真・新宿ダンジョン攻略配信5

『ギシャアアアアアアアアアアア!』


「ひゃああああああああ!?」


 襲いくる七色ハードホイールバグクイーンの転がり攻撃から、<薄氷のピンヒールパンプス>の効果である【滑走】と敏捷を強化するガーベラの【ラピッドリィ】で得た機動力で何とか逃げ回る。


「むう……あの守護者、なかなかやるわね」


 俺の肩に腰かけたガーベラがこりゃ参った、とでも言うように唸る。呑気な……!


 ハードホイールバグクイーンにガーベラが妖精の鱗粉をかけてから約十分、戦況は悪くなる一方だ。


 七色に発光する女王は基礎能力から強化されたようで、まず転がり攻撃の威力とスピードが跳ね上がっている。


 その影響か七色女王はボス部屋を覆う半透明のドームを駆け上れるようになってしまった。これによりボス部屋の壁際に誘導したところで転がり攻撃は止まらず、反撃のタイミングが消滅。


 全身のバネまで強化されたのか、転がり攻撃の途中で勢いよく飛び掛かってくるバリエーションも追加された。

 とどめとばかりに全身に生えた鱗のような甲殻を散弾状にばら撒く中距離攻撃までしてくるようになった。


 ……いや、どうしろと?


 ひとまず反撃の糸口を探るため、現状可能な最高速度でボス部屋の中を逃げ回っているがジリ貧もいいところだ。


「いつまで逃げてるのユキヒメ! 反撃よ反撃!」


「む、無理です! 今詠唱なんてやったら勢いよく転んで死にます!」


 今の俺は耐久1なんだぞ! 詠唱も魔術の狙いを定めるのも、逃げながらでは絶対に無理だ。無詠唱の【アイスショット】を撃とうにも<初心の杖>はマジックポーチの中だし!


〔お、おおう……〕

〔最初は面白かったけどだんだん笑えなくなってきた〕

〔ゲーミングダンゴムシ女王強すぎだろ……高耐久高攻撃力高機動力って……〕

〔カウンター用の鱗散弾もあるぞ!〕

〔お家芸の“攻撃無効化”も忘れるな!〕

〔凶悪すぎィ!〕

〔Eランクのダンジョンにいていいボスじゃねえ!〕

〔もう撤退考えた方がいいまである〕


 相手のあまりの隙のなさにコメント欄も引いている。俺も同じ気持ちだ。


『ギシャアアアアアアアアアア!』


「っっ……!」


「ユキヒメ!」


 天井まで駆け上り、落石のように突っ込んでくる七色女王を急激な方向転換でなんとか回避する。バランスを崩しかけたが、俺の肩から降りたガーベラが俺の腕を引いたことで何とか持ちこたえる。


 さっきから何度も転びかけてはこうしてガーベラにフォローされている状態だ。げ、限界が近い……!


「た、助かりましたガーベラ」


「いいってことよ。でも、このままじゃまずいわね……」


「というかもう諦めたいんですが……」


「何よ軟弱ね! それでも妖精の協力者なの!」


「はふぇてふらはいにまふ! ほっへを引っ張られたダメージで死にます!」


 多分だがこの妖精はこの状況の原因が自分にあることをもう忘れている。


「わかった。それじゃ私に考えがあるわ」


「ええ……」


「何よその疑いの目は! あんたの魔術なら、当てさえすればあの守護者も倒せるでしょう? なら、守護者の動きを制限しながら詠唱の時間を稼げれば問題ないわね?」


「それはまあ……でも、そんなことができるんですか?」


「任せなさい」


 深く頷くガーベラ。すさまじく不安だが、俺に案がない以上は乗るしかない。


『ギシャアアアアアアアア!』


「細かく説明している時間はないわ! とにかくまっすぐ走りなさい! あ、ちょっとスピードも落としなさいよ! 具体的には守護者が追いつけるか追いつけないかのギリギリになるくらい!」


「わ、わかりました!」


 言われた通りあえてスピードを落としつつ【滑走】でボス部屋を縦断しにかかる。


『アアアアアアアアアアアアア!』


「きゃああああああああああああああ!」


 あまりの恐怖にもう女の子のそれでしかない悲鳴が漏れるが今は取り繕う余裕すらない。こっわ! 後ろに! すぐ後ろに俺を即死させ得る超大質量の怪物が!


「【バリア】!」


「へ? ――なっ……!?」


 ガーベラの声が響き、視界の角度が変わる。

 足元に変化があったのだ。

 どうやら障壁魔術を出現させる場所をある程度自由に決められるらしく、急角度の上り坂になるよう俺の足元に【バリア】が出現した。


 多少スピードを落としていたとはいえ、相当な速度で斜め上に向かう障壁を通過した俺は勢いよく空中に放り出された。感覚としてはスキーのジャンプ台などが近いだろう。


 一気に地上十メートル近くまで到達する。


〔!?〕

〔飛んだぁあああああああああああ!?〕

〔親方女の子が空に!〕


「が、ガーベラ!? 一体何を――」


「いいから早く詠唱! チャンスを作ってあげたんでしょうが!」


「……あっ」


『――――!?』


 俺たちを追いかけていた七色女王も急なコース変更はできず、【バリア】の短い坂を経て空中に飛び上がってくる。


 直前の追いかけっこで速度を合わせていたため、七色女王は俺たちの元まで届きそうで届かない。また、空中なら相手の動きも制限され、【滑走】を制御する必要もない。


 空中にいる数秒間は詠唱に集中できる!


 ……

 …………え? 着地どうするんだ?


 い、いや、今は七色女王を倒すことに集中しよう! チャンスは今しかない!


 俺は体の前後を反転させつつ、マジックポーチから<初心の杖>を取り出した。ガーベラは察したように羽を使って俺の後ろに移動する。


「【アイスショット】!」


 パシュッ!


 無詠唱の氷の弾丸によって七色女王の“攻撃無効化”を消費させる。


「念のためもう一発――【アイスショット】!」


『――!』


 パシュッ!


 あっぶな! 三十パーセントの確率で連続の“攻撃無効化”を引かれてた……! だがさすがに次はないと信じたい。


 二発の【アイスショット】によってわずかずつ上に押され、俺のジャンプは今おそらく頂点に達している。詠唱にかかる時間を考えたら、落下までに打てるのはせいぜい一発だろう。


「【オーバーブースト】!」


 久しぶりの使用となるスキルの発動により、俺の周囲に金色の光が発生する。今から三十秒の間俺の全能力値は倍化する。


「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは敵を穿ち削る氷槍!」


 ギュオッ!


 今日初めて【一撃必殺】がようやく発動し、極太の氷柱の槍がさらに巨大化。


『ギシャアアアアアアアアアアッッ!』


 七色女王は最後の抵抗とばかりに全身の鱗を逆立たせた。ガラス質の鱗を用いた散弾の予備動作だ。――やばい! 散弾を食らっても終わりだが、頭をよぎるのは“攻撃無効化”の再発動条件。


 七色女王が攻撃動作をするだけで、“攻撃無効化”がまた装填されてしまう!


「しつこいわねー!」


 それを見たガーベラが勢いよく俺の背後から飛び出した。


「大人しくしなさい!」


 バキッ!


『ッ!?』


 ガーベラが急降下の勢いのまま七色女王を蹴飛ばした。小さな体からはあり得ない威力が出ており、蹴りを受けた七色女王は鱗散弾をキャンセルする。七色女王は“攻撃無効化”を再生させられない。


 このまま魔術を撃てばガーベラを巻き込んでしまうが……<妖精の鎮魂杖>を持っている限り、ガーベラが俺の魔術で傷つくことはない。


 本当にないんだよな!? やるからな!? 一瞬戸惑った俺に対してガーベラが「早くしろ」みたいな視線を向けてきたので覚悟を決める。


「【アイシクル】――――ッ!!」


 静寂。

 耳をつんざく轟音。


『――――ッッ!?』


 巨大な氷柱の槍は七色女王を貫き墓標のように地面へと突き立った。


 七色女王は縫い留められたままわずかにもがき、動きを止める。七色の輝きが消失し、直後その巨体は大量の魔力ガスとなって爆散した。



<レベルが上昇しました>

<新しい魔術を獲得しました>

<新しいスキルを獲得しました>



 よし、倒せた!


〔うおおおおおおおおおおおお!!!!〕

〔勝った!? え、勝ったぁあああああ!?〕

〔威力YABEEEEEEEEEEEEEE!?〕

〔アクロバティック【アイシクル】!?〕

〔理解が追いつかないけどすげぇええええええええ!〕

〔つーか女王も一撃だと!?〕

〔とんでもないものを見た気がする〕

〔これはまた考察が捗るな……w〕

〔なんであそこから勝てるんだww〕


 律儀についてくる配信用ドローンを見ればコメント欄が爆速で流れている。ゴールドチャットも大量に送られ、視聴者の興奮を示すように最高額を示す赤いコメントが多く目につく。


 これで新宿ダンジョンクリアだ。


 ……まあ、数秒後には落下死してるだろうけどな!


 【アイシクル】を撃ったことで押し上げられた勢いも失われ、いよいよ落下に入る――というところで。


「ふんっ!」


「……ガーベラ?」


「やったじゃないユキヒメ! ま、私の完璧な作戦あってのことだけど!」


 飛んでこちらに上ってきたガーベラによってドレスの背中側を掴まれ、落下速度が緩められる。ガーベラは見た目に反して力があるので俺一人を持ち上げて飛ぶくらいは余裕だ。


「ありがとうございます、ガーベラ。というか無事でほっとしました」


「何を今さら。<妖精の鎮魂杖>の効果は知ってるでしょ!」


「それはそうですが、頭でわかっていても怖いものは怖いんですよ」


 ともあれ聞いていた通り、<妖精の鎮魂杖>を装備している限り俺の魔術がガーベラを傷つけることは一切ないようだ。よかった……


 ゆっくりと地上に下ろされ、俺は配信用ドローンに向き直る。


「それでは改めて――新宿ダンジョン、クリアです!」



――――――

―――


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