かったね、水鏡。ヤクザたちの後始末はきちんとしたね?」
「抜かりなく。……それにしても、地上でまで彼らと関わる羽目になるとは思いませんでした」
「手間をかけたね。それじゃ帰ろうか」
「かしこまりました」
そんなやり取りのもと、二人は去っていった。
……で、どうするかなあ。
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