真・新宿ダンジョン攻略配信4

 砂煙が散り、視界が晴れた先にはクレーターが形成されている。

 そこにはさっきまでいたはずの二体の幼体は見る影もない。



<レベルが上昇しました>

<新しいスキルを獲得しました>



〔ファ――――――――wwwwww〕

〔やばすぎwwww〕

〔だからなんでこのモンスターを一撃で倒せるんだよ!〕

〔二体まとめて一撃は草も生えんぞ……〕

〔やっぱ雪姫ちゃんと言えばこれだよなあ!〕

〔遅延ダンゴムシをまとめてワンパンとか気持ち良すぎだろww〕


「本当に一発で倒してどうするのよユキヒメ! 私の見せ場がないじゃない!」


「ええっ!? だって景気よくやっていいって!」


「私ユキヒメが打ち漏らした幼体を鮮やかにぶっ飛ばすつもりだったのに! 見なさいよこの私の強化した拳を!」


「拳を強化してどうするんですか!? 倒し損ねた場合は私の身を守ってくれる予定だったでしょう!」


 なぜかガーベラから食ってかかられる俺。どうやらガーベラは見せ場を虎視眈々と狙っていたらしい。<薄氷のドレス>発動中の俺は耐久が1しかないんだから、ガーベラには離れられたら困るというのに。


〔【アイシクル】じゃなくて【アイスショット】を使ったってことは、最初から二体まとめて叩き潰すつもりだったからか……〕


「そうですね。【アイシクル】は強力ですが、先端がとがっているぶん二体をまとめて倒すのには向かないので」


 コメントを返しつつ周囲を確認。ガーディアンボスではないからか、幼体たちがいた場所にはドロップアイテムはない。今の段階では拾いに行くのも難しいので、逆にありがたいかもしれない。


「ユキヒメ、前を見なさい。いよいよ本番みたいよ」


「……ですね」


『――――……』


 奥に鎮座する巨大な黒い球体がうごめく。上部が割れ、そこから無数の歩脚が見える。


 仰向けにわずかに開いたそれは勢いをつけて前に転がると、丸めていた体を伸ばした。

 ズンッ……と音を立て、女王――ハードホイールバグクイーンが歩脚で地面を踏みしめる。

 目がどこにあるかはわからないが、明らかに敵意がこっちに向いているのがわかる。


『――――――――――ッッ!!』


 丸まってから高速回転し、女王が大迫力の転がり攻撃を仕掛けてくる。


 本当のガーディアンボス戦が始まった。


 ……とはいえ、戦い方は基本的にこれまでと変わらない。転がり攻撃を避け、隙を見て“攻撃無効化”を剥がしつつ攻撃を加えていく。


 キーボスや幼体と異なり、女王は転がり攻撃を壁にぶつけて止めると、その場で勢いよく体を広げて押しつぶそうとしてくる。

 前衛クラスには厄介な戦法だろうが、後衛クラスのコンビである俺とガーベラには大きな問題じゃない。


 元々の生命力がかなり高いことや、女王は種族が単なるハードホイールバグとは別扱いらしく【加虐趣味】の対象にはならないこともあり、一撃で倒すのはさすがに無理だろうが……根気よく戦っていけば勝てるはずだ。


「聖神ラスティアよ、我に力を貸し与えたまえ。彼の者に風のごとき速さを【ラピッドリィ】」


「ありがとうございます、ガーベラ」


「……ええ」


 ガーベラから敏捷強化の付与魔術をかけてもらい、女王の転がり攻撃を避けては反撃を仕掛けていく。


「……」


 ……ところでガーベラがさっきから何か考え込むような表情をしているのが気になる。  

 大丈夫だよな?

 何か変なことを考えたりしてないよな?


〔うおお、こええ……〕

〔でかいぶん女王の転がり攻撃は避けにくいし、威力も高いから見ててスリルあるな……〕

〔でも正直雪姫ちゃんが負ける未来見えないわww〕

〔せやなww〕

〔何ならユニーク装備なしでもよかったか?〕

〔それは舐めプすぎるだろww〕


 安定した戦局にコメント欄にも心なしか余裕が生まれ始める。

 数分ほど戦ったところで――


「うん、やっぱり使っても大丈夫そうね!」


 ガーベラがそんなことを言い出した。


「ガーベラ? 一体何の話ですか?」


「ユキヒメ、ちょっと待ってて!」


「あ、ちょっと!」


 ガーベラが俺の元から離れてハードホイールバグクイーンのもとに向かっていく。


 女王は障壁にぶつかってのしかかりの動きも終えた後で、隙を見せている。ああっ、せっかくの攻撃のチャンスなのに!


『……?』


「いくら相手が最強天才妖精のあたしと火力馬鹿のユキヒメだからって、あんたは不甲斐なさすぎるわ! この粉を使って多少は歯ごたえのある敵になりなさい!」


 ……粉?


 ガーベラはレッグホルスター式マジックポーチに手を突っ込むと、妖精基準では巨大な瓶(テーブルコショウくらいのサイズ感に見える)を取り出した。

 遠目だが、中には不自然なほどキラキラと光る何かが入っているのが見える。


 い、嫌な予感がする! なんだかもすのごく嫌な予感が!


「うりゃああああ!」


 ドバァ!


『……? ……ッッ、……ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』


 ガーベラが瓶の中身をぶちまけた結果、女王の体に変化が起こる。


 全身にガラス質の鱗がびっしりと生え鎧のように。

 これまで鳴き声もなかったのに耳障りな不協和音で吠え声を上げ、何より大きな変わった点が――


〔!?!?!?〕

〔え? 何が起こってる? 何が起こってる!?〕

〔なんか……女王光ってね?〕

〔結晶みたいな鱗で反射してるのかあれ? 妙に色とりどりに……〕

〔何したんだガーベラちゃん吐け! これ絶対フェアリーガーデン関連だろ!!〕

〔ゲ ー ミ ン グ ダ ン ゴ ム シ〕


 そう、女王の体が虹のように鮮やかに輝き始めたのだ。


 発光する箇所は毎秒移り変わっているようで、同じ部分でも赤に、青に、緑にと目まぐるしく変色している。見続けていると脳が誤作動を起こしそうだ。


「ただいまユキヒメ! いやー、うまくいったわね!」


「ただいまじゃないですよ! ガーベラ、あなた何をしたんですか!?」


「え? 妖精の鱗粉を使って守護者を強くしただけよ」


「……はい?」


「ほら、人間って許しがたいことに自分を強くするために妖精を狩るでしょ? あれって妖精が高密度の魔力の塊だからなのよ」


 説明しながら自分の羽を指で示すガーベラ。


「で、私たちの中で一番魔力が濃く溜まるのが羽。それが結晶化した鱗粉は、人間には毒になるけど、魔物に与えれば強化させられるのよね。その魔物を倒せば、普段よりたくさんの経験値が手に入るってわけ!」


「ええと」


「わかりにくいかしら? まああれよ。人間的に言えばハイリスクハイリターン? 妖精の秘密道具を使って魔物を強くして、倒した時の報酬を上げるみたいな」


 助けてくださいリーテルシア様。こんな修羅場でいきなり秘密道具とか出されても脳の処理が追いつきません。


リーテルシア〔ガーベラの言っていることは事実です。妖精の鱗粉は魔物を強化しますが、倒した時にはより大きく成長できるようになります〕


 噂をすれば、リーテルシア様がコメント欄に現れる。


リーテルシア〔もともと鱗粉は人間との友好の証として、妖精とユキヒメに危害を加えない条件で人間に提供しようと考えていました。効果の証明のため、多くの人間が見るこの配信で使うようガーベラには言っていたのです〕


 どうやらガーベラが女王に振りかけた妖精の鱗粉は、リーテルシア様がガーベラに持たせたもののようだ。


リーテルシア〔しかしまさかユキヒメに説明せず、よりによってこのタイミングで使うとは……帰還次第、ガーベラには厳しく言っておきます〕


「ち、違うのよお母様! これは配信を盛り上げようとしたわけじゃなくて、ユキヒメを強くするために最適なタイミングを見計らっていただけで! ここまで全然見せ場がなかった腹いせとかそんなことでもなくて! ユキヒメ、あなたならわかってくれるわよね!?」


「事情はわかりましたリーテルシア様。戦いが終わったらガーベラを捕まえて速やかにお返しします」


「ユキヒメ!?」


 演出のために説明を省き、一番リスクの大きいタイミングで使用。これはリーテルシア様にきっちり説教してもらう必要があるだろう。


 というか本当に先に言えよ! この展開を知ってたら<薄氷のドレス>の能力使わなかったのに! どうして被弾=即死の状況で想定にない強敵と戦わなきゃいけないんだよ!


『ギシャアアアアアアア!』


「話は後よ、ユキヒメ! 今は守護者を倒さないと!」


「あなたにそれを言われるとすごく腑に落ちないんですが!?」


 七色に輝くガーディアンボスとの戦闘が始まる。





「――いや、ハプニングに愛されすぎでしょお兄ちゃん!」


 雪人の配信を見守りつつ、自室で月音はPCに向かって突っ込んだ。


「今まで色んなダンジョン配信者を見てきたけど、ここまで毎回予定通りにいかない人は見たことないよ……」


 ダンジョン配信好きの月音は無名であっても気になれば配信をチェックする習慣があり、可能性を感じれば本人にDМ等で許可を取ってから切り抜き動画を作成することもあった。


 いわゆる“スコッパー”的な楽しみ方もする月音は多くの配信者の初期の様子を見てきたが、雪人ほど確率の上振れと下振れに翻弄される配信者はいないと断言できる。


 現在も雪人は七色に輝き始めたガーディアンボスと激闘を繰り広げ、コメント欄はお祭り騒ぎとなっている。


「ただでさえ容姿やら初期スキルやらで下駄履いてるのに、運まであったらそりゃバズるよね……本当にお兄ちゃんダンジョン配信で天下取れるんじゃないの……?」


 ここまで素質があると月音的には兄を全力でプロデュースしたくなるのだが、あくまで雪人の目標はTS解除だ。自分の衝動は涙を呑んで我慢することにする。


 ――と。


 ピンポーン。


「お客さん? よ、よりによって今!? 配信めちゃくちゃ盛り上がってるのに!」


 しかし無視するわけにもいかないので月音はワイヤレスイヤホンだけ外さず受信機までダッシュで向かう。その間イヤホンからは『壁は地面じゃないですよ!?』『最悪のミラーボールじゃないですか!』などと雪人の絶叫が聞こえてくる。一体配信では何が起こっているのか。


(配信でトラブルがあった時のために離れるのは最低限の時間にしないと……!)


 月音は受信機を確認。どうやら来客は宅配業者のようだ。通話ボタンを押すとなじみの会社名で名乗られる。


(……今日は何も注文してなかったような?)


 嫌な予感を覚える月音。


「……すみません。送り主はどうなってますか?」


『え? えっと……“白竜の牙”の高峰北斗さんからですね。見えます?』


 丁寧に荷物をカメラ付近まで持ち上げ、貼り付けられた伝票を見せてくる宅配業者。配達物は一抱えほどの段ボール箱が一つのようだ。伝票には確かに言われた通りの文字が書かれていた。


(白竜の牙……ってことはお兄ちゃん絡み? でも何か届くなんて話はしてなかったけど……)


 “あかね”なる雪人のストーカーのこともあり、月音は警戒心を高める。


「……置き配でお願いできます?」


『わかりましたー』


 念のため置き配達にしてもらうと、宅配業者は特に疑問を持たなかったようで荷物を置いて去っていく。


 即座に月音はスマホを起動する。

 警戒のために月音と雪人は自宅に先日から防犯カメラを設置しており、その映像は専用アプリによってリアルタイムで確認できるのだ。


(もしこの宅配業者が変装したストーカーなら、いなくなったフリをして隠れて、私が荷物を取りに出たところを襲ってくるかも……!)


 などと警戒しつつスマホを睨みつける月音だったが、業者はあっさりと白川家の敷地を出てトラックに乗り込み去っていった。


「うーん……このぶんなら普通の荷物だったのかな? 一応お兄ちゃんの配信が終わるまで放っておいて、その後回収しようっと」


 月音はそう結論づけて部屋に戻った。


 ちなみに配信画面では、七色に輝くハードホイールバグクイーンが球体となってボス部屋を縦横無尽に暴れ回っていた。


 地面だけでなくボス部屋を覆うドームすら転がったまま上り、勢いよく跳躍しては雪人たちに襲い掛かる。その姿はお祭りでもらうスーパーポールを彷彿させた。また、跳ね回るスーパーボールから逃げ回るように、ドレス姿の銀髪美少女が高速スケートで地面を駆け抜けている。


『ガーベラ――――! 本当にどうするんですかこれ!? もう手に負えませんよ!』


『何言ってるのよこれからじゃない! 気張りなさいよ! ……で、何か作戦ないの?』


『人任せ!? あなたがこの状況を招いたんですよね!?』


 雪人とガーベラが叫ぶようにやり取りし、コメント欄では〔女王様ご乱心〕〔光り過ぎてナイトプールみたいになってて草〕〔これが令和のインデ○ジョーンズか〕などと大盛り上がりを見せている。


 月音は椅子に座り、PCに眺めた。


「……普通におもろいんだけどお兄ちゃんの配信。後でアーカイブ見よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る