一方その頃

 白川月音はスマホのアプリを開き、自宅外に設置した防犯カメラの映像を確認する。


「……うん、誰か待ち構えてはいないよね」


 雪人の配信が終わったので、例の宅配物の回収を試みる。雪人が帰ってくるまで待つ手もあるが、雪人の帰り時間は読めないため却下。

 どうせ回収するなら外が明るいうちのほうがいいだろう。


 いざという時の武器として殺虫剤を手に持ちつつ、ゆっくり玄関の扉を開ける。


 そこには荷物があるだけで、おぞましきストーカーが待ち構えていたりはしなかった。


「……ま、そりゃそうだよね。警戒しすぎか」


 月音は溜め息を吐きながらさくっと段ボールを回収。中身はそれなりに重く、時折ガラスが触れ合うような音が少しする。瓶詰めの液体か何かのようだ。


 ……と。


「あれ、何か落ちてる……紙?」


 扉から少し離れた家の外に手紙のようなものが落ちている。封筒の中に入っているので見間違いではないだろう。


 うわ怪しっ! と月音の警戒ゲージが急上昇。しかし放置するのもそれはそれで怖いので、最短の動きで回収することに。


「すぐに逃げ込めるように扉を開けておいて……」


 段ボールをドアストッパー代わりに少しだけ扉を開けておく。いざとなれば段ボールを蹴り入れつつ即座に家の中に退避できる状態だ。深呼吸してからじりじりと手紙に近付き、拾い上げる。特に何も起こらず、普通に月音は家の中に戻ることができた。忘れずきっちり鍵もかける。


「何なんだろ、この手紙」


 差出人なし。宛名は――白川月音。


 どくん、と心臓が大きく跳ねる。宅配便同様手紙を送られる心当たりはない。無視もできず、ゆっくりと封筒を開ける。

 中には折りたたまれたA4のコピー用紙が入っていた。

 慎重に、慎重に開く。

 そこにはたった一行。筆跡を悟らせないためかPCで出力した文字で、





『警察を呼んで周囲を見回らせろ』





「…………んんん!?」


 月音は困惑して声を上げた。





「どうした? 何か動きがあったか?」


 吹場組若頭、吹場座虎也は昼食中、手下からの電話を苛立ちながら受け取った。


 座虎也は現在手下に命じて白川家を見張らせている。

 何か異変があればすぐに報告するようにも言いつけておいた。


(親父の話によれば、最近雪姫ってガキは生意気にもタクシーで移動しやがる。おまけにダンジョンに行く以外にはほとんど外に出ねえ……外で一人にならねえなら、家に押し入るしかねえよなあ)


 座虎也の計画は簡単だ。雪姫がダンジョンに出かけている間に家に押し入り、雪姫が帰ってくるのを待つ。ノコノコ戻ってきたところを襲い、さらって尋問し妖精の情報を吐かせる。


 幸い白川家には大人がいないこともわかっている。日中家にいるのは中高生女子一人なのだから、宅配業者を装うなどして家に入ってしまえば簡単に制圧できる。一人相手なら、顔を見られないように立ち回るのも容易だろう。


『それが……警察が白川家に来ました』


「サツだぁ? てめぇら、何かヘマやったんじゃねえだろうな!」


『ち、違いますよ! 俺たちは<鷹眼鏡たかめがね>を使って、向こうから絶対見えない場所で見張ってるんです。バレたはずありません』


 手下たちは<鷹眼鏡>――ダンジョンの素材アイテムを加工した眼鏡型の双眼鏡で遠距離から白川家を監視している。一定以上の効力を持つマジックアイテムを地上で扱う場合は行政の課す手続きが必要になるが、<鷹眼鏡>は吹場組が懇意の工房に無許可で作らせたものだ。市場に出回っていないため使っても咎められることはない。


 実際のところ警察が白川家を訪れたのは、謎の手紙がストーカー絡みではないかと月音が連絡したからなのだが、座虎也たちにそんな事情がわかるはずもない。


 座虎也は問題なしと判断する。


「どうせ空き巣への警戒を呼び掛けて回ってるとか、そんなとこだろ。警察は家の中に入ったか?」


『いえ、玄関前で住人と話し込んでます。白い紙みたいなものを見せられてますね』


「紙ぃ? わけわかんねえな……もういい、しばらく様子見だ。そのまま監視を続けてろ」


『わ、わかりました』


 通話を切る。すると座虎也は周囲から注目を集めていることに気付いた。


「何見てんだコラ! 見世物じゃねえぞ!」


 怒鳴りつける座虎也に向いていた視線は散っていく。


「はっ、度胸のねえカスどもが」


 せせら笑う座虎也。


(そうだ、俺は強い。チラチラ様子をうかがうことしかできねえザコどもとは違う。妖精を狩りまくってもっと強くなってやる。いけすかねえ高峰北斗、正義ヅラした赤羽日花……生意気なカスどもに格の違いを思い知らせてやるんだ!)


 座虎也は雪人をとらえ、妖精についての情報を洗いざらい吐かせる瞬間を想像して笑みを深めた。





「……」


 一人の女性がビルの屋上に立っている。

 透き通った色合いの髪を肩のあたりで切りそろえた、二十代前半くらいに見える女性だ。背は平均よりやや低め。顔立ちは整っているが表情というものが浮かんでおらず、人形めいた印象を与える。


 しかし女性にはそんなことがどうでもよくなるくらい特徴的な点があった。


 メイド服。

 それも秋葉原でビラを配っているタイプではなく、裾の長いガチ感あふれるクラシカルメイド服だ。


 女性はそんな服を着ていることに何ら恥じらいを感じさせない立ち姿で、ビル風に裾をばっさばっさとはためかせている。


 女性の視線の先には白川家がある。

 しかし彼女が意識しているのは家ではなくその周囲。何か異変があればすぐに気付けるよう、高所から見張っているのだ。


 そう考えるメイド服の女性に連絡が入る。


 スマホを確認すると、敬愛する主人からの連絡があった。



『問題なく予定の位置に着いた』


『君はこのまま周囲の警戒を続けるように』


『合流のタイミングはこちらが指示するから、それまで待機。不測の事態が起こった場合は武力での解決を許可する』


『とにかく私たちの話し合いに邪魔を入らせるな』



 メイド服の女性はそれらの文面を見て頷いた。


「かしこまりました、あかねお嬢様」





「疲れた……」


 車の背もたれに体重を預けて呻く。


「大変でしたね、白川さん。それにしても十二歳と思えないくらいしっかりしていますね」


「あ、あはは……ありがとうございます、飯島さん」


 隣に座る探索者協会の男性職員――飯島さんの言葉に愛想笑いする俺。


 現在俺はタクシーではなく、探索者協会の用意した車に乗って自宅に向かっている。飯島さんは俺の護衛だ。


 新宿ダンジョン攻略配信を終えた後、俺は待ち構えていた探索者協会の新宿支部長に捕獲された。妖精の鱗粉について詳しく聞きたかったようだ。俺は大人しくわかる範囲で答え、白竜の牙にも協会から共有してもらうよう頼んだ。


 前みたいに二度も同じ話をするのは面倒だからな。

 それはいいとして、探索者協会から再度俺の保護を申し出られた。アメリカの総本部から強く命じられたことらしく、警備つきのホテルにしばらく滞在するか、複数の条件のもと自宅で生活するかの二択だった。


 断れる雰囲気ではなく、俺はやむを得ず後者を選んだ。


 条件についてだが、まず一人で出歩くことを控えること。不要不急の外出禁止、ダンジョンに行く時は必ず協会に連絡し、協会が手配する護衛つきの車での送迎を受ける。


 さらに、ワンボタンで即座に協会に連絡できるGPSつき小型無線機を渡された。必ず肌身離さず持ち歩くように、だそうだ。


 警戒しているのか、飯島さんは時折窓の外に鋭い視線を向けつつ話しかけてくる。


「近日中に協会職員が、雪姫さんの自宅近くに引っ越すことになると思います。不測の事態があった際にすぐに駆け付けられるように」


「そこまでするんですか!?」


 俺が声を上げると、飯島さんは訂正を入れた。


「あ、すみません。引っ越すというのは適切ではありませんね。正確には非番の職員が持ち回りで宿泊する部屋を用意する、という感じです」


「それでも大変なことだと思いますけど……」


 飯島さんは真剣な表情になる。


「必要な措置です。雪姫さんは妖精女王リーテルシア様が友好を示す唯一の人物。悪人に目を付けられないとも限りません。本来は我々が用意するホテルや宿舎に寝泊まりしていただきたいんですが、それは難しいのですよね?」


「……はい」


 協会は俺をガチガチに保護したいらしいが、身分詐称、TS、妖精絡みのワープ能力、地上での【コンバート】と隠し事だらけの俺が協会の管理下に入るのは無理だ。絶対にボロが出る。


 そもそも探索者協会という組織が俺にとって安全である保障はない。


 探索者協会は基本的には善良な組織だろう。

 だが、協会の中にはどんな手段を用いてもダンジョンの資源確保を最優先すべし、という派閥があるそうだ。


 あくまで噂だが……そんな連中が本当にいるなら、探索者協会の管理下に入るのはまずい。適当な理由をでっち上げられ身柄を拘束されるかもしれない。


 考えれば考えるほどキツい状況だ。


 せめて地上に味方が欲しい。月音と同じくTSについて明かせて、かつ俺と月音の身を守ってくれるような存在が。


 …………そんな都合のいい存在、いないよなあ……

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