須々木崎茜2
「近くにコンビニがあって助かったなー。空腹のまま徹夜で護衛はキツい」
探索者協会の職員、飯島健一はレジ袋を提げて夜道を歩いている。
場所は白川家のそばだ。雪人を自宅に送り届けた後、飯島は協会に戻ることなく付近にとどまっている。
理由は協会に雪人の護衛を命じられたから。
そのため今日は白川家の近くに停めた車の中で夜通し待機だ。雪人にこのことは伝えていない。
遠慮されて拒否されればかえって面倒なことになるから、と上に言われているためだ。
面倒――とは口が裂けても言えない。
「あの子も気の毒になぁ……探索者になってそうそう、こんな大変な立場になるとは思わなかっただろうに」
徹夜での護衛を命じられているにもかかわらず、同情するような独り言をつぶやく飯島。
彼は暴走する探索者を抑え込む力量があるだけでなく、協会内では人格者としても知られている。
ドンッ!
「うおっ……」
「邪魔だ、どきやが――うおわっ!?」
車を泊めてある場所に戻る途中だった飯島に、曲がり角から飛び出してきた人物が怒声を吐いた。ホストのような白いスーツを着た若い男だ。
白スーツ男は大柄な飯島に当たって無様に転びかけたが、手を伸ばした飯島によって支えられる。
「は、離せっ!」
「……人にぶつかっておいて随分な態度だな。謝罪の一つもないのか?」
「う、うるせえ! くそっ、こんなところで話してる場合じゃねえ……逃げねえとッ! なんだよあいつ、畜生! あの女のせいで全部めちゃくちゃだ!」
(……女? 何のことだ?)
「あのクソ女、覚えてやがれぇええええええええ!」
飯島が疑問に思っている間に、白スーツの男は走り去っていった。
「今の男……吹場座虎也か?」
探索者ギルド酒呑会のリーダーにして、関東を牛耳る暴力団吹場組の若頭。探索者の中でも素行が悪い彼のことは、当然飯島も知っている。
(やつがなぜこんなところに――待てよ、まさか白川雪姫を狙って!?)
飯島は座虎也を追いかけようとしたが、疑問に思う。
座虎也が向かっていたのは白川家から遠ざかる方向だ。
むしろ座虎也がやってきた方向に進むべきだと感じた。
メッセージアプリで上司に座虎也の目撃情報を簡潔に伝え、飯島は座虎也がやってきた方向に走る。そして目の前に広がる光景に息を呑んだ。
そこには。
一台の車の周囲に転がる、酒呑会のメンバーらしきチンピラたちと。
そのそばに佇むメイド服の女性の姿があった。
(…………チンピラがメイドさんにボコボコにされてる……??)
飯島の脳は目の前の光景を処理するのに数秒を要した。
▽
須々木崎茜と名乗ったドレス少女は、自分が子どもになったと告げた。
普通なら信じない。
でも俺自身性別が変わってるしなあ……
写真の女性を見る。
目鼻立ちの整った、存在感のある美貌だ。化粧や服装ではなく、本体の美しさで殴りつけるような印象がある。
目の前のドレス少女――茜が成長すればこんなふうになるだろう。
茜と写真の女性はほくろの位置まで同じだ。別人とは思えない。
また、茜の口調や雰囲気は明らかに大人のそれだ。
茜が幼児化したという話には説得力がある。
……ん? 待てよ?
「ちょっと待って。茜って言った?」
俺と同じことに思い至ったらしい月音が呟く。
「ああ。言ったね」
「お兄ちゃんにストーカーみたいなDМ送った“あかね”ってあなた?」
「心外な、私はストーカーじゃない。ただTwisterを使って平和的に雪姫君と接触しようとしただけだ」
やっぱり! こいつ例のストーカーか!
念のためDМ欄を見せて確認を取ると、「間違いなく私だ」と茜は頷く。
「どこが平和的だ! こっちは毎日怯えて警察に相談までしたんだぞ!」
俺や月音がこいつのメールにどれほど気を揉んだことか!
茜は難しい顔で言った。
「……住所を特定したことについては謝罪する。しかし、他に雪姫君の関心を引く手段がなかった。最初は雪姫君に真っ当なメッセージを送ったはずだが、それは無視されてしまったからね」
「それは……まあ、確かに最初のメッセージには返信しなかったけど……」
二人きりで会いたいとか、厄介なファンからのメッセージにしか見えなかったからな……
つまり住所特定は嫌がらせじゃなく、俺の気を引くための行動だったってことか。
やり方は犯罪そのものだが……今のところ茜から俺に対する悪意は感じないんだよな。
むしろ俺たちの質問に誠実に答えているような印象だ。
……もう少し話を引き出そう。
「この家を特定した方法は?」
「新宿の探索者協会で張り込み、家に帰る雪姫君を尾行させてもらった」
「お前やっぱりストーカーじゃないか!」
「雪姫君が呼び出しに応じてくれないなら、私が出向くしかないからね。……ふむ。そういう意味では、君たちが私をストーカーにしたとも言えるね」
「月音、もっと強く縛っていいそうだ」
「合点承知」
「ひぎぃ!」
どうしてこいつはこの状況で減らず口を叩けるのか。
「は、話を続ける。尾行中に雪姫君のスマホを後ろから覗き見たところ、月音君とのメッセージのやり取りが男性的な口調だったことに気付いた。何か秘密があると感じた私は、一計を講じて君たちの家に侵入することにした。雪姫君の秘密を握れば、こちらも安心して若返りについて明かせる」
「……お兄ちゃん、後ろからスマホを見られてるのにこの人に気付かなかったの?」
「……気付かなかった」
月音の呆れた言葉に俺はそう答える。
しかし茜は首を横に振った。
「私は透明化のマジックアイテムを持っている。雪姫君が私の尾行に気付かなかったのも当然だ」
「そんなものを持ってるのか……」
「探索者協会の資料にも載っていないし、私も一つしか持っていないけどね」
「さっきいきなり風呂場に現れたのもそのマジックアイテムの効果か?」
「そういうことだ。私は最初からずっと脱衣所にいたんだよ」
「家に侵入した方法は?」
「月音君を利用させてもらった」
「私?」
茜は頷く。
「高峰の名前を使って宅配便を届けさせただろう。それを回収する時、月音君は玄関の扉を開けた。防犯カメラなどもあったが、透明化している私は映らない。私はずっと玄関の真横で月音君が荷物を取りに来るのを待ち、月音君が開けた扉からこっそり忍び込んだのさ。手紙を扉から少し離れた場所に置いたのも侵入の隙を作るためだ」
「あ、あの時……」
茜の言葉の意味を理解したのか、月音が目を見開く。
そういえばシャワーを浴びる前、宅配便の話をしていたな。
手紙というのが何のことかはわからないが、茜はそれで月音を玄関の扉から引き離す小細工をしたようだ。
ふと気付く。
「…………というかお前、真夏にそのドレス着て外で待ってたのか……?」
「……死を覚悟したよ」
重々しく言う茜。
もしかしてこいつが脱衣所にいたのは、月音に見つからずに水分補給をするためだったのかもしれない。
「私が君たちの家にいた経緯については以上だ。強引な手段を取ったのは事実だが……信頼を構築する時間がなかった。私たちが元の体に戻るにはあるアイテムが必要だが、急がないとそれが他人に奪われるかもしれないんだ」
茜の口調はどこか切迫したものに感じた。
嘘を吐いていないと直感する。
「必要なものって何だ?」
「私の話を聞いてくれる気になったかい?」
俺は溜め息を吐いた。
「……はあ、わかった。事情とやらを聞こう。まともに聞く保証はないけどな」
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