須々木崎茜3
話の前に茜の持ち物を取り上げておく。
持っていたのはスマホ、写真の他には懐中時計が一つだけだった。
体の隅々まで確認したが、隠しカメラや録音機、刃物や銃などはなし。
こいつ丸腰で乗り込んできたのか……
脱衣所にいても暑いだけなので、冷房の効いた居間に戻る。
テーブルの片方に茜を、もう片方に俺と月音が並んで座る。
当然茜は縛ったままだ。
茜が何かしようとしてもすぐに止められる。
「お前の話は録音させてもらうが構わないな?」
「ああ。幼児化のことを明かした時点でこちらの腹は決まっているからね」
「それで、俺たちの体を元に戻す方法ってのは何のことだ?」
「<完全回帰薬>というマジックアイテムだ」
「<完全回帰薬>……」
聞いたことがない。月音も知らないようで、視線を向けると首を横に振った。
「順に話したほうがわかりやすい。まずは私が幼児化した経緯から話させてもらう」
茜は説明を始めた。
「今は亡き私の祖父はダンジョン研究者だった。祖父の屋敷には世界中から集めたマジックアイテムが遺されている。祖父同様に大学でダンジョンの研究をしていた私は、ある日祖父の研究室で厳重に封をされた箱を見つけた。そこには子供をかたどった小さな石像が入っていた」
俺と月音は顔を見合わせる。
石像といえば、俺をTSさせたのも石像だったな。
「私はそれに好奇心を刺激され、調べることにした。その途中で寝落ちしてしまい、目が覚めたら……こんな姿になっていた」
「コ○ン君……」
月音、今は真面目な話をしてるんだ。
「ダンジョン学者を目指す身として、最初は珍しい現象に喜んだ。しかしだんだんと身の危険を感じるようになった。若返りは人類の悲願だ。これが他者に知られれば私はどうなるかわかったものではない。……私が以前暮らしていたアメリカではなおさらそうでね。タチの悪い盗賊組織が精力的だった」
……その気持ちは俺にもわかる。
だからこそ俺は月音とリーテルシア様たち以外にはTSのことを明かせなかった。
「幸い私には強力な味方がいたから、そこまで深刻な疑心暗鬼には陥らなかったが」
「味方?」
「彼女については後で紹介する。話を進めるが、私はすぐに自分の体を戻す必要があると結論した。まずやったことは君と同じく、あらゆるポーションを試すことだ。確かSNSや配信で情報を集めていたね」
「ああ」
「それについて、君の無駄足を省略してあげよう。月音君、届いた宅配便はもう開けたか?」
「まだだけど……」
「悪いが持ってきてくれ。あれも話に必要なんだ」
「ええー……? まあいいけどさ」
月音が部屋の隅から箱を持ってくる。かすかに硬いものがぶつかる音がする。中身は瓶入りの何かのようだ。
「っていうかこの宅配便、差出人が高峰さんの名前なんだけど」
「雪姫君が白竜の牙の準構成員になったことは配信で聞いていたからね。高峰がコメント欄に現れたことから、勧誘したのは彼だと確信できた。彼と直に喋ったなら、善人であることもわかったはずだ。差出人欄に書けば警戒を解けると思った」
「……人の名前を勝手に使うことに罪悪感はないのか?」
「なくはないが、まあ高峰なら問題ないだろう」
そんなことを言う茜。
……もしかして高峰さんと知り合いなのか? 高峰さんだけ呼び捨てだし。
疑問に思う俺だったが、茜はそんなことどうでもいいというように話を進める。
「箱を開けたまえ。大丈夫、爆弾などではないよ」
茜はそう言うが、信用できないので魔力体である俺が箱を開ける。
中には瓶に詰まった液体や、丸薬のようなものがいくつも入っていた。
月音が息を呑む。
「これ……ポーション!? しかもお兄ちゃんが作ろうとしてるものばかり!」
「<生命回復薬(強)>、各種解呪薬、<神秘の飲み薬>、<月涙ハーブの命酒>……生身にも影響があるポーション系のマジックアイテムの詰め合わせだ。Aランクダンジョンからしか取れない貴重な素材アイテムを材料にするものもある。これをすべて進呈しよう」
「何のつもりだ? これ全部合わせたら、とんでもない額になるだろ」
箱の中には俺が今作ろうとしているポーションの大半があった。
少なくとも合わせて二千万円以上の価値がある品々だ。
茜は重々しく言った。
「飲めばわかる」
「……飲めると思うか? 得体のしれないやつが送ってきたものを」
「では、私がすべて毒見をしよう。安全が確認できたものだけ飲めばいい」
亀甲縛りドレス姿のまま、あー、と口を開けてくる茜。
ええ……
「はーやーく、したまえ。私はこれでも焦っているんだ。話を進めたい」
茜はガタガタと椅子を揺らして催促する。
「そんなことできるわけないじゃん!」
月音が叫んだ。
月音の言いたいこともわかる。こんな得体のしれないやつが持ってきたものをおいそれと飲めるわけが――
「お兄ちゃんと間接キスになっちゃうでしょ!?」
お前は何を気にしているんだ。
「今はお互い女だ、どうでもいいだろう。……あ、他のコップに移すようなことはしてくれるなよ。高級ポーションは瓶も特別だ。他の容器に移せば最悪効果が消えることもある」
「お、お兄ちゃんは嫌だよね!? ストーカーと間接キスなんてドン引きだよね!?」
「嫌に決まってるだろ」
どれだけ綺麗な顔をしていようと茜の心証は決してよくはない。
「だよねえ! 言ってることがめちゃくちゃだよ! こんなもの捨てて――」
「捨てられるかい? 普通に作れば二千万円以上の品々だよ」
ぴたりと月音の動きが止まる。
「……お兄ちゃんの配信の収益があれば」
「詳しく知らないが、ダンジョン配信者が二千万を一月で稼ぐには登録者二百万人ほどが必要らしいね。配信で夏休み終了をリミットにすると言っていたが、それまでに二千万もの収益を得られるのかい?」
「うぐっ……」
痛いところを突かれたように歯を食いしばる月音。
俺の登録者は現在百三十万人。二百万人には遠く及ばない。
リーテルシア様の協力があるとはいえ、目の前にあるポーションを自費で揃えようと思ったら大変なんてもんじゃない。
たとえ茜のものであっても、これらのポーションを無視することはできない。
「……ひとまず“鑑定”させてもらう」
「わかった」
俺はスマホで協会のサイトにアクセスした。
協会のサイトには便利な機能があり、その一つがスマホのカメラを用いたアイテムの鑑定機能だ。協会のデータベースに登録済みのものに限るが、アイテムの写真を撮ることでそのアイテムの情報を即座に検索できる。
「全部本物、か……」
鑑定の結果、ポーションはすべて本物であることがわかった。
協会の鑑定システムが判断を間違えることはない。
茜に毒見もさせる。
万が一毒が混ざっていても茜の反応を見ればすぐわかる。
これ以上の安全確認は探索者協会に持ち込んでも不可能だろうと俺は結論づける。
「わかった、飲む。でも毒見はしてもらうぞ」
「本当に飲むの!? お兄ちゃんってば!」
「すると言ってるだろう。あー」
口を開ける茜にポーションの瓶を触れさせる。慎重に瓶を傾け、少量だけ流し込む。
ごく、と茜の喉が上下するが、飲み込んでも茜に異常は見られない。
ポーションの効果は飲んですぐ発動するので、これが仮に毒なら茜は今頃もだえ苦しんでいるはずだ。しかしそんな気配はない。
安全のようだ。
「あ、ああ、ああああ」
月音が何かショックを受けているが、今はスルーさせてもらおう。
一本目を飲む。まずは慎重に一口。体に異常はない。
そのまま少しずつ飲み干すが、やはり何も起こらない。
「次だ」
「あーん……ごくっ」
「安全みたいだな。それじゃ俺も……ごくっ」
「あああああ~~~~っ」
心配をかけてすまない月音。だがこれは必要なことなんだ……!
一連の作業を繰り返すことしばらく。
……すべてのポーションを試しても、俺の体に変化は訪れなかった。
「と、こういうわけだ。どうも怪我や病気はともかく、私たちのような生身が変化する症状は一般人が手に入るようなポーションではどうにもならない。以前私もすべて試したが、今の君のように無意味だった」
肩をすくめる茜。
無駄足を省略って、そういうことか……
「まずいな……月音、俺が作ろうとしているうちの残りのポーションでTSは解除できると思うか?」
「もうお兄ちゃんは一生女の子のままでいいんじゃない?」
「し、辛辣だな。勝手なことをしたのは悪かったよ。でもちゃんと鑑定もしただろ。茜に毒見もさせたし……あれ以上安全を確認するのは協会に持ち込んでも無理だ」
「それだけじゃないけど、もういい」
「え?」
月音が見るからに不機嫌になった。茜の持ち込んだポーションを飲んだことに呆れ果てているのかと思ったが……それだけじゃないって、月音は他の何に怒っているんだ。
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