須々木崎茜
「白川さん、ご自宅はここで間違いありませんか?」
考えごとをしている間に家まで着いたようだ。
どうでもいいが、探索者登録の際に住所は本当のことを書いたおかげで身分詐称を疑われずに済んだのは助かったな。グッジョブ過去の俺。
親父の登録データを調べれば白川雪姫と住所が一致することを疑問視されるかもしれないが、配信では親戚だと言ってあるのでそこも問題ない。
「はい。お手数をおかけしてすみません」
「気にしないでください。雪姫さんがもたらした功績を思えば、このくらい当然です。それではゆっくり休んでください」
車が去っていく。
……何かすごい疲れた。
鍵を開けて家に入る。
「ただいまー……」
月音がぱたぱたと出迎えに来る。
「お帰りお兄ちゃん。……うわすっごいげっそりしてる!」
「飯の準備はちょっと待ってくれ……十分くらい休憩したい……」
現在時刻は午後七時過ぎ。そろそろ腹が減り始める時間帯だが、少し休まないとキッチンに立つ気分になれそうにない。
「今日の配信ハードだったからね……ダンゴムシ女王様ピカピカでほんと草」
「現実でコメント欄みたいな喋り方するやつっているんだな」
「帰ってくる時間からして協会の偉い人に報告とかしてたんだろうし……よし、今日の夕飯は私が作るよ!」
月音がそんなことを言い出した。
「……月音、料理なんてできるのか?」
「やだなあ、いくら料理慣れしてなくてもレシピ調べれば失敗なんてそうそうしないって。オムライスで卵ぐちゃぐちゃになったりとか、ハンバーグ作ろうとして炭を錬成したりとか、そういうのは創作の妹だけだから」
笑いながら言う月音。そうだよな。オムライスの卵がぐちゃぐちゃになったり、ハンバーグが黒焦げになったりとか、そんなことドラマや漫画の世界ぐらいだよな。
「お兄ちゃんはシャワーとか浴びてきたら? 少しはすっきりすると思うし」
月音のありがたい心遣い。せっかくだし、そうさせてもらうか。
「わかった。悪いな月音」
「いいってことよ」
グッと親指を立て、頼もしい口調で言う月音になにやら既視感が……
あ、わかった。ガーベラと月音ってちょっと似てるんだ。テンションに差はあれお調子者っぽいところとか実にそっくりである。
どうりで今日ガーベラが話しやすかったわけだな。
「っていうかそのテンション……お兄ちゃん、メッセージ見てない? 宅配便のとかよくわかんない手紙のことなんだけど」
「あー、悪い、見てない。何か用があったか?」
「んー……お兄ちゃん疲れてるみたいだから、シャワーの後でいいよ。結局何事もなかったし。ご飯食べながら話そ」
気を遣わせてしまっているな。
そんな疲れ切った顔してるのか、俺。
それにしても宅配便……?
今日は何か届く予定はなかったはずだが、何のことだか。
「わかった。それじゃ後で」
「はーい」
とりあえず汗を流そう。着替えを持って脱衣所へ。ほぼタクシー移動だったとはいえ夏場に外出したので汗は多少かいていることだし、綺麗にしたい。
服を脱ぎ、シャワーを浴びる。
「…………やっぱり美少女だよなぁ、俺……」
鏡に映る自分の裸を眺める。相変わらず美少女だ。
幼いくせに体のバランスが整っているうえ、俺の記憶が正しければ、中学上がった直後の月音より今の俺のほうが胸が大きいような……
「……」
魔が差して以前雑誌のグラビアで見たポーズを試す俺。ほら、シャワーで濡れてるし、服着てないし。やっぱこう、胸元を手できわどく隠すみたいなポーズが映えるはず。
うおお、なんか様になってる! 美少女ってすごいな……
いや、駄目だろ。何やってんだ俺は。
「俺は男、俺は男、俺は男……! 心までは絶対に女の子にはならないぞ……!」
きっと疲れて頭がおかしくなっているんだ。そうに違いない。
ガチャッ。
唐突に風呂場の扉が開く。
月音かと思ったが――違う。
「やはりそうか! 私の考えは正しかった――ダンジョン配信者雪姫、君はやはり本物の幼女ではない。まあ、正体が男だったというのは驚きだがね」
「………………え?」
脱衣所には見知らぬ少女がいた。相当な美少女だ。おそらく年齢は十二歳前後。
口調は中性的だが、黒いロングヘアに白い肌、さらに古風なドレスという組み合わせは深窓のご令嬢、という表現がぴったりだ。
「どうして自宅の浴室に見知らぬ少女が、と言いたそうな表情だね。安心したまえ、私は敵ではないよ。ここにいる理由も当然話す。だがまずは体を拭くことのほうが重要だ」
バスタオルを差し出してくるドレス少女。
「……こ」
「こ?」
「【コンバート】!」
「おや、魔力体になるための呪文をどうしてこんなところで? って、その姿は君のユニーク装備! おお何ということだ、まさかこんな探索者協会でもない場所で魔力体なったと――いたたたたたた! ら、乱暴はよしたまえ! 私は敵ではない!」
信じられるか! ひと様の家の風呂場に勝手に入り込んで裸を見てくるようなやつがまともなわけがない。というかこいつの喋り方、明らかに普通の子どもじゃないし!
バタバタと足音が響き、月音が勢いよく脱衣所の扉を開ける。
「お兄ちゃん、どうしたの!? 一体何が――本当に何があったの!? このドレスの子はどこから来たの!?」
「いいところに来た月音! ロープだ! 延長コードでもいい!」
「て、抵抗はしない! 縛りたいなら好きにすればいいが無理に押さえつけるのはやめてくれーっ!」
月音に洗濯物を干す用途のロープを持ってきてもらい、俺が押さえている謎の少女を縛ってもらう。油断はできないが、ひとまずこれで一安心だろう。
ドレスの少女はふむ、と呟く。
「好きに縛ればいいとは言ったが、まさか亀甲縛りにされるとは思わなかったよ」
「……月音」
「い、いきなり縛れなんて言うから知ってるやり方が出ちゃったんだよ! 昔ノリで練習したんだよね、ぬいぐるみ相手に……」
この妹はノリでなんて技術を修めているんだろう。
ドレス少女は月音の手によってきわめて変態的な拘束を施されていた。瀟洒な布に隠された華奢な体が胸元を強調され縛り上げられている姿は、妙な背徳感がある。
何も知らない人にこの状況を見せたら明らかにこちらが犯罪者側と判定されるだろう。
「それよりその姿! 一体どうやったんだ? 地上で自在に魔力体になるなんて、探索者協会が必死に研究しているのに実現できていないことだよ。ぜひ仕組みを教えてくれ」
ドレス少女は緊張感のない様子で俺の姿について質問してくる。
当然答える義理はない。
「誰か知らないが警察に引き渡させてもらう」
「ま、待ちたまえ。大事な話がある。不法侵入や覗き行為には謝罪するが、他に手段がなかったんだ。とにかく、話だけでも聞いてほしい。雪姫君にとっても重要なことだ」
「重要なこと?」
「私は君の体を元に戻す方法を知っている」
「ふん、どうせ出まかせだろ」
ドレス少女は俺の名前を知っていることから、配信を見たことがあると思われる。状況と合わせて俺が元の体に戻りたがっていると推測するのは簡単だ。
「月音、警察に電話してくれ」
「はーい。警察が来る前に縛り方を変えないとだね」
「それは本当に待ってくれ! わ、わかった、私のスカートのポケットに入れてある写真を見てくれ。それを見ればきっと私の言うことを聞く気になるはずだ」
バタバタと暴れるドレス少女。
……写真か。まあ、それを見るくらいなら。
「念のため月音は離れてろ」
「う、うん」
ドレス少女のスカートに触れ、ポケットを探り当てる。ドレス少女は何かする素振りすら見せない。俺はポケットから一枚の写真を抜き出した。
そこに映っていたのは……二十歳くらいの女性?
しかも、どことなく目の前のドレス少女に似ている。
「この写真に写っているのは、お前の姉か何かか?」
「いや、それは私本人だ」
「は?」
俺は耳を疑った。
目の前の少女はどう見ても十二歳前後。
写真の中の女性とは似ても似つかない。
「自己紹介をしよう。私の名前は
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